第34話 予兆

 石動イスルギがいつものモーニングルーティンである自衛隊体操をしようと携帯を操作していると、ロサがやってきた。ところが、その顔に元気がない。


「おはよう、ツトム。」

「おはようロサ、どうした? なんか元気ないんじゃない?」


 ロサは僅かに微笑みを見せたが、すぐに笑顔を消して俯き加減に言葉を続ける。


「うん、お兄ちゃんが明け方に出動していったんだけど、ちょっと心配で・・・・」

「アクィラさんが? 神殿騎士団が自ら出動って穏やかじゃないね。何かあったの?」

「それがよくわからないらしくて・・・・。何でも森の動物たちや魔物の動きがおかしいとかで、調べに行ったみたいなんだけど」

「まあ、アクィラさんならサーベルベアの一匹や二匹、平気で倒しちゃいそうだから大丈夫だよ。直ぐに元気で戻ってくるさ」


 石動は故意に冗談めかして明るい声を出したが、ロサの顔は晴れなかった。


「うん、ゴメンねなんか気を遣わせちゃって。なんか悪い予感がして仕方ないもんだからツトムと話したかったのかも」

「自分で良ければいくらでも聞くよ。こちらこそ無責任なこと言って悪かった」

「いいえ、ありがとう。今日は悪いけどこれで帰るわ。またね、ツトム」


 珍しく暗い顔が晴れないままで手を振って去っていくロサの後姿を見つめながら、石動も何やら心に黒雲が広がるような気分を感じつつ、黙って手を振り返した。


 

 その後、訓練場の傍を通るときにロサに言われたことが気になって注意して眺めると、いつもは大勢の騎士たちが弓の練習や剣を打ちあっている姿が見られるのに、今日はほとんど姿が無い。

 宿舎の近くで一個小隊が整列して待機していたが、フル装備で出動する直前の緊張した雰囲気が伝わってきた。

 

 なんとなく全体がピリピリしているこんな雰囲気を、石動も知っている。


 第一空挺団の大規模演習などの時、装備を付けて出動命令を待っている時の雰囲気とそっくりだ。

 この場で違うのは、これが演習などではなく実戦である事だろう。

 石動は気になったが、中に入って騎士団に聞きに行けるような雰囲気ではなかったので、後ろ髪を引かれながら鍛冶場へと向かった。




 鍛冶場は矢尻をはじめ剣や盾、槍などの武具の注文や修理の依頼が相次ぎ、増産に次ぐ増産で既に戦場のような忙しさだった。

 石動も剣を造る手伝いに駆り出され、皆と一緒になって一心不乱に槌をふるう。


 やっと昼食の時間となり、一息ついて親方らと食事と水分を取ることが出来た。


 食事といっても忙しいから短時間で食べられるものということで、チキンを塩胡椒で焼いたものをレタスのような野菜と一緒にパンにはさんだサンドイッチ的なものだ。


 でも大量に皿に盛られたサンドイッチは一個のボリュームも凄く、鍛冶で汗をかくため適度にチキンに塩味を効かせてあるので、まさに今の石動達にとって身体が求めている物だった。

 親方や他の鍛冶職エルフ達と食堂で大ぶりのサンドイッチを3つ食べた石動はようやく落ち着いて、隣で同様に大量のサンドイッチを食べ終えてパイプに火を着けた親方に顔を向けた。


「いや、大忙しですね。神殿騎士団が魔物退治に出たとは聞いたのですが、その関係ですか?」

「ほとんどはそうだな。ただ、ウチの郷は何かあったら住民総動員だからな。あちこちから矢が足りないって催促されてるのさ」


 親方は口からパイプの煙を吐きながらニヤリと笑う。石動は親方の言葉を聞いて少し驚いた。


「えっ、総動員って只事では無いですよね。魔物って何が出たんですか?」

「聞いた話じゃどうやらサラマンダーらしい。それも一匹ではなかったそうだ」


 石動にとってサラマンダーとは、ラノベや漫画の中ではよく聞く名前だが当然実際に見たことが無いので実感が湧かない。


「サラマンダーって、この森に元々居る魔物なんですか?」

「いや、聞かねえな。この森に居るのは熊やイノシシとか蛇の魔物位のもんだ。サラマンダーなんて火山とか魔大陸にしかいないはずなんだよ。だいたい考えてもみろ、森の中で火なんぞ吐く魔物がいたらどうなるか。火事になって森が全部燃え尽きちまうよ」


 しかめ面しながら盛大にパイプの煙を噴き上げる親方。

 石動は腕組みして、考え込む。

「では、どこから来たんでしょうね。この郷に影響が出なきゃいいけど・・・・・・」

「まあ、神殿騎士団が調べに行ったんなら大丈夫だろう。もしかしたらツトムの欲しがる火の魔石が手に入るかもしれんぞ?」


 ガハハハッと威勢よく笑い飛ばした親方だったが、眼が笑っておらず、親方が感じている異変への不安を石動は感じたのだった。


 昼食後はまた全員で槌をふるい、少し残業しながらもなんとか注文を捌いた親方は上機嫌にパイプをふかし、疲れて帰る石動を見送る。

「ツトム、今日は助かった。一つ借りにするから何時でも言ってくれ」

「いやいや、親方にはいつも世話になっているのに恩返しが出来てなかったから、ちょうど良かったですよ。貸しだなんて思ってませんから」

「うーむ、そう言ってくれるのは嬉しいが・・・・・・。まあ、遠慮はするな」

「ではそうします。じゃあ、お疲れ様でした」

 

 右手を差し出してきた親方の掌を、お互いの顔の前でバシッと合わせて笑顔で別れる。親方の笑顔に昼の不安げな眼の光はもう無かった。

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