第10話 ラタトスク

 石動イスルギはコンランしていた。

 聞きたいことが多すぎる。なんだ「渡り人」って?

 いや、聞こえてきたのは日本語だったぞ。

 それ以前に耳から聞こえたというより、言葉が直接頭の中に響いた感じだったが・・・?


『ああ、私は日本語? が喋れるわけではない。私の持つ特殊能力アカシックレコードを使って翻訳し君に直接、念話を試みているだけだよ』


 あかしっくれこーど? 念話? 分からない事がまた増えた。というか、自分の考えていることが読まれているのか?


『ハハッ、混乱しているね、無理もない。説明は順を追ってするとして、まずは自己紹介といこう。私はこの世界に七柱ある世界樹ユグドラシルの第四柱であるラタトスクだ。ラタちゃんと呼んでくれ!』


 ニコニコと笑顔でそう宣うと右手を差し出してきた白い少女を、石動は呆然としながらも反射的に右手を取り、握手した。

 ラタトスクは一瞬、妙な顔をしたが笑顔に戻り、言葉を続ける。

 あれ? 間違えたかな。跪いて手の甲に唇を寄せて敬意を表すべきだった? と石動は気が付くももう遅い。


『君の名はイスルギ・ツトムだったか? ああ、自己紹介は不要だ。こうしている間にも君の情報は私の中に流れ込んできているからね。うんうん、じつに興味深い。』

 真顔になったラタトスクは大きな赤い目でじっと石動を見つめた。

『いろいろと聞きたいことがあるだろう。その疑問に答えると同時に、いくらか説明もせねばな』

 石動はうなずいて、ラタトスクを見つめ返す。

「ここは何処なのか、何故僕はここに居るのか、君は何者なのかを知りたい」

『ふむ、先ずは最後の疑問から答えようか』


 ラタトスクは微笑みながら問いかけた。

『君は世界樹ユグドラシルを知っているかな?』

「え~と、確か北欧神話にあった、世界を体現する木だった・・・ような?』

『ほう、北欧神話とやらはよくわからんが、その他は大きく間違ってはいないな。この星には六つの大陸があり、それぞれに世界樹ユグドラシルがある。私たちはこの星の成り立ちから見守り、知恵や知識を繋いできた、言わば記憶の番人みたいなものだ。ある意味この星そのものを体現しているとも言えるだろう。

 だから、私には今まで何百年に一度訪れる「渡り人」に関する知識もある訳だ。』

「ええっ、じゃあ自分の他にもこの世界に来た人間がいるということですか?!」


 ラタトスクは残念そうに眉を顰め、首を振った。


『今現在、渡り人がこの世界に居るか、というと残念ながら居ない。ツトム、君だけだ。前回渡り人が訪れたのは確か200年ほど前のことだったからな。その前は500年以上前だったと記憶している。だから、長命なエルフ達は「渡り人」のことを経験や言い伝えでよく知っていて、現れたら私の所に連れてくる決まりになっているのさ』

「長命って程があるだろ・・・・・・(え~と、じゃあロサって見た目若いけど幾つだったんだろ?)」

『たしか220歳だったと思うぞ』

「ああああ、そうだった! 思ってることタダ漏れだった!」

『話を戻すが、いいかな? 「渡り人」は此処とは違う世界の人間だから当然言葉も分からないし、この世界の住人なら当然知っていることも知らない。だからこうして一度は保護しないと直ぐに死んでしまうだろうから、親切なラタちゃんがいろいろと手取り足取り教えてあげようということなのさ!』


 ビシッという擬音が聞こえそうなほどドヤ顔で右手の人差し指を石動に向け、ポーズを決めたラタトスクを見て、石動はようやく緊張が解けてくるのを感じていた。

 ラタトスクの大袈裟なしゃべり様や態度もそういう効果を狙ったもののような気がしている。


 石動はようやく"助かった"ように思え、心の底からラタトスクに頭を下げて言った。


「ラタちゃん、ありがとう! 恩に着るよ」

『ようやく私の偉大さが分かってきたようだな。よろしい、ではチュートリアルを始めよう』


 ラタトスクはニコッと顔の回りに花が咲いた様な笑顔になると、嬉しそうに石動にその笑顔を向けるのだった。

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