凋落6
メイの手をそっと振り解き、硝子片や木屑の転がる地面を
「貴方はあんまり動かないでください。魔力不足か貧血か知りませんが、フラッフラですよ」
ユニスが
「どうして、そんな……ひどい怪我をするまで無茶するんですか。いつもいつも、死にそうになって……!」
「……悪い」
「い、いえ……謝って欲しいんじゃないんです。一人で戦ってくれてありがとうございました。貴方が魔女を引き止めてくれたから、他の乗客は無事ですよ」
「そうか」
今にも怒号を放ちそうなほど気上がったかと思えば、
そこには切断された手を持ったマスターが待機しており、彼とぶつかりかけた足を後ろへ引いて咄嗟に
「手、見つけたんだが随分綺麗に切られたね! 切断面が綺麗だ! さ、繋げるから腕を出してくれ」
「……頼む」
擦り合わされた切断面から微かに血が沁み出したが、繋がっていくにつれてそれも
目線を変えた先にあったのは
こんな場所で遭遇すると思っていなかった魔女と、一般人の男性の死で乱れていた心が
「あ!」
「っなんだいきなり」
なにを
「なんなんだ一体。手は……普通に繋がったぞ」
「いや、運転手が殺されていたらマズいなぁと、今更私は気付いてしまったよ。流石に私も列車なんて運転できないから、早くブレーキをかけないと脱線したり横転したり事故になるかもしれない」
深刻さは
「なんでもっと早く気付かないんですか!」
「私だけを責めるのかい⁉」
「いいからオッサンは先頭車両まで走れ!」
「うーん、うちの子達は私に対して辛辣だね! 可愛いからいいんだがね!」
駆け出したマスターの後を緩やかに追いかける。マスターの
一つ前の車両に進むと、細い通路にはいくつもの死体が転がっていた。コンパートメントの窓硝子も割れており、扉が壊れている部屋もある。廃墟のごとく
切断された頭部が列車の揺れで足元に転がってきたため、それを軽く避けて前へと進んでいった。
罪のない人々の
僅かな憐れみを瞼の裏へ押し込んで前だけを見据えた。彼らの
沈思していると、
「エドウィン、歩くの辛かったら掴まっていいからね。大丈夫?」
「大丈夫だ。メイは、怪我してないか?」
「うん。僕が来た時にはもうトドメを刺すだけだったし。エドウィンのおかげだね!」
「……よかったな」
「え!? えっと、うん。エドウィンが生きててよかった!」
メイの
「わー、お二人ともホントに仲良しですね。楽しそうでよかったですね」
秒を刻む速さで進みながら何気なく窓枠を横目で映す。不規則に振れる車体。その振動がどこか、これまでと違って見えた。
風の
「メイ! 受け身を取れ!」
「え──」
メイは一人でどうにか出来るだろう。そう判断してユニスの腕を掴んで引き寄せる。倒れていく車体の中で、飛んできたアタッシュケースにぶつからぬように引き
喀血しそうになった口元を押さえて目線を下げると、俺に凭れかかっているユニスがいた。
「ユニス」
「っ……!」
持ち上げられた顔は
「悪い、怖かったよな。お前を……傷付けたくなかったんだが……精神面への配慮が欠けていた。すまない」
「な、なんで……私が悪いんです。守ってくれたのに、殴るつもりなんて、なかったんです、嫌だったとか、貴方が嫌だとか、そんなんじゃなくて……!」
殴られたことなど
「いい。無理はするな。お前が無事なら、それでいい」
「無理なんてしてません! 私はエドウィンになら……!」
ショートブーツが硝子を踏み付ける。
首を左右に振ってから、ユニスの横を通り過ぎる。
「大丈夫だ。助ける時以外は、お前に触らない」
陽光がほとんど差し込まなくなった
少し歩くと、メイまでどこか傷付いたような、
「……メイ、無事か?」
「う、うん。二人は、大丈夫?」
「俺は平気だ。ユニスは……怯えさせてしまったな。俺は離れるから、メイはユニスの傍にいてやってくれ」
「わ、かった」
薄れ
「あはは、派手に倒れちゃったね!」
「笑い事じゃない。マスター、停車させるのは間に合わなかったのか」
「いやあ、運転台なんて初めて見たから、どれがどういう機能を持っているのか一つ一つ観察してしまってさ。このレバーか、それともこっちのレバーか、これはなんだろうって見てるうちに楽しくなってきて」
「ああ……結論だけ言ってくれるか」
いつまでも結論に辿り着かない
「止める前に曲り道に差し掛かったんだな?」
「いや、適当なレバーを思いっきり引いたら倒れてしまったんだ。ははは……」
「……」
「エドウィン黙らないでくれるかい⁉ 無視されてるみたいで辛いよ⁉ せめて叱ってくれ⁉」
「俺だって列車の運転なんて出来ないからな、叱る権利なんてない。楽しんでいるうちに横転していたのなら軽蔑したが、停めようとしてくれたんだ。責められないだろ」
自分が倒したという事実を
不快に思って振り払うも、彼は再び手を伸ばして撫でてくる。こちらの嫌厭を意に介さず
「っなんなんだ、やめろ」
「君が良い子に育ってくれてお父さん嬉しいよ……」
「茶番はいい。運転手は亡くなっていたんだな?」
「ああ、そこでね」
芝居がかった
「恐らく魔女による殺人に気付いて、運転室から出て止めようとしたんだろう」
「それで、そのまま殺された、というところか……」
俺と彼の
「とりあえず列車を降りて、線路を辿って駅を目指そうか。そこから目的地に向かおう。と、その前に魔女を連れていた男性の所持品を見てこないとね。私が見てくるから、エドウィンは先に外で待っていてくれ。運転室の正面の窓を壊しておいたからそこから出られる。メイちゃん達も一緒に……」
マスターの目線は持ち上がり、
「エドウィン、どういう状況だい? 可愛いユニスが泣いてるじゃないか。メイちゃんも悲しそうだし」
「列車が倒れる際に、ユニスが怪我をしないよう引き寄せて庇ったんだ。だが……彼女のトラウマへの配慮が欠けていた」
「ああ……うん、それは、仕方ないね。きっと私でもそうしただろうし。ユニスが落ち着くまで待った方がいいかな……君だけ先に外で待っていて。私が出る時に二人にも声を掛けるよ」
「……分かった」
俺の方こそ叱られるかと思ったが、
ユニスにとってメイほど仲の良い相手でも、彼女の過去が接触を拒むのかと考えたら、
先に列車の外へ出ると、
魔力という
それは、忘れかけていた記憶だ。
絶対に──してはいけないのだ、と。誓わせられた内容は思い出せない。その約束に
ただ、祈られたことだけは覚えている。
──貴方が少しでも長く生きられますように。
暖かな陽射しの中で見る
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