凋落5

     (三)


 メイとユニスの気配がなくなったのを音耳おとみみで感取しながら執刀しっとうする。携えたさいはただのテーブルナイフ。大身おおみの武器があれば良かったが、食堂車にそんなものがあるわけもない。素肌に銀器の冷たさが沁みていく。いつ攻めるべきか、窺窬きゆする目路の中で、零露れいろが少年の影を血紅色けっこうしょくに染めていた。


 少年の唸り声はすすり泣く憂哭うきねのようだった。彼の手にぶらさがる、頭部を失くした死体。静脈の浮いた悴首かせくびの断面が血をあやす。少年は果実でも潰すように頸部を押しひしぐ。獣と見紛うほど牙を剥きながらも、その容色は哀絶あいぜつで満ちていて、頬は涙で濡れていた。


 彼が攻撃してくる素振りはない。宛然えんぜんと、悪い夢寐むびから目覚めた幼子を思わせる姿。哀韻あいいんだけを放つ無為むいな彼に眉を顰めた。


「……魔女かと思ったが、そうじゃないのか……? お前──」


「ぁああああああ!」


 咄嗟に身構える。開戦を示す釁端きんたんが悲鳴によって告げられた。頬を掠める勁風けいふう。勢い良く棄擲きてきされた遺体に舌を打つ。疑氷ぎひょうは砕かれ、やはり彼は魔女なのだと端倪たんげいする。


 否、そんなことはもうどうでもいい。迷いを委却いきゃくして、飛び掛かって来た彼を掻き払う。風の断裂音が響くほど快捷かいしょうな動きに歯噛みした。


 戛然かつぜんたる鋼の鳴動。刃物じみた硬度の素手で切り散らす彼に刃金はがねで応じる。迫撃はくげきは止まない。身体に魔力を走らせ、彼の速度に適応していく。眈眈たんたんと反撃の隙を待ちあぐむ。


 宙へ身を投げ出した彼の閃影せんえい。羽虫のように輪旋りんせんと飛び回る踪跡そうせきを虹彩で追いかけ続ける。俺に打突を仕掛けては床や壁を踏みしだき、弾かれるようにまたこちらへ跳んでくる。すれ違いざまの斬撃を弾く或いは躱すことで深手は負っていない。けれども無傷ではいられない。行き違うたびに表皮を掻いがれていく。刻削こくさくされていくのは頬、腕、肩、胴。恐らく彼は肯綮こうけいたる心臓を狙う思考を持ち合わせていない。浅浅あさあさとした殺意しかない彼を殺意で切り据えるべく刺刀さすがを構え直した。


 双眼を見開く。魔力を注いだ視覚は勁疾けいしつ魔女かれを鮮やかに映し出す。耳元で秒針が鳴った。いくつもの動作を一秒に捻じ込むイメージを固める。それを具象する魔力を滾らせる。


 眼前に飛び込んできた彼の逆息さかいきが耳朶を打った。彼の前腕部を握り込む。互いの髪が触れ合う。腕を封じられた彼の開口はひどく緩慢に見えた。こちらの喉を食い裂こうとする歯牙。血にまみれた唾液が糸を引いていく。勁鋭けいえいな牙を突き立てられる前に身を捻る。彼の息骨いきぼねは熱かった。首筋の表皮を焦がしたそれは痛みを走らせる前に塵埃じんあいに呑まれた。


 ち落とした彼はテーブルを潰崩かいほうさせる。跳ね上がったテーブルクロスは砕屑さいせつを巻き上げ、重なり合う轟音を伴って彼と共に地面へ沈み込む。彼が態勢を立て直す前にその脊髄を鑿空さっくう擊刺げきしした刃口を更に深部へ。臓物を剔抉てっけつ出来そうなくらい深くまで通徹つうてつ──直後、涼やかな璆鏘きゅうそうが秒針の音と合奏する。魔力を注ぎこまれたテーブルナイフは撓折どうせつされ、銀粉を散渙さんかんさせていた。


