第170話 離宮

 石動イスルギは「離宮」というので、こじんまりとした離れというか小さめの屋敷のようなものを想像していたのだが、案内された先は想像を超えたものだった。


 離宮というが、見た目は豪華な白亜の宮殿で、前世で石動が通っていた高校の校舎よりもはるかにデカい。

 外観は石造りの二階建てで、巨大な門から離宮までは馬車で10分は楽に掛かった。

皇族が住むのにふさわしく、正面には立派な車寄せや大きな噴水まであった。

 なんとなく、前世界の迎賓館がこんな感じの見た目だったような気がする。


 石動は呆然と建物を眺め、一体全体、何部屋あるのだろうか? と庶民的なことを考えていた。


「殿下よ、この建物が使われていなかったって?」

「そうなのだ。昔、曾祖母が皇太后時代に使っていたのだが、亡くなられてからは誰も使っていなかったのだよ。ちょうど良いから吾輩が貰い受けて、使うことにしたのだ」


 マクシミリアンは得意そうに笑う。


 ちょっと何言ってるのかよく分からないんですけど。

 石動の口から不敬な言葉が飛び出しそうになり、寸前で辛うじて堪えた。


 マクシミリアンと石動達が乗った馬車が車寄せに停まると、メイドと執事がズラッと整列して出迎えてくれた。

 メイドだけで20人以上はいるのではないか・・・・・・?


「スゲーな・・・・・・こんなの現実にあるんだ。漫画でしか見たことない世界だよ・・・・・・」

「ん? マンガとはなんだ? まあいい、ほら降りるぞ」


 先に石動達が馬車を降り、最後にマクシミリアンが降りると、今度は先頭に立って整列して頭を下げているメイドたちの間を通り抜ける。


 巨大な柱が建つ入り口を入ると、これまた広大な玄関ホールが広がっていた。

 バスケットコート二面分はあるのでは? と石動は無駄な目算をしてしまう。


「そうだな。落ち着く前にまずは、ザミエル殿の鍛冶部屋をお見せしようか」


 そう言うと、マクシミリアンは隣に影のように控えていた執事に頷く。

 マクシミリアンに深々と礼を返した執事は、石動に向かって慇懃に一礼した。


「どうぞこちらへ」


 だだっ広いロビーを抜け、しばらくドアの続く廊下を歩き、角を曲がった先にまたドアがあった。

 執事は突き当りのドアに近づくと、鍵を開け、先に中に入る。


「ここから階段になります。足元にお気を付けください」


 ドアの先にあったのは、地下室へと降りる階段だった。

 階段の幅も広く、壁にある照明で明るかったので足元の不安は無かったが、なんとなく石動は秘密基地に潜入するようでワクワクしてきた。


 階段を降りきったところに、真新しいドアが設けられていて、執事が再び鍵を開けて先に入って灯りを点けた。


「おおっ、広いな・・・・・・」


 中に入ると地下室はまるで前世の体育館か、と思うほど広い空間だった。

 壁には試薬などを仕舞える造り付けのキャビネットが並び、その前には作業台がいくつも設えられていた。鋼材などを積んでおく台車も何台か置かれてある。


 部屋の奥には吹き抜けがあり、地下から地上につながっている。

そこから外気や日光を取り入れるようになっていて、換気対策もよく考えられているようだ。


 部屋の一角には煉瓦と土壁で仕切られた空間があり、そのドアを開けると、セーフルーム兼試射スペースになっていた。

 試射の距離は50メートル程だが土壁の前に標的を貼りつける木枠まで造ってある。


「この地下室はもともと曾祖母のワインセラーだったものを改造したのだ。地下だから大きな音がしても漏れる心配はない。試しに吹き抜けの近くで従者に大太鼓を叩かせてみたが、外で聞いていてもほとんど分からんほどだったぞ」


