第171話 デモンストレーション

「私が行きましょう」


 ひとりの武人が立ち上がり、観覧席の階段を降りてくると、2メートル程の高さの境を飛び越えて訓練場に降り立つ。

 そしてマクシミリアンに一礼すると、早足で標的に向かい、鎧を詳細に検分し始めた。


 マクシミリアンが石動イスルギに小声で呟く

「あれは帝国陸軍第3師団の副長、バルトルト・ブリンクマンだ。第3師団は重騎士が主体の師団だからな」


 バルトルトが検分しながら顔を上げて、マクシミリアンに尋ねてきた。


「殿下、プレートメイルの中に詰められている袋や、盾の後ろにある袋は、何が入っているのでしょうか?」

「ああ、それは一目で効果が分かるように、赤く染めた水を入れた袋だ」

「効果・・・・・・?」


 バルトルトは僅かに首を傾げたが、あとは黙々と50メートル、100メートルのプレートメイルと盾を検分し、調べ終わると高らかに宣言した。


「殿下がおっしゃられた通り、いずれも帝国陸軍制式のプレートメイルと重騎士用盾で間違いありません。大変失礼いたしました」

「いやいや、こちらこそありがとう。第3師団副長によって不正が無いことが証明されたのだ。これほどありがたいことは無い」


 マクシミリアンは石動をチラッと見て、石動が頷くのを確認した。


「では、始めよう。まずは50メートル先に置かれた標的にご注目頂きたい」


 石動はテーブルからシャープスライフルを取り上げると、レバーを下げてチャンバーを開き、50-90紙薬莢弾を装填する。次いでハンマーを起こして、キャップ式雷管を填めれば、発砲準備完了だ。


 石動は帝国に着いてからの1週間で、離宮の工房でデモンストレーション用の準備を整えていた。


 この世界のプレートメイルは、標準の物で鋼板の厚さが1~1.5ミリであり、全身覆うものだと30~50キロほどの重さになる。


 標的にした重騎士用のプレートメイルだと、普通より厚めの2~2.5ミリで、全身用の総重量は60キロほどにもなるのだ。

 だから重騎士になる者は体格も立派な鍛え上げた身体の持主が多いが、それでも機敏な動きは難しい。

 とはいえ、高さ1メートルにもなる大楯と槍を構えて壁のように迫ってくる重騎士の軍団は他国にとっては脅威で、一般の歩兵では相手にならず、敏捷さに勝る騎兵でも対抗したくない相手だ。

 

 大楯も金属板の厚さは5~10ミリだが、プレートメイルも大楯もその材質は鋳鉄を薄く伸ばしたもので造られているため、鋼鉄ほどの強度は無い。


 いずれも、とうてい50-90紙薬莢弾の威力には耐えられるものではないと思ったが、石動は念には念を入れることにした。


 まず、50-90紙薬莢弾の弾頭を、単なる鉛製ではなく銅製の弾頭にし、弾頭先端も平らな形状フラットノーズではなく、やや尖った先の丸い形状ラウンドノーズにしておく。


 これだけでもかなり貫通力は上がったはずだが、念のため同じ形状で弾頭の芯にクロムモリブデン鋼を仕込んだ徹甲弾も用意しておいた。


 試射してみると、50メートルでも100メートルでも銅製の先の丸い形状ラウンドノーズの弾頭で、標的を簡単に貫通することが確認できた。

 おそらく徹甲弾の出番は無いと思うが、石動はこれで心置きなくデモンストレーションに臨むことができると、安心したのだ。


 今、注目を一身に受け、皆の視線を意識しながら、やや緊張しながらシャープスライフルに装填したのも、通常の銅製である先の丸い形状ラウンドノーズ弾頭のほうだ。


 石動はまず、50メートル先に置かれたプレートメイルへシャープスライフルの照準を合わせた。

 50メートルという距離は、石動にとって至近距離と言っていいほどなので、無造作に立射で構えている。

 そして、ゆっくりと引き金を落とした。


 バンッ! という発射音と共に、白煙が銃口から噴きだした。


 ほぼ同時に、カンッ!という金属音がしたかと思うと、標的のプレートメイルの左胸心臓辺りに着弾した。

 着弾した弾頭は胸から背中に抜けて貫通し、プレートメイルの中へパンパンに詰められていた袋に入った赤い水が、さながら兵士の血液のように胸と背中の弾痕から噴き出す。


 続いて石動が次弾を50メートルに置いた大楯のど真ん中に着弾させると、同様に盾の後ろに貼られた袋から、赤い水が迸った。


 石動は視覚効果バツグンではあるが、赤い水はやり過ぎではないかとマクシミリアンに進言したが、聞き入れてもらえなかった。


 案の定、観覧席は静まり返り、皆、無言で弾痕から零れ落ちる赤い水を見つめている。


「(えええ~、これってドン引きしているんじゃないのかな・・・・・・大丈夫?)」


 石動はそう思って、恐る恐るマクシミリアンを見たが、当人は至って笑顔で元気に言い放つ。


「どうだろう、皆さん! この『ジュウ』の前では重騎士の纏う鎧でも太刀打ちできないことが証明された! ではもう少し遠くならどうなのか、100メートルの標的で確かめてみよう!」


 そう言うとノリノリのマクシミリアンは、石動の方を向くと頷いて合図を送ってきた。


 もう、どうにでもなれ!と半ばやけになって、石動は再度シャープスライフルに50-90紙薬莢弾の銅製ラウンドノーズ弾頭を装填すると、狙いをつける。


 バンッ! という発射音と共に白煙が銃口から噴きだし、一瞬置いてカンッという音と共に着弾した弾頭は見事貫通し、ふたたび胸と背中から赤い水を迸らせた。


 続いて撃ち込んだ大楯も同様で、ど真ん中に着弾して赤い水を噴出させる。


 石動は念のために用意していた徹甲弾を使わなくて済んだので、ホッとしていた。

 なんとなくだが、このデモンストレーションで徹甲弾を使うのは何か違う気がしたので、出来れば使いたくなかったからだ。

 しかし、マクシミリアンの顔を潰すわけにはいかないので、必要なら使うつもりではあったが。


 今度は観覧席もざわついていた。

 試射前に標的を確かめたバルトルト副長が手を挙げ、マクシミリアンに尋ねる。


「殿下、下に降りて標的を見ても構いませんでしょうか」

「どうぞ、ご希望の方は直に自分の眼で確かめて頂きたい」


 マクシミリアンがそう答えると、ほとんどの武官が立ち上がり、ぞろぞろと降りてきて標的に群がっていく。

 標的となったプレートメイルや大楯をしげしげと見つめる武官たちの中には、まだ赤い水が滴る弾痕を恐る恐る触る者や、中には開いた穴に指を突っ込む者もいた。

 

 武官たちはそれを見ながら興奮し、お互いに議論していたが、石動にも質問が飛んできた。


「失礼! これは貴殿が発明されたと聞いたが、どのような原理なのでしょうか?!」

「魔道具ではないのですか?!」

「穴を空けたものは何ですか? 煙と音が凄かったが雷魔法なのですか?」

「ジュウに触ってもよろしいでしょうか?」


 石動を取り囲んだ武官たちが口々に質問してきて、対応に困っているのを見かねたマクシミリアンが声を張り上げた。


「質問はひとり一つづつだ! 順番に並べ!」

「「「殿下、私から!」」」



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