第83話 追憶‐アフガニスタン⑦

*77話から83話までは、石動の自衛隊特殊作戦群時代の過去が描かれています。

 石動の人格形成や性格に影響を与えた体験をしてしまう話ですが、物語の進行には大きな影響はありません。     

 現代戦の話ですから、銃オタ・ミリオタの呪文オンパレードになりますので、苦手な方は84話へ飛ばして頂いても大丈夫です。

 引き続き、物語をお楽しみください。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 そこからの撤退戦は地獄だった。


 全員が岩肌まで移動したことを確認すると、ブロディ曹長がヘリを爆破させ燃え上がらせる。

 かなりの爆風と火球が上空まで立ち昇るほどの爆発で、ヘリ近くまで迫っていたタリバン兵は相当数被害が出たはずだ。


 それでもタリバン兵は当初の20人程度の待ち伏せからはじまり、次々と兵士が補充され、いくら倒してもキリがないほどだった。

 リチャード少尉とリーアム曹長が前衛で、ブロディ曹長と相馬一曹、伊藤二曹が中衛、エメリコ曹長と石動イスルギ殿しんがりを務め、追ってくるタリバン兵を狙い撃ちした。


 石動は思う。

 何人殺したのだろう。10人や20人では効かない。


 30分経つ頃には6本あったHK417の20連マガジンは空になり、相馬一曹から渡された成宮曹長のHK416も撃ち尽くし、予備装備サイドアームのグロック19Xを撃っていた程だ。


 はじめて人を殺したとかの感傷に浸っている暇などなかった。

 なんと強烈な殺人童貞喪失なのだろう。


 後で感情が追いついて反動が来るのかもしれない。

 でも今の石動の正直な感想は、戦場では酷く人の命が安いというものだった。

 一発何円の官給品の弾丸で人が死んでいく。


 殺さなければ、シリア経由でロシアから流れてきたアメリカ製よりもっと安い弾丸で、こっちが死ぬだけだ。

 石動は自分の感情がどんどん麻痺していることにすら気が付く余裕が無かった。

 

 30分過ぎる頃、GPSでデルタの位置を確認したF18ホーネットが対地攻撃で盛大な爆撃を敢行し、その後AH-64Dアパッチ・ロングボウ2機に護衛されたUH60ブラックホークが現れた。


 AH-64Dアパッチ・ロングボウはタリバン兵をヘルファイヤ・ミサイルとチェーンガンで掃討してくれ、安全を確保した後に着陸したUH60ブラックホークにデルタチームと石動達は乗り込むことができた。


 ここまで至れり尽くせりだったのは、やはり日本の自衛隊員が非公認特殊部隊であるデルタフォースと一緒に作戦行動をとったということが明るみに出ると、いろいろと困る両国政府高官やアメリカ陸軍の将官が居たため、迅速な対応を強行させたということらしい。



 助かった石動達は満身創痍で、プレートキャリアで重要な部位は守られていたとはいえ、銃傷や骨折はあちこちにあり、すぐに陸軍病院に移送された。

 そのため、デルタチームとはお別れやお礼を言う間もなく、バタバタと別れてしまい、その後も逢っていない。


 亡霊のように消えてしまった。

 デルタチームは全員かすり傷程度で、入院は必要なかったようだ。


 ベットに横たわった石動が、しみじみ思ったのは「マジでリアル『ブラックホークダウン』で『ローンサバイバー』」な体験だったと言う感想だ。

 デルタチームがいなかったら確実に死んでいただろう。


 そしてなによりも成宮曹長の事を考えた。


 何度も繰り返し、"あの時、自分が同行したいと言わなければ"と思ってしまう。


 片目と左腕を怪我した相馬一曹と右足に銃創を負った伊藤二曹には、帰りのヘリの中で涙を流しながら石動が謝ると、「それ以上言うと怒るぞ」と伊藤二曹に低い声で言われ、相馬一曹には無言で結構激しい勢いでヘルメットの上から頭を殴られた。


 相馬一曹が負傷した左目を血の滲んだ包帯で覆い、残った右眼でじっと石動を見る優しい視線からは、伊藤二曹と同じ気持ちであることが伝わってくる。あれは殴った手の方が痛かったのでは、と石動は思った。


 恐らく同じような年ごろの娘を持つ優しい父である成宮曹長は、タリバンかアルカイーダだったとしても、少女が危険に晒されているのが我慢できなかったのだろう。


 最後に呟いた「カナコ」とは成宮曹長の娘の名前だろうか?


 それとも愛する奥さんの名前だったのか。


 石動はいずれ成宮曹長の遺族に会って、最後の言葉を伝えるべきだと考えていたが、尋ねる勇気は持てそうにない。

 あまりに悲しいからだ。責任を感じるからだ。


 しかし責任を果たすような行動をとるべきだ。

 石動はそう心を決める。


 帰国後、石動は自衛官を辞めるべく特殊作戦群に辞表を提出した。

 しかし、石動の能力と経験を惜しんだ特殊作戦群の大山一佐の尽力と慰留で、第一空挺団に転属することで落ち着いた。


 陸自の上層部がそんな動きをしていた頃、休暇をとった石動は成宮曹長の家を訪ねて仏壇に焼香させて頂く。


 公式には成宮曹長の死亡は戦闘によるものではなく、アメリカ陸軍のプレスリリースで「アメリカ軍のヘリコプター事故に巻き込まれ、演習中の自衛隊員と乗員2名が死亡した」とだけ公表され、それを受けた大手新聞の小さな囲み記事が掲載されただけだった。


 優しく迎えいれて、自己紹介してくれた奥さんの名前が「成宮 加奈子カナコ」さんだった。

 娘さんの名は「あおい」ちゃんだと知って、石動はなぜだか涙が溢れて仕方がなかった

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る