第52話 暗殺
1か月後、演習日を迎えたグラナート将軍は、王城から西へ1日程行軍したところにあるヴァイン大平原に第三軍を率いてきていた。
ここでウィンドベルク王国第一軍から第三軍までの3個師団が参加する合同大規模演習が行われる。
ヴァイン大平原は平地自体が三個師団が駐屯しても師団同士で模擬戦が行えるほど広いうえ、西には大陸中央の大山脈から枝分かれして伸びてきたような山々が連なり、裾野から平原までは岩山や荒野が広がっている。
また北にはエルフの森の外れから伸びている草原地帯もあり、小高い丘などの変化にとんだ地形が平原の周りにある為、演習地として理想的だった。
また、エルフの森を縦走できないため、帝国への侵攻はこの平原に兵力を集めてから大山脈を越えて行軍するのが常であり、この演習は帝国に対する軍事的な圧力の意味も持っていて、王国軍としては重要な行事であった。
どれほど重要な行事かというのは、アルフレート・ノイ・ディアマント王の長子であるユーリウス・ノイ・ディアマント王太子が閲兵すべく、近衛騎士を引き連れて一際大きなテントに入っていることでも分かるだろう。
演習日初日は各軍の陣地設営に費やされ、翌日2日目に全軍を前にユーリウス王太子の閲兵を受けた後に、模擬戦闘を主とした大規模演習が始まった。
本来は第一軍から毎年持ち回りで仮想敵となる役目を受け持つのだが、今年は王から直々の命令で第三軍が敵対勢力として指名された。
グラナート将軍は歯ぎしりする思いだったが、王命には逆らえず仮想敵である帝国軍役として、鎧や兵装に赤い布をつけ荒野の端に陣取る。
模擬戦闘であるので、兵士の持つ剣は刃引きされ槍は先が丸められている。
演習に参加する人数も師団単位ではあまりに大掛かりになってしまうので、各軍で1000人編成の大隊を3~4選抜した連隊で構成されたもので演習を行うことになっている。
指揮は参謀であるエーデルシュタイン大佐に執らせることにし、グラナート将軍は参謀らと協議の上、陣地設営の準備にかかる。
グラナート将軍は、第一軍と第二軍の合同軍の編成が6大隊をあわせた旅団規模になるとの情報を得たので、多勢を相手にするために慎重に地形を調べて陣地を決めたのだ。
決めた陣地の背後に低い丘程度の岩山があって、その隘路の先の両脇にも兵を伏せ、第一軍と第二軍の合同部隊が攻めてきたら頃合いを見て徐々に押されたように後退し、隘路に誘い込んで反撃する作戦を取ることにした。
陣地から見て左側は20メートル程の崖の上に草原が広がっており、右側は何もない石ころだらけの荒野だ。崖から陣地までは500~600メートルは離れているうえ、軍勢が下りられるような崖ではないので、見通しの良い正面と右からの攻撃に備えるだけだ。
「フフフ、数に物を言わせ、袋叩きにしようとやって来る連中に目にもの見せてくれる。エーデルシュタイン大佐、抜かりはないな?」
「はい、将軍閣下。そろそろ、お客様がこられるようです」
「よし、では行くか」
荒野の向こうに行軍してくる第一軍と第二軍の連合軍がたてる砂埃を確認したので、グラナート将軍らは陣地の奥に設営した陣幕から出て、整列した兵たちが待つ場所へ急ぎ足で向かう。
模擬戦用の刃引きした剣や先を丸めた槍を持った兵たちの前で、既に登壇した参謀他の幹部連が並んでいる指揮台の階段に、グラナート将軍とエーデルシュタイン大佐が登るべく足を掛けた。
「
先任将校の発声で、ザッッ! という音共にすべての兵が気を付けの姿勢を取った。
グラナート将軍は3000人の選抜兵とその他の師団兵たちが見渡せる、高さ3メートル程の指揮台に登り、並んだ兵に向き合う。すぐ隣にはエーデルシュタイン大佐が一歩引いた位置で並んだ。
兵たちが立ち並ぶ遥か向こうには崖があり、崖の上の草原が風で揺れているのが見えた。
荒野を抜けてきた埃交じりの風が指揮台の前で渦を巻いて、消える。
「諸君! 遂に待ちに待った日が来た! あそこに先月味わった我らの不完全燃焼の思いをぶつける相手がいる! 奴らはどうやら我らを侮り、数を頼んで袋叩きにしてやろうと押し寄せてくるようだ。馬鹿馬鹿しい! 我らがそんな奴らに後れを取るはずが無いではないか! 今日はクソどもに我らの怒りのほどをぶちまけろ! 誓おう! 諸君らがエルフの森で果たせなかった思いはいずれ・・・・・・」
グラナート将軍が言葉を続けようとした時、遥か600メートルは離れた崖の上で小さく煙が上がり、風に流されて消える。
遠くでパーンという音が小さく聞こえたと思った時、隣のすぐ後ろに立っていたエーデルシュタイン大佐が何かに殴られたように後ろに吹っ飛んだ。
グラナート将軍は、エーデルシュタイン大佐の頭が血まみれになっているのを見て、ハッと先程の煙が原因か、と思いつき崖の上の草原に目を凝らす。
再び小さく煙が上がった、と気が付いたグラナート将軍だったが、次の瞬間強い衝撃と共に目の前が真っ暗になり、それが将軍が見た最後の光景となった。
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