第8章 カーニバル
01
「アン……すごく綺麗だ」
私の姿を見て殿下が目を輝かせた。
「本物の女神みたいだ」
「……ありがとう、ございます」
それは言い過ぎではないかと思ったけれど、私は褒め言葉を素直に受け止めることにした。
確かに、瞳の色に合わせた水色のドレスは、昔読んだ冒険物語の挿絵に出てくる女神の衣装を模して作ってもらったのだ。
花を編み込んだ髪型も同様で、だから「女神みたい」というのは合ってはいるのだ。
「本当に。昔を思い出すわ」
そう言ってローズモンドが私の手を取った。
「あの時は……リリアンのおかげで私は無事だったけれど、代わりに貴女は最後までできなかったものね」
「……そうね」
「今日は最後まで楽しんでね」
「ええ」
「行こう、アン」
ローズモンドと顔を見合わせて笑みを交していると、殿下がローズモンドから奪うように私の手を握った。
「フレデリク……貴方は本当に」
「アンをエスコートするのは僕の役目だ」
「まったく。それじゃあリリアン、行ってらっしゃい」
「ええ、行ってくるわ」
ローズモンドに手を振ると、私は控え室から出た。
殿下に手を取られながら大聖堂の入り口へと向かうと、既に他の花娘たちが集まっていた。
「マリアンヌ様」
同じく花娘を務めるバーバラ様がやってきた。
「とても素敵なドレスですわ」
「ありがとうございます、お祖母様のドレスを借りましたの」
「まあ、お祖母様も花娘を?」
「ええ。バーバラ様のドレスもとても素敵でお似合いですわ」
バーバラ様は黄色いドレスをまとっている。
ドレスと同じ生地で作られたバラをいくつもドレスに縫い付け、まさに花娘らしい可愛いらしい姿だ。
「ありがとうございます。実は私も母のドレスを借りたのです」
「まあ、そうなのですか」
花娘のドレスが母親のお下がりというのは実は意外と多い。
親子二代、三代と渡り花娘に選ばれるのもまた名誉なことなのだ。
今日はカーニバル最終日。
私は今、パレードの出発地点である大聖堂にいる。
陛下を始めとする王族がここで国の発展と平和を祈る式典を行ったのだ。
式典後、王族たちが王宮へと帰る時にパレードを行い、花娘はその先導としての役目も担っている。
天気は晴れで、二月としては暖かく絶好のお祭り日和だ。
本当は、昨日と一昨日も街へ出て楽しみたかったのだけれど周囲に反対された。
カーニバルは国中から人が集まるため、賑やかだけれどその分危険も増える。
何かあったら問題だからと、私はずっと屋敷に籠らされていた。
守護の術や使い魔がついているんだから大丈夫なのではと思ったのだけれど、「そういう油断が一番危ないんです!」とクッキーを届けにきてくれたシャルロットに叱られた。
シャルロットやカミーユが言うには、私に対して好意を越えた、欲情を抱いている者が少なくないのだという。
第二王子の婚約者という立場であるため表立って接触してくる者はいないけれど、「そういう目」で私を見る、いくつもの視線があるのだという。
(そんなの、全く感じないのだけれど)
そう言ったら「大叔母様は昔からその手の事に鈍いと聞いています」とため息まじりにカミーユに言われてしまった。
でも、本当に……まあ、確かにマリアンヌは身内の贔屓目を引いても可愛いと思うけれど、可愛い子は教室にも沢山いるし、彼女たちは街でカーニバルを楽しむのだと言っていた。
私だけが危険ということもないはずなのだけれど。
……やっぱり、私は信用されていないということなのか。
「アン」
少し気持ちがモヤモヤしだした私の手を、殿下がぎゅっと握りしめた。
「それじゃあ、気をつけてね。馬車からアンの事、見てるから」
「……はい」
出発の時間がきたらしい。殿下は迎えに来た侍従と共に去っていった。
「相変わらず殿下に愛されておりますわね」
バーバラ様が笑顔と共に言った。
「……そうですわね」
先日の王宮での閉じ込め事件で殿下は周囲からかなり叱られたというが、それを反省した様子はあまり見られない。
今日は大聖堂という場所ということもあって抑え目だけれど、これが学園だったら、ハグの二つや三つ、されているだろう。
「それでは花娘の皆さまも馬車へ」
声がかかり、私とバーバラ様は花で飾り付けられた馬車へと向かった。
大聖堂から王宮へ続く長い大通りを、馬車の列はゆっくりと進んでいく。
屋根のない馬車に乗った私たちは、手にした籠から花びらを取ると、それを沿道に集まった観客へと向かって投げた。
この花は前に王宮の温室で会った庭師の青年がパレード用に、羽のように遠くまで飛ぶよう改良したものだという。
昔はすぐ下に落ちてしまい、正直いまいちだったのだけれど。
まるで紙吹雪のように色とりどりの花びらが宙を舞う光景はとても綺麗で幻想的だ。
花を撒きながら馬車からの眺めを楽しむ内に、トラブルが起きる事もなく馬車は王宮前の広場に到着した。
この広場に設けられた舞台で、花娘は最後にもう一度花を撒く。
広場は既に大勢の人々で埋め尽くされていた。
シャルロットはここに来ると言っていたけれど、入れただろうか。
「アン!」
先に王宮に戻る王族が乗った馬車から、フレデリク殿下がこちらに向かって手を振るのが見えた。
殿下に手を振り返して舞台へ昇る。
四十五年前のパレードの時は、ここでローズモンドが襲われたのだ。
あの時の騒動を思い出してさすがに緊張してしまう。
今はあの時よりも警備も厳重で、舞台の下も大勢の騎士たちが守っているけれど。
舞台から花を蒔いていると、猫の声が聞こえた気がして頭を上げた。
近くの建物のベランダに赤いリボンを巻いた黒猫が見えた。
――セレストだろうか。
遠くて分からないけれど、黒猫に向かって手を振ると長いしっぽを振り返してくれた。
「人が多くて凄かったですわね」
「ええ……でも無事に終わって良かったですわ」
花を撒き終えると私たちは舞台を降りていった。
後は晩餐会を残すのみだ。
朝から準備だったし緊張するし、人々の熱気に当てられるしで流石に疲れたわ。
「花娘の皆さまには控え室をご用意してございます。晩餐会までそちらで御休息ください」
一緒の馬車に乗っていた神官が言った。
「マリアンヌ様はこちらへ」
神官の後をついていこうとすると、騎士の一人に呼び止められた。
「フレデリク殿下がお待ちです」
「あ、はい」
……私は休憩できないのかしら。
思わず小さなため息がもれる。
でも王宮では会わないという話だったのでは……今日はカーニバルだから特別?
「それではマリアンヌ様、また後で」
「ええ、後でお会いしましょう」
バーバラ様に手を振ると私は騎士の後についていった。
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