第6話 エルフ?

 やがて着いた森の中の少し開けた場所では、大型獣の怒りが感じられる咆哮が響き、人と獣が争っている最中だった。  

 石動イスルギはその光景を見て、目を疑う。


「(また熊かよ・・・・・・。いや、あれは熊だよな? いくらなんでもデカ過ぎねえか!)」

 石動が目にしたのは体長3メートルを超えていそうな巨大な熊だった。耳ナシの2倍近くはデカくみえる。

 そしてヒグマと違って、体毛が真っ黒で手の爪がナイフの様に異様に長く鋭い。


 昔見た、映画「シザーハンズ」の主人公の手を思い出した。それとも「エルム街の悪夢」のフレディか・・・?

 体毛は黒いが、首の下に白い三日月模様はないので、ツキノワグマではなさそうだ・・・。


 ちなみに世界最大の熊は北極熊で、体長2.5m、体重は600キロを超え、記録では1,000キロを超える巨体の北極熊がいた事が確認されている。

 またアラスカのコディアック諸島に生息するコディアックヒグマは、最大で体長3mを超え体重も750キロのものが確認されている。

 それらの熊より巨大な熊が存在するなど常識では考えられないが、目の前の熊は明らかにそれより巨大で、歩くだけで地響きが聞こえてきそうだ。

 

 ましてや、そんなバケモノと弓矢で戦うなんて…。


 熊の身体には、肩に2本、右胸に1本、矢が刺さっている。

 矢を射った人物を見ると、今も熊の攻撃を樹を盾にかわし、逃げながら次の矢を射ようとしている。


「(・・・・・・なんなんだろうあれは? コスプレ?)」


 日本じゃ弓矢での狩猟は法律で禁じられている。欧米ではコンパウンド・ボウによる鹿や熊狩りがスポーツとして認められているのは動画サイトで見たこともあった。


 しかし、見慣れた普通のハンティング装備ではなく、金髪・碧眼で皮鎧とブーツをはき、太もも丸出しで熊と戦っている美人を見て、目を疑ってしまった。


 そして耳が長かったのだ。耳たぶがじゃない。耳の上半分がスッと上に伸びている。


「(エルフみたい・・・・・・だよね?)」


 整形?とも思ったが、そこまでして想像上の種族になりたいものだろうか?

 ましてやなり切った格好で弓矢で熊と戦うなんてヤバい人としか思えない。


 石動は迷った。これは助けに入ったほうが良いのだろうか?

 普通に女性が熊に襲われている状況なら、石動も迷うことなく助けに入っているだろう。

 しかしエルフの格好をしたヤバい女性は、巨大熊を相手にした闘いに圧倒しているように見える。


「(これはエルフの人が、熊を狩っているのだろうか? だとすると同じ狩人として獲物を横取りするのは悪いよな・・・・・・)」

 

 とは言え、なんとなく心配で、石動は女性が危なくなったら助けようと闘いを見守っていた。


 しばらくすると身体に何本もの矢が刺さった巨大熊は、あきらかに弱ってきていて、石動の眼にも勝負は行方は明らかになってくる。


「(伝説のエルフなら熊くらい弓矢で倒せるということか・・・・・・すげぇな。まぁ、倒せるなら問題ないし、あんな格好の女性とはあまり関わり合いにならない方が良さそうだ)」


 そう思った石動は、静かに後退り、見つからないうちに立ち去ろうとする。


 その時、弱っていたはずの熊が、咆哮を上げたかと思うと身体が膨れ上がるように体毛が毛羽立ち、振りかぶった右前足の爪を剣の様に振り下ろした


「グゥオォォォォォッ!!」


 その斬撃は白いブーメランのように飛び、咆哮を受けて動きが止まってしまったエルフの持つ弓を切り裂き、前に伸ばしていた左腕にも傷を負わせた。


「(ええええっ!なんで届いた?! 完全に間合いの外だったよな! うわぁーマジか!)」


 弓を失い、怪我をした女性は、気丈にも右手で剣鉈の様な短刀を抜き、熊を睨みつけているが、弓が使えない状態では最早勝ち目はないだろう。

 熊は短刀を警戒しながらも、勝ちを確信した様子で4つ足になり、ゆっくりとエルフに近づいていく。


「こりゃマズいだろ」


 一瞬で石動は女性を助けることに決め、レミントンを素早く構えるとボルトを引いて初弾を装填した。

 スコープの狙点が動いてないと良いが、と思いつつも距離は20メートル程なので外しようがない。

 

「(ヒグマのバイタルゾーンと同じならいいけど・・・・・・)」


 ヒグマのバイタルゾーンは正面で立ち上がっていたら「喉元」、横からなら「アバラ三枚」と言われている。石動は横からの狙撃となるため「アバラ三枚」、つまり前足の付け根で脇の下すぐ後ろを狙い、静かに引き金を絞る。


 ドゥーーン


 素早くボルトを操作して次弾を装填し、銃を構えながら熊へ駆け寄っていく。

 弾は狙い通り前足の付け根から入って心臓を貫き、熊はビクンッと身体を硬直させたのちにガクッと崩れ落ちた。

 石動は北海道のヒグマ猟で、巨体の熊でもバイタルゾーンを撃ち抜かれると、あっけないほどコロリと倒れるのを見て、最初の頃は驚いたものだった。


 急いで熊の5メートル近くまで駆け寄った石動は、足を止めて熊の様子を窺う。熊は死んだふりをして逆襲してくることがあるからだ。

 念のため耳を狙い、とどめを刺す。


 ドゥーーン


 いくら熊の様な大型獣にはやや非力とはいえ.308ウィンチェスター弾を至近距離で耳から打ち込まれ脳を破壊された熊は、再び巨体をビクンと痙攣させた後、動かなくなった。

 ヒグマより遥かにデカい熊の掌が、ゆっくりと開いていく。

 辺りに血と死の匂いが満ちてきた。完全に死んだようにみえる。


 念のため銃口で目を突き、反応がないことを確認した後、フゥーっと息を吐いて、石動は自身の戦闘状態を解除した。


 そしてライフルのボルトを操作し、空薬きょうを排夾した後にアモポウチから2発銃弾を取り出し、レミントンに補填してマガジンを一杯にした後、指でカートリッジを押さえながら薬室を空にしたままボルトを閉じる。


 それからライフルのスリングを肩にかけ、怪我をした女性のほうに向かった。

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