「く、そ……ッ!」


 しまった、と動きを止めた小隙しょうげきかん、彼は床を押して跳ね上がる。刺創しそうの痛みなど感じていないのか鈍ることのない動き。髪筋かみすじほどもない眇たる分陰ふんいんの中で断截だんせつされたのは右手首。血走る袖先から意識を逸らし刻下こっかに後退した。


 陸梁りくりょうと飛び回る彼はテーブルや椅子を残毀ざんき木香きがを漂わせる。机上にあった銀器が転げ落ちて騒ぐ。割れた食器の音と落剥らくはくする硝子の音が混ざり合う。彼を見上げた先で照明が揺落ようらくした。零砕れいさいする硝子を避けるべく後方へ跳躍。着地した地面に左手の平を這わせ、落ちていたフォークを指先に滑らせた。


 放擲ほうてきしたフォークは彼の肩をる。散った羶血せんけつはたった鮮少。彼は俺を煩わしいと言わんばかりに芥視かいしし、咆号ほうごうを上げた。


「ぅぅうううああああああ!」


 人並外れた威武いぶを纏った彼が驍悍ぎょうかんな脚部を打ち下ろす。照明を失くした車内は小暗おぐらく、空明くうめいに舞う彼の影を色濃く浮き上がらせていた。それを頼りに襲撃をく。えぐれて毀敗きはいする床。跳ね上がった木材の破片が重力で落ちるよりも早く、彼は趫捷きょうしょうに追撃を繰り出す。


 切りさいなむことを目的とした殴打は彼我の隔たりを寸裂すんれつしていく。されど決して間合いには入ってやらない。最低限の魔力を四肢に伝わせて最小限の動きで回避に徹する。


 彼の爪という利刃りじんが壁をきさぐ。搏撃はくげきなし、後目しりめで武器を探る。魔女のように素手で戦うことも可能だが、魔力が尽きてしまえばこの四肢は動かなくなる。そんな事態は避けたかった。


 さながら鳥が頡頏けっこうするように幾度も天井と床を行き来しうごつく少年。俺の正面に降り立った彼が椅子を圧壊あっかいする。壊裂かいれつした椅子の脚を反射的に掻いる。彼の大ぶりな横撃おうげきを木材で受け止めた。態勢を立て直す様子はなく果鋭かえいに虚空を寸断すんだんする彼。息無いきなしに振り下ろされる双腕を弾きつつ拳固に魔力を流伝りゅうでんさせる。それはただの木板を利刀りとうと化すためだ。


 降り出した急霰きゅうさんのように延々と叩きつけられる衝突音。鈍い音が次第に高く、高く変化する。刃音とも言える響きをあざなって彼と切り結ぶ。硬度を《拡張》した木は今や真刀まさいのよう。鋒鏑ほうてきとして申し分ない。切刃きりはを振るい彼の殴撃を打ち散らした。


 時計に耳を澄ます。一。突き除けた彼を追斬おいぎる。彼の左腕──肌骨きこつうずまる鋒端ほうたん血脈けつみゃくを引き裂き骨を鳴かせる。不快な擦過音。不快な感触。俺にとってそれは長く五感を刺激していたが、彼は抵抗を打ち細隙さいげきすら見い出せなかっただろう。切刃きっぱを振り抜き片腕を横截おうせつ紅雨こううに似た赤い余沫よまつが空無に浮漂ふひょうする。霜剣そうけんを構え直すもまだ秒針の刻みは聞こえない。己の太刀影たちかげを捉えたまま彼の心臓を取りひしぐ。肋骨の隙間へと押し込まれた突先とっさき。二。経過した刻の報せ。引き抜いた得物は尺鉄しゃくてつほどの長さに折れる。


 猩血せいけつの雫が弾けるより早く、刃を返す。と同時に彼の足を蹴り払った。後頭部を床に打ち付け、した彼の傍へひざまずく。次の一撃で切りむ。優雅さなど欠片もない、勁悍けいかん痛撃つうげきを打ち込んだ。


