第一章「異世界」

第4話 混乱

 C-1輸送機のジェットエンジンのゴォーッという音と振動が、重低音で身体に響いてくるのに気が付いて目を開ける。

 まだぼうっとしている石動イスルギの前で、輸送機の乗組員が両翼下にある扉をガーッと上に跳ね上げるのが見えた。

 途端にエンジン音が強まり、風の音がそれに加わって、その轟音で隣に居る同僚の声も聞こえない。

 コレは今まで何百回もやってきた空挺団の降下訓練だと、石動はぼんやりと気付いた。

 身体には60キロ近い装備を負い、身動きすら不自由だ。

 背中のパラシュートから伸びたフックは頭上のワイヤーにかけられている。

 ふと、強烈な違和感を感じて周りを見回す。

 おかしい。いつもなら行う装備の相互確認も号令も無く、同僚も上官も無言で立っている。

 違和感に思い至った時、突然、扉の横にあるランプが赤から緑に変わり、無言のまま、隊員達が流れる様に扉の外へ飛び出して行く。

 訳が分からず混乱していた石動も、脊髄反射のように前の隊員に続いて扉から空中に飛び出すと、頭上でパラシュートが開きガツンと身体が上に引っ張られる様な衝撃がきた。

 後は1分ほどで着地だと思った瞬間、突然の乱気流が石動を襲い、パラシュートのコードが絡まってしまった。

 ラインツイストだ。

 今までにも何度も経験がある事なので、石動は冷静にコードを戻そうとするも何故かラインはドンドン絡まっていき、解け無くなってしまう。

 パラシュートが充分に開いていないので、降下スピードが尋常では無く速いため、既に自由落下しているような状態だ。

 見る見るうちに地面が近づいて来るのを見て、慌てて石動は予備のパラシュートを開こうとするも敵わない。  

 流石に焦って冷や汗をかき、なんとかしようともがいても身体は落ちていくだけだ。

 下を見て、あと数秒で地面にぶつかる、と思った時に、ビクッと身体が痙攣して今度は本当に目が覚めた。


 「?!! 」


 ああ、夢だったか、と安心すると同時に、学生時代に同じく居眠りしてビクッとして目が覚めた時、周りの友人らに散々揶揄われた経験を思い出し、誰か見ていなかったかと反射的に周りを見廻してしまう。


 「(どうやら、落ちた所は森の中らしいな)」


 潰れた草のむわっとした青臭い臭いと湿気を感じて、石動はぼんやりと頭の中で呟く。

 リュックにもたれて仰向けに倒れているようだ。

 目に緑の葉を繁らせた太い木々が鬱蒼と連なるさまが写り、石動の回りの下生えの草も人の腰位の高さまで伸びている。

 そんな風景をボーッと眺めていた石動は、ふと違和感を感じた。

 

「まてまて。俺は休暇中で北海道に来てるはずだ。さっきまで蝦夷鹿猟をして雄鹿を仕留めて……」


 

 ハッとして周りを警戒する。


「耳ナシは!?」


 キョロキョロと首を擡げて見渡し、周りに熊の姿を探すも、見当たらないどころか気配すら無いのに安心してまた身体を横たえた。


 横になったと思ったら、またハッとして眉を挟めて辺りを警戒して見渡した。

 

「(イヤイヤイヤ、あの後、沢に滑落したとしても、何故、雪が無いんだ? さっきまであった白樺の木も青松も無いし、それどころか、ここは谷あいでもない森の中だよな・・・・・・)」

 それに加え、なにやら蒸し暑くて冬でも無いように思われる。


 石動は、途方に暮れたように呆然として呟いた。


「こんなとこ、全く見覚えが無いぞ・・・・・・。マジで、此処は一体何処なんだ?」



「(落ち着け落ち着け、まずは自分の状況の確認だ)」


 石動は深呼吸を繰り返すと、まずは起き上がって「耳ナシ」とやり合った後、負傷していないかを調べる事にした。

 ゆっくりと上半身を起こすと、背中や肩に打撲症と思われる痛みが走るが、傷は無い様だ。

 ライフル銃を掲げた腕は、左腕の上着が熊の爪にやられて袖がささくれていたが、骨までは達しておらず、裂傷程度で済んでいた。これは直ぐに消毒する必要がある。


 頭を触ろうと手を動かすと、左手のキズだけではなく左肘も曲げると痛い。肩も同じだ。熊の前足での衝撃で筋を痛めたのだろう。

 ニット帽越しに両手でそっと頭を撫でまわすと、後頭部に大きな瘤が出来ていて、直接触ると血が指に着いた。脳震盪の自覚症状は無いが、用心する必要がありそうだ。


 ライフル銃は右腕にスリングを通していたので、吹き飛んでいなかったが、丈夫なシンサテックストックのフォアアーム部分にヒビが入っていた。

 ここに耳ナシの前足攻撃が当たったのだろう。

 高圧に耐えられるシンサテック素材でこれだから、木材では折れていたに違いない。

 スコープは直撃は避けられたようで、レンズは割れてはいない。流石は日本製、頑丈だ。

 念のため、狙点が衝撃でずれていないか、試し打ちする必要はあるだろう。


 ライフルを支えに立ち上がってみた。

 足は捻ったり折れたりしていないようで、ホッとした。


 

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