凋落2
(二)
コンパートメントの扉を閉めたエドウィンから目を逸らし、僕はユニスと並んで歩を進めた。彼と二人きりだった先刻、結局本心を吐き出せず、適当な
もちろん僕は、彼に恋愛感情を抱いているわけではない、と思う。
思いの色が彼に気取られないことを祈る。
優柔不断におぼめく気持ちから意識を逸らした。
彼に少しでも嫌悪されたくないため、この紐もいつかはどうにかしないといけない。と、そこまで
エドウィンに対する気持ちは、兄がいたら彼みたいな人なのだろう、というものだ。しかし、彼に撫でられたい、褒められると嬉しい、優しく笑ってくれる顔を見ると抱き着きたくなる、という思いが、ユニスに勧められて読んだ恋愛小説のヒロインと
「メイさん、メイさんってば、聞いてます? メイさん、さっきからなんで難しい顔してるんですか?」
肩口に触れた
リスみたいに頬を膨らませている
「ごめん、なんでもないよ。そうだ、ユニスが勧めてくれた本、読み終えたから今度返すね」
「早いですね……! 面白かったでしょ!」
「ユニスも誰かに撫でられたいとか思うことあるの?」
「はい!? 私は触られるの嫌いなんですよ!?」
勢いよく顔を上げて僕を
「でも、過去に何もなかったら私も
「僕はあの場面意外だったな……女の子って、好きな男性に守られたいじゃなくて、守りたいって思うものなんだね」
「人によりますよね、この人に守られたいと思ってときめくか、この人を守りたいと思って恋に落ちるか」
「僕は……」
自分はどちらだろう、と
例えるなら彼は、手触りが良くて暖かい毛布みたいな感じだった。ときめく、というよりも、落ち着く。やはり恋とは違うのかもしれない。
「ユニスは、どっちなの? 守ってくれる人と、守りたいと思う人、どっちが好き?」
「私はいつも守られてますから、守られてときめくことはもうないですね。でも私は弱いので、守りたいと思うような人も……」
ユニスの話を聞きながら、そういえばエドウィンはどうしているだろうと
「エドウィン──」
「っ別にエドウィンのことなんて考えてませんよ!?」
「え? いや、声掛けられてるから……」
列車内でなにかあって相談でもされているのだろうか、と考えたがそれは
女性の
どうするべきか悩んでいると、ユニスの金髪が揺れて
「だいたい察しがつきました。助けてあげましょう」
「用がないのならどいてくれ」
「食堂車に付き合ってってさっき言ったじゃない。私は食事を終えたところなのだけれど、貴方を見ていたらお茶をしたくなってしまったの。ねぇ、一緒にお茶でもしましょう?」
「悪いが……」
「お兄ちゃん早く行きましょ〜! お腹空きました!」
割って入ったユニスを女性が
女性は名残惜しそうにエドウィンを
ユニスを見やると、その眉は吊り上がっており、
「なにしてるんですか、もう……!」
「絡まれただけだ」
「そんなこと分かってます」
「……悪かったな」
「別に怒ってません」
「怒ってただろ」
「怒ってません! いいから早くケーキ食べさせてください!」
拗ねるように方向転換した彼女が、前から歩いて来た男性とぶつかる。ひっ、と彼女が
「ユニス、謝らないと」
「あ、う、ごめんなさい」
「あぁ?」
不機嫌そうな男性の
「すみません、お怪我はありませんか」
「自分のガキのことくらいちゃんと見とけよ。思いっきり足を踏みやがって、この靴高いんだぞ」
「……幸い、あまり汚れなかったみたいですね、よかった。お大事になさってください」
「はぁ!? よく見ろよ、汚れただろ! 弁償しろよ!」
「靴磨き代だけで充分でしょう。これで足りると思いますが」
「ありがとよ」と心のこもっていない
「列車はマナーのなってない親子連れが多くて嫌になるな。向こうでも変なガキがギャーギャー泣いてやがったしよ。鼓膜が破れるかと思ったぜ」
「……そうですか。では、俺達はこれで」
「お前、ずいぶん若いのに二人も子供がいるんだな。似てねぇし腹違いの姉妹か? 女癖の悪い親に育てられたら、そりゃガキも礼儀知らずに育つよなぁ」
彼の
「兄ちゃんよぉ、キレーな顔して笑ってればなんでも許されると思うなよ?」
男性は馬鹿にするように口端を引き上げてエドウィンを
怒りに満ちた
「な、なんですかあれ! モテない僻みですか!」
「ユニス、お前はもう少し反省しろ」
「たっっ……確かに私が悪いんですけど! でもあの人だって千鳥足で、前も見ずに歩いてたからぶつかったんでしょ! そもそも私は足なんて踏んでません!」
「分かってる」
ユニスが男性とぶつかっただけであることを、エドウィンはその双眸で
「そもそも私達とエドウィンってどう見ても親子に見えないですし、エドウィンのどこが女癖悪そうに見えるんですか! ムカついたら言い返しましょうよ! なんで何も言わないんです!?」
「酔っ払いに言い返したら殴り合いになる恐れがある。揉め事は避けた方がいい」
「っでも……エドウィンはそんな人じゃないのにって、私はムカつきました」
感情的になっていたせいか、ユニスは濡れた両目を押し
あの男性の
ユニスの帽子を手の平で軽く押したエドウィンが
「いいから、食堂車に行くぞ。今度はちゃんと周りを見て歩け」
「分かってます」
エドウィンの後ろに
「ユニスはエドウィンのこと、大好きなんだね」
僕を見上げたユニスが
「ユニス大丈夫!?」
「周りを見て歩けって、今言ったばかりだぞ」
「ッだってメイさんが! メイさんがわけのわからないことを言うから! 別に私は好きとか思ってませんし全然好きとかじゃないですし好きじゃないんです!」
のべつ幕なしに
「何笑ってるんですか、メイさんのせいで壁にぶつかったんですよ! メイさんのせいで!」
言いたいことを言い果てたのだと思って気を抜いていたら、
「こんな通り道で喧嘩するな。通行の邪魔になる」
「う……すみません」
「ごめん……」
エドウィンの言葉でユニスも落ち着いたようで、僕も
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