 酸痛さんつうを訴える呻き声。それは彼のものであり俺のものでもあった。


「くっ……!」


「うう……うあああああ!」


 彼は俺の腹部を片腕で穿き、臓腑を掻き回すように暴れ出す。痛みにあつかう奄々えんえんとした片息かたいきが五月蝿い。迸出へいしゅつする血液が淋漓りんりと流れ続ける。彼に揺さぶられる中でどうにか刃を引き抜いた。だが魔力の薄れた剣相けんそうしおれた古木こぼくでしかない。再度魔力を込めようとするも、彼の腕が背へと貫通した痛みで意識が途切れる。ぼんやりとした煙景えんけいが黒み渡っていく。


「ッ、ぁ……ぐ、……」


「わぁああああ!」


 魔女特有の激声げきせいは耳障りだった。だが今は、それによって自我を繋ぎ止められている。けれども限界は近い。魔力も消費しすぎたようで、耳鳴りがひどかった。眩瞑げんめいを覚え、少年の形影けいえいすら歪み切って、波紋を広げる色彩が渾然こんぜんと混ざり合う。震える呼気を吐き出し、魔法で止血を試みるも、塞いだ傷は刺さったままの腕によって開かれる。


 濡れた絵画みたいな目の前で、泫然げんぜんたる涙が眩しかった。己の武器を取り落とす。力の入らない手を雫へと伸ばした。泣血きゅうけつする子供の体温が手の甲に触れる。魔女の涙は、人のそれと変わらず温かかった。


「もう、黙ってろ……。すぐ、楽にしてやるから」


 トドメを刺す機宜きぎなど窺っていられない。自身に突き刺さる彼の細腕を左手で握りしめた。燃やされるように潰爛かいらんと崩れていく彼の腕。魔力でひねり潰して引き千切る。朦朧としながら彼の首をも徒手で切り離そうとした。


「──やめてくれ!!」


 俺を引き止めたのは激越げきえつとした男性の喚叫だ。言下に放たれた発砲音に血の気が引いた。剽疾ひょうしつに起きかえるも間に合わない。足を撃ち抜かれ踉蹌ろうそうと壁に倒れ込んだ。列車の震動が腹部の傷と太腿の銃創に響く。顔を向ける気力もなく、壁に凭れたまま黒目だけで闖入者を流眄りゅうべんした。


 足を負傷しているのか靴音を擦って跛行はこうする男性。今にも倒れ込みそうに蹣跚まんさんとした足取り。だというのに彼は、ふらふらとなえぎながらも俺の直線上に立ち、こちらに拳銃を向けてあたなう。彼の射界しゃかいにいるのは俺だけだ。魔女の少年ではなく、俺を敵とみなしている。


 刀鋸とうきょのような視線が打違うちかい、彼と反目はんもくした。眼界が淡煙たんえんで覆われていく。それでも、威嚇の代わりに男性をめ掛けた。


「お前……どういう、つもりだ」


「この子が悪いのは分かってる。この子が危険なのも分かってるんだ! けど、薬を打てば大人しくなる……今日は、薬が切れるのが何故かいつもより早かっただけなんだ……!」


「なに、わけのわからないことを……」


 薄れる意識のせいで彼の言葉が皆式かいしき理解できない。聞き留めた台詞を咀嚼するように脳裏で糾返あざかえす。彼の苛厳かげんな眼差しが俺を咎める。怨色えんしょくを広げる面様から、少年を傷付けた俺への憤怨ふんえんが見て取れた。思い違いではないと分かるほどの炳焉へいえんたる敵愾心てきがいしんだった。


 口ぶりから察するに、少年が無辜の乗客を横虐おうぎゃくしたことは知っているのだろう。詭激きげきに暴れ回る姿も見ていたはずだ。あのまま放っておけば乗客全員が殄戮てんりくされていた。だというのに少年に注がれるのは暖かな恩愛おんあいと慰めるような哀婉あいえん


