第一章
凋落1
(一)
「好きって言ったら怒る?」
列車の窓から
彼女の
「メイ、好きって、何の話だ」
「え、好きは、好きだよ。えっと、ほら、エドウィンも好きなものとかあるでしょ」
「……そうだな」
言い
「さっきの、好きっていうのは」
「なんだ」
「エドウィンのことが、好きだよ、って、そういう、話なんだけど……」
「そうか」
彼女に
「……それだけ? そうか、って……僕の話聞いてた?」
「お前が俺に懐いてくれてるのは言われなくても知ってる。それほど鈍くない」
「……懐いてるって、僕は小動物じゃないんだけどな……」
ため息混じりの
「それで、好きと言われて、どうして俺が怒ると思ったんだ」
「ああ、それは……エドウィン、お客さんに恋文を渡されたりした後、いつも怖い顔してるから……」
メイが
彼女の見当違いな
「客は、店員としての俺しか知らないんだ。それなのに交際したいと言われても困る。魔女や魔法の存在も、俺がどれだけの人を殺してきているかも、知らないから言える愛なんて迷惑なだけだろ。どう断ればいいか考えるのが……いや、そもそもメイと客じゃ好意の種類が違うんじゃないか?」
問いかけたつもりだったが、
「そ、そうだね……! うん、違う好きだったかも!」
彼女の明朗さのおかげで、
窓枠に肩を預ける。青々と
不規則に揺れる列車内で、眠りにつけそうなほど
思い出の場所に帰ることが出来ると考えたとき、溢れてくる思いは
思い返す
村人と妹を殺した
「っねえ、エドウィンが作ってくれたサンドイッチ、一個つまんでもいい? 早く食べたい!」
メイの求めるものが故郷にあればいいが、と
メイは膝の上にサンドイッチの入った籠を置き、蓋を開けて中を覗いていた。ビスクドールに似た
「それは昼食だ。昼には村に着くからもう少し我慢しろ」
「い、一個だけ……」
「そもそも朝ごはんを食べたばかりだろ。そんなに空腹ならマスターやユニスと一緒に食堂車へ行けば良かったんじゃないか?」
「そうしたらエドウィンと二人で話せる時間がとれなかっ──……いや、えっと……」
しまった、とでも言いたげにメイが目を泳がせる。言いたいことがある様子だというのに、
彼女とは雑談を交わすことも増えたが、まだ
お互い
「なにか話したいことでもあったのか」
「……エドウィンと、なんでもいいから話がしたかっただけだよ」
「言いたいことがあるなら言えばいい。アテナの時もそうだったが」
アテナが
開口と閉口を繰り返すメイの
列車の振動のせいか、
互いの視点が結ばれるなり、彼女は
「ビックリしたね。列車って乗るの初めてでワクワクしてたけど、結構揺れるし驚くことばかりだ」
「話を逸らすな。……言いにくいことなら、無理には聞かないが」
左右へ動くオッドアイの
しん、と
「エドウィンは、人に好意を向けられるの嫌い?」
「別にそんなことはない。恋愛感情はよく分からないが」
「もし、男に好きって言われて懐かれたらどう思う?」
人形じみた小さな
「……それは人として好きという意味で解釈していいんだな?」
「そう、かもしれないし、特別な好きかもしれない」
「慕って貰えるのは、性別なんて関係なく……嬉しいが」
「たとえば同性にハグされるのは?」
「男女問わず、過度な接触はできれば遠慮したいな。……これはなんの質問なんだ……」
慣れない内容の
何故彼女がこんなことを俺に聞いているのか、彼女の
「ユニスを特別な意味で好きになったのかもしれない、という相談か」
「え!? あ、いや」
「どう感じるかなんて相手次第だ。ユニスなら、男に触れられるよりは同性に触れられる方がまだ大丈夫だと思うぞ。それも嫌かもしれないが、メイなら他人より大丈夫だろ」
「まぁ、そう、だね」
歯切れの悪い
確かに、これまでのメイとユニスのやりとりを
「もし僕が男だったら、ユニスに避けられていたのかな。エドウィンは僕にこんなに優しくしなかった?」
「ユニスは男性にトラウマがあるからそうかもな。俺は相手の性別で態度を変えているつもりはないが、仮にメイが少年だったとしても無理はさせない。まだ子供なんだ。普通なら……あんな風に列車内を走り回って怒られているような」
「ちょっと、僕はあの子達ほど子供じゃないし、マナーもなく走り回る歳じゃないよ」
「わかってる。けど未成年だろ」
「そりゃそうだけどさ」
思い詰めて
「エドウィンだって──」と、なにか他愛のない
「マスター、ユニスと食堂車に行ったんじゃないのか。どうしてそんなに煙草臭いんだ」
「え、そんなに臭うかい? ちょっと吸っただけだよ」
「そうなんですよエドウィン聞いてください! この人、私がフルーツサンド食べてる目の前で煙草吸い始めるんですよ!?」
乱暴に閉められた扉の音さえ掻き消すほど、大口を開けて
マスターは俺の隣、ユニスはメイの隣席に腰を下ろした。メイはようやくサンドイッチの籠を膝からどけて、ユニスに
「ユニス、おかえり」
「メイさんただいまです! エドウィンと何してたんですか? 恋バナ?」
「そっっ、そんなわけないだろ!? ユニスってば何言ってるの!?」
「メイちゃん、私にはおかえりって言ってくれないのかい?」
「オッサンはお帰りください。これで満足?」
「意味が違うんじゃないかな!?」
先程まで、窓の向こうの
ふと、メイがサンドイッチを食べたがっていたことを
「エドウィン? どうかした?」
「食堂車に行ってみるか? お腹空いてるんだろ」
「! 行ってみたいな……!」
「では、荷物番は交代ですね。私とマスターはココにいるのでお二人は楽しんできてください」
「お母さん、そろそろケーキメニュー頼めるの?」
「ええと、そうね! 十時過ぎているから頼めるはずよ。よかったわね」
「やったぁ!」
「私も! 私も行きます!」
「なんだいきなり……お前はさっき食べてきたんだろ」
「ケーキは食べてないですもん。十時過ぎたらケーキが食べられるなんて聞いてないです! ケーキ食べたいから連れてって!」
我慢という言葉を知らなさそうなユニスの
「マスター、ユニスも付いて行きたいみたいなんだが、構わないか?」
「ああ、いいよ。──っそうだ、私の財布を持っていくといい。好きなものを好きなだけ頼んでいいからね」
「あんまり甘やかすな」
「エドウィンもいっぱい食べなさいって意味だよ。君、また痩せたんじゃないか? もっと肉を付けた方がいい」
「……そんなに食べられないんだから仕方ないだろ」
彼の
昔はもう少し食べられたはずだが、五年前、アテナに四肢を貫かれた時に胴も
「けどねぇ」とうだつく彼に眉根を寄せていたら、ユニスが
「エドウィンはやくはやく! ケーキなくなっちゃいます!」
「今行く、待ってろ」
マスターから預かった財布を懐に収め、コンパートメントを出る。先に廊下で待っていたユニスの
──────────
※あとがきというか補足的な。
メイの唐突な謎セリフから始まっているのは(元々短いSSのつもりだったので)診断メーカーで出た、
『エドウィンとメイのお話は「好きって言ったら怒る?」という台詞で始まり「静かで優しい夜だった」で終わります』
に従って書くつもりだった名残りです……短くならなかったので以降は好きに書いてます……。
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