06
「間違いありません、これは守護の術ですね」
私の額に触れたセベリノさんがそう告げた。
「カイン・バシュレは母親から教わったと言ったのですね」
「ええ」
「では伯母様の息子で間違いないでしょう。黒魔術を教えられるのは血の繋がりが近い者のみですから」
「そういうものなのですか」
放課後、私たちは講堂の脇にある小さな部屋に来ていた。
ここは講堂で行事があるような時に使う、来賓用の控室で普段は施錠されている。
こっそりと会うにはちょうどいいと、シャルロットにセベリノさんを呼び出してもらったのだ。
ちなみに部屋の鍵は私が開けた。どうやって開けたかは……まあ、こういうこともあるかと普段からちょっとした道具は持ち歩いている。
お助けキャラのたしなみよねと言ったらシャルロットに白い目で見られてしまったけれど。
「それって大丈夫な術なんですか」
シャルロットが尋ねた。
「守護の術は被術者の身を守り、また危険が及んだ時は術者にそれを伝えるものです。殿下にもかけてあるものです」
アドリアン殿下を見ながらセベリノさんが答えた。
「すると、カイン・バシュレにマリアンヌ嬢を害する意向はないということか」
アドリアン殿下が口を開いた。
「おそらくは。中身が別人であることに気づいているかは分かりませんが……今はそれよりも、リリアン様に向けられていたという嫌な視線が気になりますね」
セベリノさんは私を見た。
「これまで、そういった視線を感じたことは?」
「いいえ」
「でもマリアンヌ様はよく見られてますよね」
シャルロットが言った。
「そうなの?」
「気づいていないんでしょうけれど。中には邪な感情を持っている人がいてもおかしくはないですよね」
「邪……?」
え、それってどういう感情?
「リリアン様」
セベリノさんが私を見た。
「守護の術がかかっているといっても万全ではありません。ご自身でもお気をつけてください、特に一人になったり、逆に人手の多い場所にはなるべく行かないようお願いします」
「人手の多い……」
私は思わずシャルロットと顔を見合わせた。
「やっぱりフラグ……」
シャルロットが呟いた。
「何か?」
「あの……私、カーニバルの花娘役に選ばれまして」
「花娘?」
「街中を馬車でパレードしながら、花を撒くんです」
「毎年大勢が集まる、大きなお祭りです」
「カーニバルか、晩餐会の招待状が来ていたな。確か十日後だったか」
「はい」
アドリアン殿下の言葉に頷く。
「それはまずいですね。私も殿下から離れるわけにはいきませんし」
セベリノさんがため息をついた。
昨夜、王宮から正式に私が代役になったと書状が届いたから……今から更に代役をというのは無理だろう。
というか、私、そんなに危険な目に合いそうなの!?
「ならば『影』を使えばいい」
アドリアン殿下が言った。
「よろしいのですか?」
「駄目だといってもどうせ勝手に使うのだろう」
どこか諦めたような口調で殿下は言った。
「許可する」
「ありがとうございます」
「影?」
「本来ならば王族にしか許されない術なのですが、リリアン様は私にとって特別な方ですからね」
笑顔でセベリノさんはそう言った。
「はあ……」
セベリノさんが右の手のひらを上に向けると、そこにふいに小さな黒い鳥が現れた。
鳥は羽ばたくと私の方へと飛んできた。
「その鳥を手に乗せてください」
「は、はい……」
慌てて手を差し出すと、ふわりと私の手のひらに飛び降りた鳥が、まるで吸い込まれるように消えていった。
「これが影……?」
「使い魔とも呼びます。私の魔力の一部を形にしたもので、それを従えていれば万が一何かあったときに分かりますから」
「……ありがとう、ございます」
使い魔! 本当にファンタジーだわ。
「もしかして、あの猫も使い魔だったりして」
シャルロットがポツリと呟いた。
「猫?」
「カイン先生の猫です。黒くて、人間の言葉をちゃんと理解しているみたいなんです」
「黒猫」
セベリノさんとアドリアン殿下は顔を見合わせた。
「伯母上の使い魔は猫だったな」
「そう聞いています。それを模したか、譲り受けた可能性もありますね」
「まあ、あの猫ちゃんが? 見た目は本物の猫でしたわ」
「使い魔の姿や能力は術者によってまちまちです。本物の動物そっくりに作り、普段はペットとして飼う者もいます。共通しているのは黒色ということくらいですね」
「そうなのですね」
「今の話だけでは判断できませんが、ともかくリリアン様は周囲に気をつけて下さいね」
「……ええ」
気をつけろと言われても……正直、どうして自分が危険なのかイマイチ分からないのよね。
マリアンヌが階段から落ちた件とはまた別の話みたいだし。
腑に落ちないモヤモヤを抱きながら、私は家路へとついた。
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