第169話 マクシミリアンとの再会

 馬で一足先に着き、馬を降りて書類を警護の衛士に見せていたフィリップが、馬車に歩み寄りドアを開けてくれた。


 馬車を降りた石動イスルギとロサに、フィリップが一礼する。


「ザミエル殿、ロサ嬢、エルドラガス帝国の皇城に到着いたしました。長らくご不便をおかけしましたが、ここより先は別の者がご案内いたします」

「ああ、そうか。これにて任務完了という訳だね。こちらこそ大変お世話になりました。感謝します」

「フィリップさん、ヤコープスさん、サンデルさん、ありがとう! お世話になりました!」


 石動とロサはフィリップと握手し、馬に乗ったままのヤコープスと御者台のサンデルに手を振る。


 車寄せから去っていくフィリップ達と入れ違いに、入り口から白地に金糸や銀糸で飾られた煌びやかな衣装の近衛騎士がひとりと、付き従う侍従がふたり現れた。


 近衛騎士は石動たちの前で踵をそろえて、カツンッと音をたてて敬礼する。


「ようこそおいでいただきました。マクシミリアン皇子の命により、お迎えに参上したユリウスと申します。これより、殿下のもとへご案内いたしますので、皇城内では肩にお掛けの短槍や弓などをこれなる侍従にお預けいただけますよう、お願いいたします」

「ご丁寧にありがとう。了解したが、腰の物はそのままでいいのか?」

「はい、長物だけで結構です」


 事前にマクシミリアン皇子から聞いていたので、予め馬車の中でM12トレンチガンやロサのマリーンM1895はマジックバッグの中に仕舞っておいたのだ。

 そして石動はわざと旧式である黒色火薬仕様のシャープスライフルを肩にかけ、ロサは弓と矢を持って馬車を降りていた。


 侍従にはそのシャープスライフルと弓矢を預け、石動たちは近衛騎士の後に続いて皇城の中に入る。

 石動の腰のホルスターに入ったSAAやC96、ロサのマリーン・ランダルカスタムはそのままだ。


 

 皇城の中は豪華絢爛という言葉以外に、表現が難しいほどだった。


 ドワーフの王城は質実剛健な感じで、よく見れば凝った意匠が施されていたが、この城は違う。


 一階や二階は武官や文官たちが仕事をするオフィスといった感じだが、それでも床は大理石だし、白を基調とした壁や天井にまで彫刻や金銀の装飾が施されていた。

 その装飾もキラキラするだけの成金趣味ではなく、上品でセンス良くまとめられているので、華美ではない。しかし、初めて訪れる者を驚かせ、その桁外れの財力に畏怖の念を抱かせるのには十分だ。


 三階からは皇族の私室などがあるため、フカフカの絨毯があらゆる通路に敷き詰められ、廊下の要所要所にいくつも絵画や磁器などが飾ってある。

 石動にはそれらの作者や歴史的価値など分かるはずもなく、ただただ単純に高価そうだな、としか感じられない。

 果たしてこれらの飾ってある壺や絵画の値段は、この廊下にある分だけでも幾らぐらいなんだろう? というような下世話な感想しか浮かばなかった。


 おそらく、小国の国家予算くらいはいくのではないだろうか。


 三階の分厚い絨毯を踏みしめて歩きながら、そんなことを考えていた石動は、ある部屋の重厚なドアの前で先導していた近衛騎士が立ち停まったのに気づく。


 近衛騎士がそのドアをノックする。

「失礼します。ザミエル殿ご一行をお連れしました」

「入れ」


 頷いた近衛騎士が内開きのドアを開け、部屋の中に先に一歩入ると、石動達に頭を下げて誘導する。

「どうぞ、おはいり下さい」


 部屋に入った石動が少し驚いたのは、通された部屋が、こちらも白を基調とした部屋だったからだ。

 なんとなく王族の部屋と言うと、前世のイギリス王室のようにマホガニー材を多用した重厚な部屋といったイメージを思い浮かべていたので、意外に思ってしまったのだ。

 もちろん、ゴツイ見た目のマクシミリアンのイメージからの連想でもある。


 部屋の奥でマクシミリアン皇子が座っていた執務机も、明るい色調のオーク材で出来ていて、なんとなく石動は前世の北欧調インテリアを思い出していた。

 

 デスクから立ち上がり、机を回って歩み寄ってきたマクシミリアンは、両手を広げてハグせんばかりの勢いで、満面の笑みを浮かべて石動の手を取った。


「よく来てくれた、ザミエル殿! いやぁ、いささか待ちかねたぞ。さぁ、ロサ殿もこちらに来て座ってくれ」

「ありがとう」

「ロサ殿なんてやめてよ、くすぐったいわ。今まで通り、ロサとお呼びくださいな、殿下?」

「ハハハ、了解した。ここはプライベートだから、吾輩のことも呼び捨てで頼もうか」

「いやー、この皇城の中で流石にその勇気はないわ」


 愛想よくベージュ色のソファに座るようすすめるマクシミリアンは、机の横に立っていた侍従にお茶の用意をさせる。

 石動はその侍従が、以前マクシミリアンとクレアシス王国に来ていた侍従だと気付く。

 なるほど、やはり腹心だったわけだ、と石動は得心した。


 白いフカフカのソファに座った石動達は、しばらくはお茶を楽しみながらマクシミリアンとの四方山話に花を咲かせる。

 どうせフィリップ達から報告がいくのだろうからと、石動が旅の途中でのワイバーン討伐の件も話すと、マクシミリアンと侍従たちの驚いた反応が激しくて、かえって石動の方が驚いてしまう。


「ふぅ、ザミエル殿はやはりとんでもないな。亜竜を倒してしまうとは・・・・・・。

 まぁ、頼もしいと言えばその通りなのだが」


 なんだかマクシミリアンが複雑な顔をして考え込んでいたのが、石動には少し面白かった。

 お互いの近況報告が済んだところで、石動がマクシミリアンに尋ねる。


「ところで、明日以降の予定はどうなるか教えてもらえるとありがたいが」

「それなのだがな・・・・・・。まずは父に紹介したいところだが、兄の眼もあるし、今は父の体調も良くないので難しいのだ。そこで、父に紹介するのは銃のデモンストレーションの時になるかと思う。

 父の体調如何だが、一週間後くらいを考えているが、どうだろうか」

「こちらは大丈夫だと思う。頼んでおいた鍛冶や錬金術作業ができる場所は、確保してもらえただろうか」

「もちろんだ。皇城内の部屋で、とも思ったが、作業もやりにくいだろうし、ザミエル殿が嫌がるかと思ってやめておいた。皇城の敷地内ではあるが、少し離れた場所に今は使っていない離宮があったのを思い出したので、そこの部屋を鍛冶が出来るように改造しておいたのだ。少々、大きな音がしても騒ぎにはならんし、大丈夫だと思うぞ」

「それは助かるな。では、そこに寝泊まりして準備していれば良いのか?」

「そうだな、吾輩も離宮に移ろうと思っているからな。なにか必要なら手伝おうではないか」


 マクシミリアンがニヤリと笑いながら付け加えたので、石動は驚いて問い返してしまった。


「ええっ! なんで第三皇子が離宮に入るんだよ?! 皇城内に居ればいいじゃないか!」

「忘れたのか? 吾輩は命を狙われているのだ。ザミエル殿が来たからには、その近くにいるのが一番安全であろう?」

「確かに護衛を引き受けはしたけどさ・・・・・・」


 悪戯が成功した悪童のように笑うマクシミリアンを見て、少しイラっとした石動だったが、帝都まで来た目的でもあるので、受け入れるしかない。


「わかったよ、殿下。よろしく頼みます」

「こちらこそだ、ザミエル殿。頼りにしてるぞ」


 石動は相変わらず笑顔のマクシミリアンと握手する。

 まあ、なるようになるだろうと思いながら。



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