凋落3
店員に空いている席まで案内され、僕達は腰を下ろす。どこに座るか悩んだが、ユニスは人と接触するのが嫌いだから、隣は空席の方が気楽だろうと思い、僕はエドウィンの隣へ着座した。
店員に渡されたメニューを開くなり、ユニスが
「見てくださいケーキの種類! 沢山ありますよ! 全部頼みましょう!」
「マスターの金だぞ、少しは遠慮を……」
「マスターのお金なんですから無くならないでしょ? あの人お金持ちですもん」
「せめて食べ切れる量にしてくれ。……メイは何を食べたい?」
エドウィンの顔が優しく笑み曲がる。
そして僕に対して。彼は、唇を緩めてふっと
それに気付いて
「……メイ、いきなり笑い出してどうしたんだ。俺は何を食べたいのか聞いたんだが」
「あぁ、ちゃんと聞いてたよ。でもエドウィンが笑ってくれるのが嬉しいなぁって思って」
列車は木々の間を進み始め、暗らかに落ちる
「僕は……スイーツも気になるけど、しょっぱいのも食べたいな。うーん……フィッシュアンドチップスといちごタルトにする」
「私はですね! チーズケーキとモンブランとチョコケーキと苺のムースケーキとフルーツタルトと」
「そのくらいしろ」
ケーキの種類の多さに
移り変わる風景を打ち守っていたら、
「危ないだろ、顔を出すな」
「え、大丈夫だよ」
「大丈夫じゃない。柱にぶつけて腕を持っていかれたとかいう話もあるくらいだ。お前が何かとぶつかっても列車は止まらない。気を付けろ」
僕をじっと
「エドウィンの故郷って、どんなところなんですか?」
「……木々に囲まれている田舎だ。煌びやかな街とはかけ離れている。もう誰もいないから、廃れてるだろうしな。ただの森をイメージしてくれればいい」
「あぁ……私も田舎出身なので分かります」
「僕のいた村もそんな感じだったかも。エドウィンは子供の頃どんな感じだったの?」
他愛ない雑談のつもりだったのだが、エドウィンは険しい顔をして沈黙する。僕の問いかけの
「そんなことを話して何になる。必要のない情報に意識を向けるな」
「う、ん……ごめん……」
「メイさんは、エドウィンのことが知りたいだけだと思いますよ。今よりもっと仲良くなりたいんじゃないですか? 昔話って、仲良くなるのに必要な情報でしょ」
僕が落ち込んでいるのを見て庇おうとしてくれたのか、刺々しいユニスの
返答に
「…………俺よりも、お前らで仲良くしてたらいい。せっかく歳が近いんだから二人で話してろ」
エドウィンの気持ちが分からなくて
親子が友達になれないように、彼は、僕達とは友達になれない歳の差だと認識しているのかもしれない。
しかし僕達とエドウィンの歳はそれほど離れていないのではないか、と考え込んでいたら、僕の
「歳が近いって、エドウィンも近いんじゃないですか? まぁ、メイさんの歳もエドウィンの歳も知らないですけど。お二人ともいくつなんです? ちなみに私は十五です」
ユニスの言葉に目を見開く。彼女の
「ユニス、僕と同い年だったんだ!? もっと下だと思ってた!」
「は、ぇえ!? メイさん同い年だったんですか!?」
「エドウィンは十八くらい?」
「十七とかじゃないですか?」
「……二十だ。十七って未成年だぞ。俺はそんなに子供に見えるのか」
歳上だとは思っていたが、
「エドウィン、すごく大人っぽく見える時と、ちょっと歳上かなぁくらいに見える時があって……というか、お兄さんに見える時と、お姉さんに見える時もある……」
「分かります、なんか色々分かりにくいんですよね、謎な人です」
「はぁ……?」
不服を吐き出した彼をさりげなく覗き見る。どこか恐ろしさを感じるほど端正な
魔力、と考えて、彼の美しさは魔法の類なのではないかと、空想じみた予想が
魔法を使わなければ動かないらしい彼の手足。それを普通の人のように動かして、日常を平然と過ごしている彼。一日中自分に魔法をかけ続けるなんて、僕の魔力では出来ない。すぐに
魔法を使うことによって引き起こされる耳鳴りや吐血や貧血。戦闘時にしか魔法を使わない僕達よりもエドウィンの方がそれらに苛まれているはずだ。だからこそ彼は無理をしていないだろうかという
僕達の
「お待たせ致しました」
机上にいくつもの皿を並べていく店員へ、エドウィンが
店員は客であるエドウィンに手伝わせてしまったことで、申し訳なさそうに眉尻を下げる。エドウィンも同様に困り顔で応じていた。
「お客様、大丈夫ですよ……! お客様のお手を煩わせる訳にはいきません!」
「いえ、頼みすぎてしまったので、大変でしょうから。後はそれだけですよね、頂戴します。お手数をお掛けして申し訳ありません」
「と、とんでもない……! ありがとうございます! ごゆっくりお過ごしください……!」
店員に
「自分がどれほど迷惑な注文をしたか理解できたか? ユニス。置き場に困るほどの量だぞ」
「で、でも頼んでくれたのはエドウィンじゃないですか! 適当に減らして頼めばよかったでしょ!」
「……俺も失敗したなと思った。次からは甘やかさない。せめて二品までだ」
「せめて三品……」
「二、だ。いいな。分かったら早く食べろ」
時間帯のせいか食堂車には子供の姿が増えてきており、
「すっっっごく美味しいです! しあわせ~……!」
微笑ましい姿に僕まで幸せが伝わってきて、家にいるような気持ちで
「半分食べていい。要らなければユニスにやるが」
「えっ、でも、エドウィンはそれだけしか頼んでないのに、半分ももらうのは悪いよ」
「気にするな。そんなに食べられないから、半分もらってくれると助かる」
もしかすると彼は、ユニスがたくさん頼んだから僕が遠慮してあまり頼まなかったのではないか、と思ったのかもしれない。エドウィンの
「ありがとうエドウィン。これ、なんて名前のケーキなの?」
「ヴィクトリアケーキだ」
その名称に手が止まる。頭の中で記憶の
「ヴィクトリアケーキって、オッサンが言ってたエドウィンの好物だよね? もらってよかったの……!?」
その質問は羞恥心で
「思いのほか大きかったからな」
「普通サイズですよ。貴方ってすごい少食ですよね」
モンブランを食べ終えたユニスが
ふんわりとした生地と、ラズベリージャムの
「美味しい……僕もコレ、好きだな……」
「そうか、口に合ったなら良かった」
ヴィクトリアケーキを直ぐに食べ終えてしまって、また食べたいなと思いながら皿に目を落とす。ケーキがのっていた時は気にしていなかったが、よく見ると豪華な食器だ。
「メイ、どうした? 食べきれそうになかったらユニスにあげればいいからな」
「私を残飯処理担当みたいに扱うのやめてくれます?」
「食べ切れるから大丈夫だよ。お皿が綺麗だったからつい」
「お皿……??」
ユニスとエドウィンの疑問符が重なる。二人が同時に、手元にある食器を覗き込んだのを見て笑声を吹き零しそうになった。皿とにらめっこをしていたユニスが、僕の言っていたことを
「確かに、凝った造りですね」
「列車は金持ちも利用するからな。それなりの食器やそれなりの食事を用意しないと文句を言う輩もいるんだろう」
「食器なんてちゃんと洗われていればなんでも良くないですか? スイーツが美味しければ他はなんでもいいです」
食い気しかないのか、と思うような、自分を貫く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます