第42話 過去②
その日、大学で授業が終わり次の教室へ移動している時、
いつもなら知らない番号の着信には出ないのだが、山口県の地元の市外局番だったため気になり、応答ボタンを押す。
すると電話は山口県警からのもので、その内容は両親と妹が乗った車が交通事故を起こして全員死亡したとの連絡だったのだ。
最初は悪い冗談ではないかと疑ったが、大学も何も放り出して実家に戻った石動を迎えたのは、冷たくなった家族の遺体と泣き叫ぶ親戚たちだった。
とても現実の事と思えず、半ば呆然としながらもなんとか葬儀を済ませ少し落ち着いたところへ、幼少のころから何かと世話を焼いてくれていた田中のおっちゃんが厳しい顔をして石動の所へやってきた。
父の右腕として信頼が厚く専務取締役でもあった田中のおっちゃんとはいろいろと積もる話もあったのだが、二人だけで話したい、と真剣な顔をしたおっちゃんから内密に聞かされた話に石動は衝撃を受ける。
曰く、このところ景気回復につれて会社の業績も上がり出し、表面的な
調査の結果、経理を担当している父の弟で石動にとっての叔父が怪しいと睨み、秘かに叔父の行動を探っていたのだが、探られているのを察知した叔父は雲隠れしてしまったのだという。
しかも姿を消したのは父達が事故にあった日であった、と田中のおっちゃんは呻くように石動に告げた。
その後、叔父のパソコンから慌てて消去されたらしいファイルを発見し、復元したところ二重帳簿らしきものが見つかって、叔父が会社の資金を使い込み、その額も長年に渡って億に達していることが判明したのだ。
父の自家用車も含め、会社の社有車は全てディーラーへの整備や修理なども叔父が一手に行っていたので、父の車に何らかの細工をするのは叔父にとっては容易い環境だったようだ。
警察も事故の後、叔父については執拗な聞き込みをしてきたので、怪しいと睨んで捜査している可能性が高いとのことだった。
そのため、田中のおっちゃんと一緒に会社の弁護士とも相談の上、警察に横領事件として被害届を出すことにした。
その後、事件をマスコミが嗅ぎつけることとなり、社長の不審な死に方と役員の指名手配の報道はワイドショーにも取り上げられ、報道陣の執拗な取材に悩まされた。
報道の結果、殺人事件が起きた先と取引を継続することでイメージダウンを恐れた大手メーカー等の取引先が相次いで手を引いてしまい、両親の会社は不渡りを出してあっけなく倒産してしまったのだ。
遺産相続にありつこうと、うるさく石動に纏わりついていた親戚たちも会社が倒産したと聞くと、潮が引くように居なくなり、多額の債務を含め全てが石動の肩にのしかかった。
弁護士や税理士の助けを借りて、家屋敷なども含め全ての資産を処分して借金を清算し、従業員たちに幾ばくかの退職金を渡してしまうと、石動の手元にはわずかな現金しか残らなかった。
その結果、已む無く大学も中退して東京を引き払うこととなり、実家近くの祖父の家に転がり込むことになる。
世の中の何もかもが信じられず、全てが疎ましく思えて仕方なかった石動は、心配した田中のおっちゃんからの仕事の紹介も断り、祖父の家に引きこもってしまった。
そんなある日、一人の男が引きこもっていた石動を訪ねてきた。
差し出された名刺には自衛隊体育学校の藤井二尉とあった。
学生時代の石動の射撃競技での成績から体育特殊技能者として特別体育課程学生にスカウトに来たと言う。
藤井二尉とはエアコンが効いた応接室にて応対したにも関わらず、汗かきなのかハンドタオルで流れる汗を拭いながら石動に熱心に説明する。
自衛隊体育学校の入隊にはもちろん願書を出し採用試験を受ける必要はあるが、採用されれば自衛官として一か月ほど基本教育を受けた後に種目別に特別訓練を受け、射撃競技の選手として世界大会などに自衛隊所属として参加することになると説明され、熱心に入隊を薦められた。
家族の事故以来、人間不信になり全てが煩わしく感じていた石動にとって、入隊すれば生活のすべてを射撃のみに集中することができ、その結果として世界で競技に勝つことが自衛隊員としての任務と言われたことに魅力を感じてしまう。
その上、自衛官として給料も貰えるなら父からの遺産も残り少ない身としては有難い話だ。
こうして石動勤は自衛隊に入隊することを決めたのだったーーーーーーーーー
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