第135話 ロサとリーリウム

ーーー石動イスルギがため息をついた、ちょうどその頃ーーーー


「ところでロサ、あなた、本当にいいの?」

「えっ、なにが?」


 サントアリオスのリーリウムの自宅。

 表の通りからは見えないが、ここにはノークトゥアム商会会長の邸宅らしく、美しく整えられた中庭がある。

 

 さほど広くは無いが、中庭の花壇には色とりどりの花が咲き、果実を実らせた樹木や広葉樹がそこかしこに植えられて、品のある空間を演出していた。

 その中にある瀟洒な四阿あずまやのテーブルには紅茶と菓子が置かれ、ロサとリーリウムが向かい合わせで座り、お茶を楽しんでいるところだった。

 

 会話に花を咲かせ、優雅に親友とお茶を楽しむ。ロサはそんな時間を心から愛しんでいたので、突然のリーリウムの発言に戸惑ってしまった。


「決まってるじゃないの! ザミエルさんのことよ。誤解しないでね、ロサはいつまでもウチに居てくれていいのよ。あなたは私の一番の友達だから。でも、もう10日以上、ザミエルさんをクレアシス王国に置いたままよ? さすがに気になるじゃない」

「・・・・・・う、ん」


 ロサは手元のティーカップに視線をおとす。

 気になっていないわけではないのだ。それどころか、頭の片隅に常に引っ掛かっていた。

 

「そ、そりゃ気になるわよ? 元気にしてるかな、とか・・・・・・。でも彼には私は必要ないみたいだし・・・・・・」

「まぁ、なぜそう思うの?」

「だって!」


 ロサはキッと顔を上げると、リーリウムに食って掛かる勢いで言い募る。


「私がリーリウムのところに行こうかな、って言ったら、彼ったらそれが良いよ!なんて言うのよ! 少しも迷わずにホッとしたような顔で言われたから、私、もう頭に来ちゃって!」

「・・・・・・」

「いつも銃のことしか考えてないし! きっと、ドワーフ達といろいろ造っている方が私といるより楽しいんだわ! 私が話しかけてもうわの空で、考え事してブツブツ言ってる時もあるし! それに・・・・・・」

「それに?」

「私が護衛なんてしなくても、彼の方が強いし・・・・・・。この間もデカい鳥の化け物に襲われたとき、倒したのは彼だった。私は岩陰で震えているしかできなかったのに」

「・・・・・・」

「もともと『渡り人』だし、この世界をほとんど知らない彼の助けになれば、と思って一緒に郷を出てきたわ。でも、彼にはいつの間にか世界樹様の精霊が付いて助言しているの・・・・・・。私が教える必要なんてないし、出る幕ないじゃない・・・・・・」


 ロサの目にはいつの間にか涙が一杯溜まっていた。心の奥底で感じていたことを言葉にしたら、想いが溢れて悲しくなってしまったのだ。


「なにか、彼との間に壁を感じるのよ。私は必要とされていなんじゃないかって・・・・・・」

「はぁ~、拗らせてるわね・・・・・・。確かに今のあなたは彼に必要じゃないわ」

「え・・・・・・?」


 リーリウムの言葉にロサは涙が零れるのも忘れて、リーリウムを見た。

 慰めてもらえるか、と思っていたら意外な言葉が返ってきたからだ。

 リーリウムは真剣な顔で、ロサを見つめながら言葉を続ける。


「ロサ、あなたは彼との間にあるとかいう、その壁を乗り越えるような努力を何かしたの?」

「・・・・・・努力?」

「その壁って、彼なりの女性であるあなたに対する遠慮なのかもしれない。ひょっとして、下手に近づくとあのシスコンの兄貴が怖いなんて思っているのかもしれないわね。でも、あなたの話を聞いているとあなたがザミエルさんに甘えていて、なんでも彼から与えてもらっているだけのように聞こえるわ。今までに彼に、自分を必要としてもらえるような何かを与えたり、パートナーとして認めてもらえるような事をしてきた?」

「・・・・・・」

「そりゃお互いに信頼し、頼りあえるような関係じゃないと壁も感じるわよ。男と女ならなおさらね。誰かに必要としてもらいたいなら、相手に必要とされるように努めなければいけないと思うの。何かを与えられたら、こちらからも等分に返してこそ頼れるパートナーというものよ。今のあなたは、ただ与えてもらっているだけのお荷物だわ」

「お荷物・・・・・・」


 リーリウムの厳しい言葉が、ロサの胸に突き刺さった。

 すっとリーリウムはロサの手を取り、優しく語り掛ける。


「しっかりしなさい、ロサ。あなたはもっと賢い女性のはずでしょ。なにもその『ジュウ』とやらを一緒に造れなんて言ってるわけじゃないのよ。ザミエルさんは、この世界にまだ無いものをひとりで創り出そうとしているんでしょ? 商売でもそうだけど、何事もはじめの頃が一番大変なの。肉体的にも精神的にもボロボロになることがよくあるわ。そんな時に支えてあげるのがパートナーじゃないかしら?」

「・・・・・・私はどうすればいいの?」

「些細なことでいいのよ。相手の話をじっくり聞いてあげるとか。彼が好きな手料理を振舞ってあげるのもいいわね。彼の心が疲れたとき、ロサがいるホッとする。癒される。そんな心の支えになってあげるといいわ」

「心の支え・・・・・・」

「そう、もし彼が悩んでいたら、手を取って慰めてあげればいいの。ギュッと抱きしめてあげてもいいんじゃない?」

「な、なに言ってるの! だっ、抱きしめるとか!」

「・・・・・・ロサ、あなた、いったい幾つになったと思ってるの? あなたが嫌なら、私が抱きしめてあげてもいいわよ」

「ダメッ! 絶対ダメッ! 彼は私が・・・・・・」


 ニヨニヨと嗤うリーリウムの顔を見て、ロサは揶揄われたことに気付き、耳の先まで真っ赤になる。


「わかったでしょ? 自分の気持ちが」

「うん・・・・・・。ありがとう、リーリウム」


 リーリウムは椅子から立ち上がると、そっとロサを抱きしめた。

「頑張りなさい、ロサ」

「わかった・・・・・・やってみるわ」

「そうよ、こうやって抱きしめてあげればいいのよ。かんたんでしょ」

「もう! やめてよリーリウムったら!」


 午後の中庭に、ふたりの偲びやかな笑い声が、静かに波紋のように広がっていった。

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