第108話 見えない黒豹

 翌朝、3人は朝食を済ませると岩棚を降りて、蝙蝠の洞窟を後にした。

 

 それからまっすぐにジャングルに入り、木々の間からなんとか岩壁が見える所で停まると、そこから岩壁に沿って川上を目指すことにする。

 ジャングルの中はすでに蒸し暑く、完熟した果物が腐敗したような甘い臭いと、エドワルドがマチェットで切り開く草や木々の汁の臭いが混じり、息苦しいように感じるほどだ。


 進むにつれ、なんとなくジャングルの住人たちが見えてくる。


 動物で種類が多いのは、クモザルのように見える猿たちだ。10頭ほどの群れをなし、長い尻尾を器用に使いながら木々を渡っていく。近づくとホエザルのように特徴ある泣き声で警戒するのもよく似ていた。

 出発して間がないのに、すでに大きいのから小さいのまで数種類の猿を見かけている。


 次いで多いのはやはり、鮮やかな色彩の鳥たちだ。

 宝石のように煌びやかな羽を見せびらかすように飛ぶ鳥や、木の枝で歌うように囀る純白の鳥など、名前は知らなくても見る者に癒しを与えてくれるような存在だ。


 突然、藪の中から、ヒクイドリのような凶暴そうな鳥が飛び出してきたときには石動イスルギも驚いた。

 すぐにエドワルドのマチェットで首をはねられていたが。

 ロサが素早く捌き、夕食用として石動に渡してくる。美味いのだろうか、と思いながら石動はマジックバッグの中にとり肉を仕舞う。


 しばらくして石動は、首筋にチリチリとした妙な感覚を覚えはじめ、気になりはじめた。

「(ラタちゃん、これはなんだろうか。なにかスキルが働いているのかな)」

『多分だけと、ツトムの「狩人」か「暗殺者」が反応しているんじゃない? 殺気を感じてるか、気配察知になにかが引っ掛かってるんだろうね』


 石動はそう言われてみれば、なんとなく敵の殺気を感じた時に似ているな、と思いかえす。

 チリチリとした警告は強まるばかりで、周りを見回して警戒を厳重にしてもなにも異常を感じられない。


「皆、警戒してくれ」


 足を止めた石動がそう警告すると、エドワルドとロサも動きを止め、辺りを見回す。

 鳥の声もいつの間か聞こえなくなり、猿たちもいなくなっていた。


 じりじりとした時間が流れたが何も起こらず、気のせいか、と再び前進しようと動き始めることにした。その時、石動はロサの右上にある木の枝の周りの空間がグニャリと歪んで動くのが見えた。


 石動はとっさに肩付けして警戒していたシャープスライフルの銃口を、その歪みに向けると発砲する。


「ギャウンンッ!」


 得体のしれない大型の獣が悲鳴を上げて木の枝から落下した。

 発砲したシャープスライフルには、まだ散弾の紙巻薬莢弾を装填していた。素早くレバーを操作した石動は、次弾に50-90弾を装填すると鳴き声の主に銃口を向ける。

 

 現れたのは黒豹のような魔獣だった。藪の上に落ちて、顔や胸から血を流し、もがいている。


 石動の放った散弾を浴びた顔と胸は透明な迷彩が解け、黒っぽい猛獣の姿があらわになっているが、まだ下半身は光学迷彩のように透明で、もがくたびにそのあたりの空間が歪んで見えていた。


「魔獣か!」

「ふんっ」

 

 石動が前足の付け根にある心臓部分に狙いをつけて発砲するのと、エドワルドがマチェットで首を切り落とすのがほぼ同時だった。

 

 絶命した黒豹の魔物は、ようやく全身があらわになる。体長1.5メートルほどの雄だった。


「スゴイな! 透明になる豹なんて初めて見たんだけど!(まるで映画のプレデターみたいだったな)」

 

 石動がシャープスライフルに再び装填しながら感心したように言うと、エドワルドとロサもうなづいて同意する。


「私も初めて見たわ」

「吾輩も見たことも聞いたこともござらん。この地を教えた冒険者たちも、全く言わなかったぞ」

「じゃあ、見た時には喰われてるから目撃者がいないのかもね。初日に見た猿の死骸はこいつの仕業だと思う?」

「そうかもしれん。ただ、こいつは牙も爪も立派だが、あの死骸のキズには少し小さいようだ」

「まだ、大物がいるかもしれないということね・・・・・・」


 石動とエドワルドの会話に、ロサがげんなりした表情で呟く。


 そこからの行程は頭上の透明な魔物まで警戒しないといけなくなったので、さらに慎重なものになり、進むスピードが落ちてしまったのは仕方のないことだった。

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