第8話 警戒

 ロサの足は速かった。


 足元の不安定な森の中を、まるで整地されたグラウンドを走るかのように軽やかに進んでいく。

 石動イスルギもレンジャーの行軍訓練で、山の中での行動には慣れていたので相当自信があるつもりだったが、ロサのスピードには全くついて行けなかった。

 先行するロサも度々石動を気にして振り返り、要所で振り返りながら待ってくれている。

 追いつくのにゼイゼイと息を吐く石動に対して、ロサは殆ど息も上がっておらず、汗もかいた様子がないのが石動としては非常に悔しい。


 そんな調子で森の中を2時間も歩いただろうか、ふと立ち止まったロサが石動に止まるように指示してきた。


 これ幸いとしゃがみ込みながら、石動は水筒を取り出した。

 もちろん、銃は手放さず辺りへの警戒も解いてはいない。

 水を少し口に含んで、ゆっくりと喉に流し込みながら辺りを窺っていると、不意に周りの緊張感が高まってきたのを肌で感じた。

 ロサを見ると口元に笑みが浮かんでいたため、石動は大きな危険はないものと判断する。

 急な動作はしないように気を付けて水筒をリュックにしまうと、しゃがんだまま様子を見ることにする。


 まもなくして、森の中から溶け出す様に、先程まで誰も居なかったところから、金髪を肩まで伸ばした美しいエルフが現れた。

 柔和な笑みを浮かべているが、全くと言っていいほどスキはない。

 性別は肩幅や胸元を見て、辛うじて男性ではないかと思われるが、石動にそうだと断言できる自信はなかった。


 ロサがエルフに歩み寄ったのを見て石動が立ち上がると、ザザッという草擦れの音と共に10人ほどの弓をつがえたエルフ達が、石動を包囲して草むらや木の上から姿を現わす。

 石動はこの人数で近寄られていたのに、全く気が付かなかった自分が悔しい。

 この状態ではライフルで反撃している間にも射殺されるだろう。勝ち目は無い。

 石動は内心の動揺を抑えて両手を上げ、笑顔を見せて害意は無いという意思表示を示した。

 

 ロサが慌てて最初に現れたエルフに何事か話し掛けると、さっとそのエルフが右手を上げ、それにより包囲していたエルフ達が弓を下ろす。

 どうやらあのエルフがリーダーらしい。


 リーダーのエルフは、ロサとしばらく話していたが、石動の方を見てうなづき、ついてこいと身振りをした。

 石動がそれに応じて歩き出すと、包囲したエルフ達もまた、囲みを維持したまま歩き出す。


 その統制のとれた動きに、石動は密かに感心していた。これは訓練の行き届いた手強い部隊だ。


 周囲を警戒しながら先導するグループに、リーダーとロサを護衛する2人、そして少し離れて続く石動を見張るグループと後方を警戒しながら進むグループに分かれている。

 石動を見張る組は、何か不審な動きをすれば弓矢の十字砲火を石動に浴びせられるポジションをキープしながら、森の中を進むという難行を苦も無くこなしている。

 分隊や小隊規模での行軍は数えきれないほど経験しているが、これ程油断なく足場の悪い森の中を進めるなんて信じられない。同じレベルの技を持った部隊はアメリカの特殊部隊か、わが第一空挺団くらいだな、と思いつつ、石動は背中に冷たい汗が流れるのを感じていた。


 しばらく歩いたのち、何の変哲もない森の薄暗い獣道に差し掛かったところで、ロサが振り返り石動に近づくと右手を取って、ニコッと微笑むとまた歩き出す。

 面食らっていた石動だが、獣道に入ったところで"ヌルンッ"と膜を抜けるような感触を顔に感じ、抜けた途端に風景が一変したことに驚いた。


 先程まで森の木の間を歩いていたはずが、今は大木に囲まれた巨大な壁と門の前に立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る