 惨絶さんぜつなまでに壊頽かいたいした車内を、顎で指し示す。


「これは、その少年が引き起こした惨劇だぞ。危険……だなんてものじゃない」


「わかってるさ!」

「その少年は魔女だろ。魔女を鎮める薬を、持っているってことは……お前、魔女の研究員か」


「魔女……? 私はそんなもの知らない! この子は大事な息子なんだ! まだ傷付けようとするのなら君を撃」


「──やめろ!」


 旭影きょくえいを受けて赫奕かくえきと閃いたのは、皎皎きょうきょうたる長髪。男性の視線を金引かなびいたのは白い少女だ。波打つ白髪が俺の前に降り立って、男性の拳銃を剽悍ひょうかんに蹴り飛ばす。メイの凛とした玉姿ぎょくしを男性が瞠目して見つめていた。


 メイが振り向いたかと思えば、その目顔が憂患ゆうかんを滲ませ始める。


「エドウィン、ひどい怪我じゃないか……! 早く手当てを! ッあぁでも、どういう状況か分からないけど魔女も仕留めないと……! オッサン!」


「分かってるよ、メイちゃんは魔女をよろしくね」


 踏み散らされた血の音がやけに大きく聞こえた。肩で息をしながら俯くと、思いのほか血痕が瀰散びさんしていた。紅い水面にしずく姿はマスターのものだ。駆け寄ってきた彼に引き寄せられ、脱力した身体が彼の方へ倒れ込む。戦闘で刻鏤こくろうされた痛みに呻く俺を支えながら、彼はゆっくりと膝を折っていく。


「座って。流れた血を出来る限り君に《吸収》させる」


「マスター、俺はいいから、あの男性を……」


「君が優先だよ、エドウィン。そのままじゃ死ぬ。手首もあとで繋げようか」


 俺が座ったのを確認すると、マスターは左手で傷口を蔽遮へいしゃする。右手は床の古血ふるちを撫でていた。


 彼の言う通り、このままだと死ぬ。気にしないよう目をそばめていただけで、今の俺は死を近くに感じていた。目の前にある彼の顰笑ひんしょうさえもぼやけて見えるのだから、めいするのも時間の問題だろう。魔法を使えても、この身に宿っているのは普通の人間と同様、死火しかに焼き尽くされる徒命あだいのちでしかないのだと実感して自嘲した。簡単には溶けない勁雪けいせつもいずれは融滌ゆうできして水になる。人並みよりも夢許ゆめばかりのしぶとさがあるだけだ。


 マスターの手つきには憂思ゆうしが優しく纏わりついていた。子供を心配する親のような撫恤ぶじゅつを受け止めて、嗚呼、と気付く。あの男性が魔女の少年に向けていたものも、同じものだった。


「内臓から治していくから、痛むよ」


「分かってる。……、ッ……」


 傷口に沈み、肺腑を目指す彼の手に嘔吐く。痛覚を遺忘いぼうしたくてマスターの肩越しにメイの方を覗き見た。魔女と交戦する熾盛しじょうな衝突音が耳底じていに響く。死にたくないという魔女の抗心こうしんが叫び声から流露していた。


 臓物を焦がす痛みが燄燄えんえんと温かな熱に変わっていく。命の燭燼しょくじんに彼の魔力が灯る。幽冥ゆうめいに引き込まれそうだった意識が少しずつはっきりとしてきた。僅かに安堵したが、彼の手がより深く押し込まれる感覚に両目を硬くひしぐ。数刻前まで魔女の腕が貫通していたからか、そのぶん奥まで触れて治さなければいけないみたいだった。声にならない乾声ひごえが噛み締めた唇の罅隙かげきから漏れ出す。引きも切らずに襲い来る激痛に俯いて片手で口元を押さえる。悲鳴と嘔吐感を抑えこんでいれば、メイの驚悸きょうきが叫声に乗せられて鳴り渡ってきた。


