第103話 緑の盆地

「ハァ、ハァ、やっと見えてきたな」

「なに、この景色! スゴイ!」


 馬車や馬では通れない岩場を延々と登ること半日。

 やっと頂上に着いて見下ろした景色に、石動イスルギはホッと一息つく。

 ロサは絶景に歓声を上げた。


 岩場というより崖の下に広がっていたのは、岩山に囲まれたオアシスのような緑の盆地だった。

 盆地の規模としては直径10キロもあるだろうか。さほど大きくはない。

 岩に囲まれた盆地の中は鬱蒼としたジャングルだ。

 周りが白っぽい岩山ばかりなので、余計に緑が際立っている。


 なにか白っぽい鳥のような生き物が群れをなして、木々の上を飛んでいるが見えた。

 ミルガルズ山脈から流れてきた河が盆地を横切り、岩山にぶつかったところで湖のようになっていた。水が豊富なせいか植物の繁殖は旺盛で、エルフの森とは違う熱帯雨林に近い植生に見える。生き物の気配も濃厚だ。


 石動は熱帯でもないのになぜこんなジャングルが? と不思議に思うが、あるのだから仕方がない。

 異世界あるあると、深く考えるのをやめることにした。

 

 盆地を横切る河を越え、ジャングルから岩山へと向かう一角に、蝙蝠の魔物が巣食う洞窟があるらしい。目的地を目前にして、期待に石動は思わず笑みを浮かべる。


 昨日は丸一日、馬車で移動していた。

 石動たちの話を聞きつけたオルキスが、商会の馬車を御者つきで、一台手配してくれたのだ。

 御者は一人だけだったが、途中で交代するのはエドワルドが引き受けた。大きな図体の割には器用で何でもこなすのがエドワルドだ。何気にスペックが高い、と石動は秘かに感心していた。


 馬車の中は何もすることが無いので退屈だ。

 道中、ロサと話をするにも限度がある。

 しばらく話が途切れた後、ロサがふと思い出したように質問する。


「ねぇ、洞窟で探すのはノーショーサンだっけ? なぜ必ずあると思ってるの?」


 石動は、実は漫画のDr.●TONEで読んだんだ、とは言えず、説明を試みる。


「蝙蝠の糞尿が微生物という目に見えない程小さな生き物に分解されると、窒素と尿素とアンモニアというものに分かれるんだ。それがさらに微生物によって酸化されると亜硝酸になり、最後には硝酸になるのさ」

「ふぅ~ん、なんかよくわからないけど、蝙蝠の糞じゃないとダメなの?」

「うん、植物が生育するような環境だと、逆に硝酸が肥料になって分解されてしまうんだ。だから洞窟のような植物が育たない環境じゃないとダメだし、洞窟に住む生き物といえば主に蝙蝠になってしまうんだよ」

「蛇や虫じゃダメ?」

「う~ん、虫じゃダメだし、蛇の糞が堆積してるってあまり聞いた事無いな。そもそも蛇のうんこって見たことある?」

「あるよ! あれはエルフの森の奥で大蛇を見つけた時にねーーーーーーーーーー」


 ロサの話がどんどんズレていき、興味が逸れたのがわかる。

 興味ないなら聞かなきゃいいのに、と思った石動だが、ロサの話に相槌を打つ顔には、そんな気持ちはみじんも感じさせない。石動も慣れてきたものだ。


 ただ、石動も少し気になって、念話で尋ねてみる。

「(ねえ、ラタちゃん。自分、鑑定ってスキル持ってたよね。あれってどうやって使うのかな)」

『えっ、なんでそんなこと聞くの』


 栗鼠姿のラタトスクが、石動の肩であくびをしながら同じく念話で答える。


「(いや、だって洞窟の中の液体が硝酸かどうか確認したいじゃん! 鑑定すれば分かるのかと思って)」

『はぁ~、いまさら何言ってんだか。ツトムはもう鑑定、バリバリ使ってるじゃない』


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