第2話 エゾ鹿
酒盛りの翌日も冬の北海道にしては雪も降らず、良い天気だった。
ただし、気温は氷点下だ。
今日は、先輩は他の仕事でどうしても外せない用事があるとのことで石動の単独での出猟となった。
雪の斜面を下りながら、石動はそろそろ雄鹿の縄張りが近い可能性が高いので時折、ツァイスの双眼鏡で周囲を見廻しながら進む。
沢まで降りたところで、水場から白樺の森へ続く山肌に積もった雪の上に、鹿の群れの足跡があるのを見つけた。
足跡の重なり具合から見て、5から6頭ほどの群れの様だ。
この群れに狙う雄鹿がいるのかは分からないが、未だ新しいその足跡を追う事にした。
狩猟法で雄鹿は一頭しか獲れないので、慎重に見極める必要がある。
1キロ程足跡を追って登った先の白樺林で、石動は鹿の群れを発見した。
木の陰になっていて分かりにくいが、6頭いる様だ。
木立の陰にしゃがみツァイスの双眼鏡の倍率を上げて、呼吸と共にブレる画像を見詰めて雄鹿を探す。
居た!!
更に双眼鏡の倍率を上げてみると、その雄鹿は周りの雌鹿より一回り大きいのが分かる。
角も3ポイント以上有るのは間違いない様だ。
音をたてない様に、ゆっくりとリュックのポーチからブッシュネルのレーザー距離計を出し、雄鹿迄の距離を測ってみた。
「400メートルちょっとか」
呟いた石動は続いてKestrelの風速計を取り出し、風を確認する。
この時間は山頂から吹き下ろす風なので、石動の位置は風下にあたる。
愛銃であるレミントンM700を銃シースから出した石動は、出来るだけ近づくことにして静かに動き出した。
近づいてくる石動の気配を感じたのか、雄鹿が顔を上げて、固まった様にじっとし「木化け」している。
周りを警戒している証拠だ。
群れの雌鹿達も同様で、必死に匂いを嗅ぎながら耳だけを動かしている。
野生動物達の嗅覚は素晴らしく、1キロ先の銃の鉄の臭いを嗅ぎ当てる。
群の横に回り込もうにも切り立った崖の下は沢になっていて、そちらからは接近できなかったため、風下から慎重に接近したので未だ逃げられていないが、これが限界の様だ。
距離計によると220メートルとあり、風は左から手前に3メートル吹いている。やや撃ち上げか。
防水ポーチに入った携帯を取り出した石動は、バリスティックアプリを起動させるとデータをアプリに入力した。
アプリに射撃に必要な各種データを打ち込むと、アプリが計算しM700に載せたMarch製スコープの修正クリック数が表示される。
石動のライフル銃は無風状態の射撃場で、100メートルの距離でスコープの
石動も以前は、自衛隊での訓練では自分で自分で弾丸の特性や距離に応じた一覧表を手帳に書いていたり、ストックに貼ったりしていた。
しかし米軍の海兵隊スナイパー研修に参加した際に、海兵隊員達が携帯にインストールしたバリスティックアプリを使っているのを見て、自分も使ってみるとその信頼性が意外と高い事が判り、今や離せなくなってしまったのだ。
もちろん今でもデータは取っていて自分で計算して修正はしており、アプリの数値が自分の計算と合致するかを確認して実行するようにしている。
また余裕のない時はいちいちクリックでの修正せず、スコープ内のレティクルを使って狙点を変えることで対応することもある。
あくまで狩猟もスナイパー訓練の一環と考える石動にとって、今の様に時間の余裕がある時はアプリも併用してスコープの修正をすることで自分の計算と合致するか確認し、確実を期す方が訓練になると考えていた。
スコープの上と右に付いたダイヤルをアプリに表示されたクリック数回して、スコープを覗き、倍率を上げて調整する。
倍率を上げたためブルブルと震える画像を少しでも安定させるため、ゆっくりと石動は腹這いになり、リュックの上にライフルを委託する形で、
スコープの中で雄鹿が大きくなり、石動の心臓の鼓動や呼吸に合わせて細かく揺れている。
石動は音を立てないよう、慎重にレミントンのボルトを引き.308口径156グレインの弾丸を薬室に装填した。
静かに息を吐きながら、意識して心拍数を抑えるイメージで集中し、バイタルゾーンである首の付け根を狙ってゆっくりとトリガーを絞る。
ドゥーーンッ
轟音と共に反動で跳ね上がる銃口とスコープの視界の中で、一瞬、雄鹿の首の付け根にパッと着弾した埃が立つのを見た石動は、素早くボルトを操作して次弾を装填し照準を再度雄鹿に戻す。着弾してから数歩走って倒れた雄鹿に合わせ、いつでも次弾を撃ち込めるようにスコープ越しに見つめる。
他の雌鹿達はライフルの発砲音に驚いて駆け出し、逃げ去っていく。
雄鹿が動かなくなったのを確認した石動は、ゆっくりと立ち上がり、リュックを背負い直すと、レミントンは手に持ったまま、雄鹿に向かって歩き出した。
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