第172話 ベルンハルト第二皇子

 観覧席のうち皇族が座るスペースに、皇帝やその取り巻きとは少し離れた場所に一人の男が座っていた。

 他の皇族は煌びやかな軍服を着こみ、胸には見せびらかすように勲章を並べていたが、その男の服装は違った。

 体格はがっしりして身長も高いが、やや太り気味で腹が出てきたのを隠すためか、体形を隠すようなゆったりした私服を着ている。

 公式の場なのに正装ではなく、それを誰も咎めないところに、男の持つ権力の高さがうかがえた。


 この男こそ、エルドラガス帝国第二皇子、ベルンハルト・ファン・アールスブルグであった。


 訓練場の騒ぎを眼下に見て、椅子の肘置きに頬杖をつきながら、ベルンハルト皇子は隣に座っている男に問いかける。


「どう思う?」

「どうもこうも、たいしたものですな。あれは戦争のやり方を一変させるでしょう」


 皇子の問いかけに答えたのは、隣の椅子に座った風采の上がらない男だった。

 中肉中背で、これと言って特徴のない顔をしていて、存在感がない。

 仮に一緒のテーブルについてひとしきり話をしたとしても、席を立って別れた途端に忘れてしまい、どんな顔をしていたかさえ思い出せないタイプだ。

 しかし、この地味でどこにでもいるような男が帝国軍諜報部長を務め、『暗部』と呼ばれる暗殺部隊を指揮するラファエル・ヴォルテルズそのひとなのだ。


「ふむ、そなたもそう思うか。あの『ジュウ』とやらを師団にいきわたるほど配備したならどうなるか・・・・・・。重騎士も騎兵も全て過去のものになろうな」

「私の情報では、現在、クレアシス王国のドワーフどもとエルフの森に住まう錬金術師が造っていると聞き及びます。手に入れるにはノークトゥアム商会を通すほかなく、まだ大量に購入した国は無いようですが・・・・・・」