 ドヤ顔のマクシミリアンが得意げに石動に自慢する。

 いや、でもこれはドヤ顔されても仕方ないだろうな。

 石動は素直に感謝して、マクシミリアンの手を取る。


「殿下、期待以上だよ。これ程のものとは思わなかった。感謝しますと、跪いて頭を下げたほうがいいのかな?」

「やめてくれ。口調もいつも通りで良い!」

 手を取られたマクシミリアンが、照れたのか顔を逸らしながら、ぶっきらぼうに言う。


 そのあと、石動とロサは2階にある個室に案内され、クレアシス王国で利用していた宿のスイートルームより広い部屋と、部屋付きの侍女までつく待遇に驚かされた。


「まあ、一応、ザミエル殿は吾輩が招聘した貴賓客ということになっているのでな。これくらいの待遇は当たり前だろう。なにか必要なものや用事があればなんでも侍女に申し付けてくれれば良い」


 マクシミリアンはそう言い切ると、ニヤニヤしながら付け加える。


「ザミエル殿はロサと一緒の部屋の方が良かったか? まあ、隣りの部屋だから好きに行き来してくれれば構わんからな。あ、そうそう、なんでもとは言ったが、侍女に夜伽を申し付けたりしてはならんぞ?」

「誰がするかっ!」


 石動は苦笑いしながらも、この待遇の良さからも、マクシミリアンの石動に対する期待の大きさを感じざるを得なかった。

 わざとなのか石動に対する口調は軽いが、マクシミリアンがそれだけ身の危険を深刻なものとして捉えているという証左だろう。

 まだ見ぬ敵を感じながら、石動は気持ちを引き締めてかからねば、とあらためて感じていた。





 一週間後、皇帝の御前でのデモンストレーションの日がやってきた。


 場所は皇城に隣接する広い訓練場で、騎兵の訓練も行うことから、楕円形の直径300×100メートルくらいのグラウンドといった感じだ。

 そこに特設の天幕と観覧席を作ることで、皇帝や皇族、軍関係者などが観覧できるようになっていた。

 本日は少し体調が良いのか、皇帝も何人もの男女の介助を受けながらも姿を見せている。


 グラウンドの中に、直線距離で50メートルと100メートルの場所に弾丸止め用の盛土をしてバックストップとし、紙のまとのかわりに標的としてプレートメイルと盾を置いてある。


 石動は当初の予定通り、今後のドワーフ達やノークトゥアム商会の商売も考えて、クレアシス王国製の黒色火薬仕様シャープスライフルをデモンストレーション用として使うことにした。


 射撃台として使うテーブルに、シャープスライフルと50ー90薬莢弾やキャップ式雷管を並べておく。


 射撃の準備ができた石動は、マクシミリアンに頷いて合図を送った。

 それを見たマクシミリアンはデモンストレーション開始の口上を述べ始めた。


「偉大なる皇帝陛下にして我が父、フルベルト・フォン・エルドラガス13世陛下のご拝謁に、深く感謝申し上げます! そして我が呼びかけに応じ、貴重な時間を割いて参加頂いた諸兄よ、同様に感謝申し上げる! 

 これより、あちらに控えるザミエル・ツトム・ウェーバー氏によって『ジュウ』という新しい武器をご紹介したい。決して諸君の期待を裏切らないものになると、吾輩が保証しよう」


 マクシミリアンが石動を紹介してきたので、皇帝の方角に向かい、膝をついて頭を下げる。

 マクシミリアンの口上が続く。


「まず、『ジュウ』とは、弓矢より目に見えぬ速さで飛び、遠くの敵を倒すことが出来る武器だ。

 『ジュウ』の死の手は長く、剣や槍では到底対抗しえないものだということをお見せしたい。

さて、あちらに標的として帝国陸軍制式の重騎士が使用する盾とプレートメイルを用意した。その性能は皆もご存じの通り、強弓の矢も通さず、騎士の槍も撥ね退ける強固なものだ。どなたか、嘘偽りでないことを確かめて頂きたいが、お願いできるかな」



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