「何してるんだ⁉」


「っ……メイ……?」


「君はまだ動いちゃダメだ。メイちゃん! どうした!?」


 薫然くんぜんと漂ってくるのは鉄銹てっしゅうを思わせる腥い香り。気付けば魔女の声も止み、マスターの焦燥の余韻が聞こえるくらい幽閑ゆうかんが広がり始めている。心寂うらさびれた空気が沁みてくるが、彼は俺の治療を続けており、俺も動くことが出来なかった。


「っちょっと! おいおじさん! 死ぬなよ……!」


「──メイさん、どうしたんですか⁉ 戦闘は終わったんです?!」


「ユニス! どうしよう、この人死んじゃうよ……!」


「どうしようって……その状態じゃ、もうどうにもなりません!」


 二人の声だけを聴きながらマスターを急かすよう彼の袖に皺を刻む。ユニスは戦闘に巻き込まれない屋漏おくろう伏在ふくざいしていたのか、俺達と同じく何があったのかを見ておらず、状況を把握出来ていないらしい。


「メイちゃん、どういう状況だったのか教えてくれ」


 マスターに問いかけられると、メイは彼に対するいつもの棘を仕舞い込んで、温順おんじゅんに答えていく。声柄からは哀憐あいれんが窺え、暗暗あんあんとしていた。敵ではない人間の死は、メイの心を掻きくらしたようだった。


「わからないよ、魔女を殺そうとしたらいきなり飛び出して来たんだ。そうしたら魔女に首を噛み切られたみたいで……! 急いで魔女は殺したけど、この人の傷が酷くて、もう意識がない。駄目だ……」


 伝播してくる喑愁あんしゅうに歯噛みする。俺にとってもあの男性は殺すべき忌敵いみがたきではなかった。魔女の少年を息子と呼んだ彼。その怨緒えんしょを見てしまったからこそ、不幸な奇禍きかに巻き込まれただけなのであろう彼から、聞かなければならないことがいくつもあった。


 口を挟まず謹聴きんちょうしていたマスターが開口していたが、掛ける言葉が見つからないらしく彼は無言のまま唇を引き結ぶ。


 しばらくの闃然げきぜんを経て、マスターの手が俺から離れた。


「……エドウィン、治ったよ。手も繋げたいんだが、どこに落として来たんだい?」


「ああ……」


 力無く視点を落とすと傷口は綺麗に塞がっていた。だが体力も魔力も回復しておらず、為歩しありくことは出来そうにない。治療で疲弊したせいか、先程よりも魔力が薄れているような気がした。それでも蹌蹌そうそうと立ち上がったのは、男性の死を見届けなければならなかったからだ。彼らのことをどうにもできなかった罪代つみしろのようなものだった。


 座り込むメイの前で閉眼へいがんしている男性。その結喉けっこうは抉れており、首の内部が垣間見える隙孔げっこうから、決決けつけつと血が流れ続けていた。苦し気な衰色すいしょくは既に血の気を失くしている。


 彼が魔女を連れて何をしようとしていたのか、彼の内存ないぞん念望ねんもうは今考えてみてもわからない。魔女について知らなかったのは本当だろう。彼と少年に何があったのか、その詳細を委曲つばら悉知しっちした方がいい。


 事件の起端きたんとなった手蔓てづるを見つけるために、彼と少年の亡骸を眺める。観視すればするほど、己の罪累ざいるいを実感して顔が歪んでいく。しゅくとして声のない中で黙祷を捧げた。滲み出した心痛しんつうを意識の外へ押し退け、足を踏み出した。床に転がっていた食器に気付かず、顛躓てんちしかけた体がメイに支えられる。


「エドウィン、無理はしないで。ごめん……この人を死なせてしまって」


「お前のせいじゃない。……とりあえず、その男性が何故魔女を連れていたのか分からないから所持品を調べた方がいい。それと、前方車両に生存者がいるか確認しに行かないとな……いない可能性のほうが高いが……」


 男性は荷物をコンパートメントに置いたままなのか拳銃以外なにも手にしていない。ジャケットなどを漁れば何か出てくるかもしれないが、それだけでは『誰が何の目的で少年を魔女にして父親に渡したのか』に関して洞徹どうてつすることは出来なさそうだった。

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