「欲しいな、あの男・・・・・・ザミエルといったか」

「聞くところでは、ヤツがあの噂の『魔弾の射手』であるとか」

「ほう! そうか! ますます欲しくなったぞ。弟の肝入りであるのが残念だがな。

 ラファエル、あの男を調べよ。全てをだ。人間、なにかしら弱みやつけ込む先があるものだろう」

「かしこまりました」


 ラファエル部長の返事にベルンハルト皇子は笑みを深め、眼下の石動をニヤニヤと笑いながら見つめる。


 石動イスルギはそんな会話がなされているとはつゆ知らず、武官たちから浴びせられる銃への質問に答えるのに精一杯だった。






 無事にデモンストレーションが終了した後。


 公務に忙しいマクシミリアンが離宮に缶詰めになっているのをいいことに、石動は鍛冶部屋に籠っていた。

 もちろん、ロサも助手として働いてくれている。


 護衛としての仕事は、作業中にマクシミリアンが襲われたらすぐわかるよう、ラタトスクに索敵をお願いしてある。


 皇城に入るとき、困ったのがラタトスクの扱いだった。

 まさか皇帝や皇族が住まう皇城で、栗鼠を肩に乗せて歩き回るわけにもいかないだろうと、石動が頭を悩ませていた時、ラタトスクから念話で提案があったのだ。


『今の私は分体なのだから、この姿はあくまで仮の姿さ。だから変えようと思えば変えられるし、【隠形】の魔法を使えば見えなくすることも可能だよ』

「えっ! そうなの?! じゃ、隠れたままでも索敵してもらったり、念話したりすることはできる?」

『もちろん問題ないさ』


 そして石動とラタトスクで話し合った結果、石動とロサ以外の人物がいる場合は姿を隠してもらうことにしたのだ。 

 そのうえで怪しい気配を感じたら、ラタトスクが念話で石動に警告してくれるので、石動としては非常に心強いことこの上なかった。

 おかげで離宮でも、マクシミリアンの傍につかずに済み、鍛冶や錬金術作業に集中することができる。


 今回のデモンストレーションによって、石動が得た情報も多かった。

 各師団の武官や副長クラスたちと、質疑応答の他にも親睦を兼ねた食事会が開かれたため、いろいろな立場の人間と話すことが出来たのだ。


 武官たちは皆、良い意味で単純で脳筋な、気持ちのいい奴が多かった。

 自衛隊時代を思い出し、石動は懐かしく思った程だ。


 現在の帝国軍の編成もいろいろと教えてもらった。


 第一師団の任務は帝都の守りで、10,000人程の兵士・士官が所属しているらしい。

 第二師団は有事の際に真っ先に派遣される海兵隊のような存在で、8,000人の精鋭だ。

 第三師団は重騎士主体の重武装兵で固められ、7,000人の屈強な男たちが集まっている。

 他に兵站を担当・管理する部隊や、工兵も含めると40,000人を超える大軍勢だ。

 ちなみに近衛騎士団は皇族の護衛が主任務で、貴族の子弟などが多く、1,000人程度の規模だという。


 それらの師団とは別に独立して帝国軍諜報部が存在し、人員などの詳細は公表されておらず不明だが、おそらく2,000~3,000人の人員を抱えているらしい。

 その他に「暗部」と呼ばれる、潜入・暗殺などを専門とした部門もあるが、こちらは秘密のベールに包まれていて、王族など限られた者しかその規模や人員は知らない。


 これらのことはマクシミリアンに聞けば教えてもらえるのだろうが、実際に所属している兵士から話を聞くことで、現場の雰囲気を知ることは意外と重要だ。


 例えば、第一師団は貴族の子弟が多い近衛騎士団を「気取り屋で無能の集まり」と毛嫌いしているし、王族の庇護を名目にして何かと口出ししてくる近衛騎士団を邪魔だと考えている。

食事会に近衛騎士団は参加していなかったが、おそらく近衛騎士側もプライドが高いので、同様に第一師団を毛嫌いしているのだろう。


 第二師団は、自分たちこそ帝国軍最強と言って憚らず、第三師団のマッチョたちからは鼻で笑われている。


 ただ、そうした対抗意識の強い師団の連中が、皆、師団の垣根を越えて口をそろえて罵るのは諜報部のことだった。

 「裏でコソコソして男らしくない」「陰険な連中ばかり」「玉無し野郎ども」「背中から斬りつけるような奴ら」などなど・・・・・・。


 諜報部が蛇蝎の如く嫌われているのが、石動にも感じられた。

 それと同時に、武官たちの罵る口調の中に恐れが混じっているのもありありと感じられ、石動は諜報部の不気味さと恐ろしさを少し感じることが出来たように思ったのだ。


 これから第二皇子と対立していけば、おそらく諜報部に加え、暗部とも闘うことになるだろう。

 帝位争いが表面化した時に、どの師団がマクシミリアンの後ろ盾となって共闘してくれるのか?

 そのへんの根回しと懐柔はマクシミリアンの仕事だが、しっかりと見極めて準備をしていかねばならないだろう。


 そして今回、帝国軍の様子を目の当たりにすることで、石動は今まで単独でスナイパーとして戦ってきたが、将来的には軍隊を相手に戦う可能性が出てきたと考えている。


 小隊くらいなら、狙撃で長時間釘付けにする自信はあるが、大部隊で攻められると数の暴力には勝てないだろう。

 それに対する対抗処置も考えておく必要がある。


 また、石動自身も暗殺者スキルを持っているが、暗部に対抗するにはそういったスキルを活かす働きが必要な場面も出てくるかもしれない。


 そうなると、石動が今後どのような武器・弾薬を作っていくべきか、なんとなく見えてきたと考えていた。

 自分の仕事を全うし、マクシミリアンだけではなく、自分自身やロサも生きて帰られるように全力を尽くさねば。


「う~ん、そうなるとやはり箱型弾倉の問題は、早めにクリアしないとだな。

そして暗殺者スキルを活かせる銃となると・・・・・・あの銃が理想的か・・・・・・。

 あとはそうだな・・・・・・フフフ、遂にマジックバックにしまい込んでいた、あれも使う時が来たのかも。

 そうだ、あれだけじゃなく、もっと活用してアレも造ってみるのもアリだなぁ・・・・・・」


 石動は決意を新たに、でも楽しそうに独り言をブツブツと呟きながら、次に造るべき銃をリストアップしていくのだった。



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*現在、筆者の急な体調不良により、「人狼転生 〜魔王直属の忍者部隊を辞めた俺はスローライフをおくりたいのに周りが放っておいてくれない件~」 の毎日行っていた投稿は、一時休載しております。


こちらは予約投稿している分があったので、良かったぁ。


次回の投稿日までには回復して、無事投稿したいと思っていますが・・・・・・もし、一週飛んでしまったらごめんなさい!


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