02
(あれ?)
広場にある騎士団の詰所を通り、そこから王宮に入るのだと思っていた。
正門からよりも、裏道になるけれどこちらの方が王族の居住区へ行くには近道なのだ。
けれど騎士は詰所を通り抜けたあと、王宮へは入らずそのまままた外へ出てしまった。
目の前には一台の馬車。
「あの……」
何かおかしい。
そう気づいて足を止めた、その時。
ふいに騎士が振り返ると私へ手を伸ばしてきた。
「きゃあ?!」
突然抱き上げられ思わず騎士にしがみつく。
そのまま騎士は早足で目の前の馬車に乗り込んだ。
鍵がかかると同時に馬車は勢いよく走り出した。
「きゃ……」
「マリアンヌ様」
突然の激しい揺れと出来事に混乱していると、ぎゅっと抱きしめられる。
え、何――。
「やっと……貴女を手に入れられる」
おそるおそる騎士と目を合わせる。
まだ十代くらいの若いその顔は、どこか見覚えがあった。
「誰……?」
短い金髪に茶色い瞳。
整ったその顔立ちは、確かに見覚えがある。
でもどこで――。
「俺はモーリス・ラファラン。ずっとマリアンヌ様をお慕いしていました」
モーリス……どこかで聞いた名前……。って。
(まさか、攻略対象!?)
騎士団長の息子の!?
――でもそうだ、確かにこの顔はゲーム画面で見たんだ。
でも慕っているって……どうして?
攻略対象が、マリアンヌを?
「マリアンヌ様はまだ記憶をなくしたままだとか。覚えていないでしょうが、俺は以前、中庭でお会いした時に貴女に心を奪われたのです」
「中庭……?」
「はい、靴紐が切れて困っていたところに通りがかったマリアンヌ様が助けてくれました」
それは――ゲームで起きるモーリスとの出会いのイベントで、ヒロインが授業で使うのに持っていた刺繍糸をその場で編み、靴紐代わりとするのだ。
でもどうして、シャルロットではなくマリアンヌが……いや、今はそれどころではなくて。
「だからって、どうしてこんなことを……」
これってもしかしなくても、拐われたのよね?!
「マリアンヌ様は殿下の婚約者。それにいつも多くの者たちに囲まれて俺は近づけない……だからこうするしかなかったんです」
「こうするしかって……」
ゲームでのモーリスは、シャルロットは『脳筋』と言っていたけれど、実直で正義感が強い青年で。
こんな誘拐のようなことをするような人ではないはずなのに。
「いつも遠くから見つめることしかできなかったマリアンヌ様を腕に抱くことができるなんて……」
うっとりとした顔で私を見つめてモーリスは言った。
「いつも綺麗ですが、今日は特に美しいですね。まさに花の女神のようだ」
こんな事言うキャラじゃないわよね!?
モーリスって口下手なんじゃなかったっけ。
殿下といい、みんなゲームと違いすぎるんですけれど!
――もしかしてカインが言っていた嫌な視線って、この人?
馬車が激しく揺れた。
椅子から落ちそうになる私をモーリスがさらに抱きしめる。
……この揺れ具合は馬車が速度を上げたのだろうか。
「どこへ行くの……?」
まさか、王都を出ようとしているの?
「我が家の領地へ向かいますが、まずは着替えましょう。そのドレスは素敵ですが、目立ちすぎますし寒いですからね」
領地?
ラファラン家は、確か……北の辺境伯ではなかったか。
そんな遠い地まで行くの!?
道が悪くなったのか、ガタガタと馬車に強く揺られながら私は思い出した。
私――守護の術や影やらがついているんじゃなかったっけ?
危険から守るって……守られていないんですけれど!?
それとも、カインやセベリノさんは気づいているのだろうか。
気づいてくれているならいいけど……でもセベリノさんはアドリアン殿下のそばにいないとならないと言っていたし、そもそも、私の身が危険だと分かったとしても、居場所まで分かるのだろうか。
モーリスは騎士を目指しているだけあってその腕も殿下よりずっと逞しく、身じろぐこともできない。
自力で脱出できるのか……いやたとえ脱出しても、一人で家に帰れるの!?
(どうしよう)
ええと、こういう場合は……とりあえず、逃げる機会がきた時のために体力温存?
そうね、モーリスの目的は私自身のようだし……大人しくしていれば危ない目には遭わないだろう。
そう判断してじっとしていると、やがて馬車が停まるのを感じた。
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