第33話 密談

 石動イスルギが居るエルフの郷は、深い森の中に歪な円を描く城塞と結界に囲まれた閉鎖的な街である。


 10メートルを超える高さの城砦は直径1メートル程の太い丸太を隙間なく並べたもので、結界を越えないと見ることすら出来ない。城砦には外部世界へ開かれた門は正門ただ一つしかなく、そこを通れば、神殿へとつづく幅20メートルもあるメインストリートがあって人や馬車の往来も盛んだ。


 メイントリート沿いにはズラリと商店やギルドなどの事務所が並び、神殿に向かって右側が宿泊施設や商業施設とその関係者が、左側には鍛冶等の職人や専門職の施設とその関係者が住む家が並ぶ居住区となっている。


 世界樹のある神殿とその前の神殿前広場を中心に放射線状に道が伸びていて、神殿で働く関係者が住む地区や、軍関係者が住む地区など、居住区を分けていた。


 神殿前広場はこの郷に住む住民の憩いの場所であり、広場の中心はサッカー場がとれるくらい広い芝生のスペースがある。

 その中心には噴水と花壇が設えられ、広場を囲むように植えられた木陰にはいくつものベンチが置かれていて、住民たちが自由に休憩できるようになっている。


 ベンチの近くには屋台も多く、新鮮なジュースや軽食、果物を使った甘味などを売っていた。

 

 そんな神殿前広場の木陰にある目立たないベンチに、一人の男が座って屋台で買った葡萄のような果物を食べて寛いでいた。


 耳の形状からみて人族であり、首からはこの里に入ることを許された事を示す特殊な文様の入った札を下げていた。これがあれば結界を通って里に入ることが出来、通ることを許可された者の通行証と身分証を兼ねている。


 身分証に書かれた名前はハーブギルとあり、王国の都に店を構える商人であった。


 王国の中でも三本の指に入るほどの大商会の会頭で、エルフの郷とは先代の会頭からの付き合いで信頼も篤い。

 本人もでっぷり太った人の良い印象を与える顔つきをしており、身なりも金がかかっていて裕福な商人という外見から、ここでは珍しくもない情景としてその男に注意を払う住民は誰もいなかった。


 そこへ、男の座るベンチと背中合わせに設置されたベンチにドカッと座るもう一人の男。


 屋台で買った果物を絞ったジュースの入った木のコップを手に持っている。

 深く帽子を被ったその顔は広場とは逆方向に向いているので判別しにくいが、筋骨たくましいけど粗末な服装をしていることから見て、商人の従者か馬車の御者の様に見える。

 

 ジュースを口に運びながら、後から来た男が口もとを隠すようにして呟くように背中合わせの商人を見ることなく話しかける。


「首尾はどうだ?」


 ハープギルも葡萄を口に入れてモグモグさせながら、他には聞こえないような小声で答える。


「上々ですよナハトさん。ご依頼通り神殿の倉庫に他の荷物と共に運び入れました」


 ナハトと呼ばれた男はニヤリとした口元をコップで隠すように呟く。


荷物アレはまだ生きているんだろうな?」


 ハープギルも葡萄の皮を吐き出しながら囁いた。


「仮死状態になっているので心配はいりません。少しづつ解けて2日後には目が覚めるはずです」

「それにしてもよく手に入ったものだな」

「そこは蛇の道は蛇でして。大地溝帯を抜ける力を持つ者からと思っていただければ」


 ナハトは笑みを深めてベンチの背凭れに身体を預ける。


「それよ。さすがに魔大陸に行って帰って来られる者がいるとはな。半信半疑だったが」

「その猛者も土産を持って帰っては来たものの、あの魔物アレの親が執念深いのでいささか後悔しかけておりました。そちら様からのお申し出は渡りに船だったようです。

 ただ結果的に今後このエルフの里との交易が出来なくなるのは私には痛手ですがね」


 ハープギルの言葉にムッとしたように、ナハトはジュースの入った木のコップを握りしめる。


「ふんっ、上手くいけばそれ以上の儲けがあるからお前も乗ったのだろう。今更報酬を吊り上げようとでも言うなら無駄だぞ」

「そんなつもりは毛頭ございませんとも。今後とも銀狼将軍様には御贔屓にして頂ければ何も言うことはありません」

「ふん・・・・・・。では、予定通りにな」


 ナハトはグッとコップを呷りジュースを飲み干すと立ち上がって、屋台に木製コップを返却すると屋台の主人に笑顔を見せて、ゆっくりと歩き去った。


 ハープギルは最後の葡萄の粒を口に入れながら男の後姿を見送り、唇の端を吊り上げて皮肉っぽく呟く。

「ご武運をお祈り申し上げますよ」

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