05
「えー。それってフラグ立ててないですか」
私の話を聞いていたシャルロットが声を上げた。
「フラグ……」
「今年も何か起きますね、これは」
「やめて、そういうこと言わないで」
「続編でもカーニバルイベントはありましたからね」
「私はヒロインじゃないもの」
「でも誰かの代理で花娘に選ばれるルートがありましたよね」
「そうだったかしら?」
それは私は知らないわ。
「ええと、確かアドリアン殿下ルートでした」
「……アドリアン殿下とは何もないわよ?」
セベリノさんには求婚されたけれど、殿下とは多少言葉を交わしたくらいだ。
「アドリアン殿下の代わりにセベリノ様なんですかね」
「――ちなみに、アドリアン殿下ルートの時はどんなイベントが起きるの?」
「急遽代役になったので準備が間に合わなくて、ドレスを用意するのにあちこち駆け回るんです」
その年の花娘が発表されるのは新年のパーティーの席で、国王自らが名前を読み上げる。
本人とその家族にはそれより前から伝えてあって、当日のドレスは各自で用意する。
一生に一度の晴れ舞台なので、そのドレス作りにも気合が入るのだ。
確かに急遽代役となると……しかも平民のヒロインにとってはドレスの用意は大変なのだろう。
「で、ドレスはなんとか用意したんですけれどネックレスが用意できなくて、困っていた所にアドリアン殿下が現れてネックレスをプレゼントしてくれると」
「まあ、それは素敵ね。でもドレスとアクセサリーは以前着たものを使うからもうあるのよ」
以前、花娘をやった時に着たドレスは実家の屋敷にしまってあった。
それを取り出してみると傷んだところはまったくなかったし、サイズもほとんど同じだったので、またそれを着ることにしたのだ。
「だからゲームとかイベントとか、そういうのは関係ないわ」
「そうですかね。あ、でも、そもそもゲームではどのルートでもマリアンヌ様が花娘でしたよね。そういうお話はなかったんですか?」
「さあ、どうなのかしら。でもマリアンヌは記憶喪失だから選ぶのは難しいんじゃないかしら」
「ああ……そうかもですね」
「シャルロットは、カーニバルは忙しいのでしょう」
私は手に持ったクッキーへと視線を落とした。
花の形にくり抜かれた生地に、白いアイシングで模様を飾りつけられた可愛らしいクッキーは、シャルロットがカーニバルの時に売るのだという。
模様が描かれたクッキーなどこの世界では見たことがなかったので、きっと人気が出るだろう。
「はい。でもパレードは見に行きますので……」
「ニャーア」
また猫の声が聞こえて、私は周囲を見回した。
「まあ、猫ちゃん!」
前に私があげた赤いリボンを首に巻いた黒猫がこちらへ向かってくるのが見えた。
黒猫は私が座っているベンチにトン、と飛び乗ると、膝の上に前脚をかけた。
「乗りたいの? ちょっと待ってね」
膝の上に乗せようとして、片手にクッキーを持っていることに気づく。……まずはこれを先に食べた方がいいかしら。
「猫よりクッキー……」
シャルロットの呟きを無視してクッキーをかじる。
このサクサクとした食感と香ばしい味わい、そしてアイシングの甘みがたまらないわ。
私がクッキーを食べるのを見つめていた黒猫の鼻がひくひくと動いた。
「……欲しいの? でも猫ちゃんにはあげられないの」
じっとクッキーを見つめる黒猫に声をかける。
リボンはあげられるけれど、さすがに人間の食べ物はあげられないわ。
「ニャア……」
そ、そんな悲しそうな声を出してもだめなものはだめなのよ。
「この猫、人間の言葉が分かるんですかね……」
「セレスト!」
聞き覚えのある声が聞こえて顔を上げると、少し離れた所にカインが立っていた。
黒猫を見ていたカインは、私へと視線を移しその目を軽く見開いた。
「これは、マリアンヌ様」
「こんにちは。もしかしてこの猫ちゃんは先生の猫なのですか?」
「ええ……最近学園に来ることを覚えてしまったようで」
カインはそう言って黒猫に手を伸ばした。
「ほらセレスト、学園には来ちゃだめだといっただろう」
「ニャア」
低い声で一鳴きすると、黒猫は私にしがみついた。
「おい……」
「ここは中庭ですから、少しくらいなら大丈夫ですわ」
建物の中に入ってしまったらまずいかもしれないけれど、ここは人気も少ないし。
背中を撫でると黒猫は機嫌良さそうに喉を鳴らした。
「セレストというの?」
「ニャア」
「ふふ、素敵なお名前ね」
水色の瞳から取ったのかしら。
「そのリボン……マリアンヌ様からいただいたのでしょうか」
カインが私を見て言った。
今日は、前にセレストにあげたのと同じ赤いリボンを髪に結んでいる。
「ええ、欲しそうに見ていたので」
「すみません……ありがとうございます」
「今日もつけていてくれるのね」
「毎朝きれいに結ばないと怒るんです」
「まあ、オシャレさんなのね」
抱き上げるとセレストはニャアと甘えるような声で鳴いた。
「とても人懐こい子なんですね」
「いえ、そんなことは……っ」
ふいにセレストが威嚇するような声を上げた。
同時にカインがバッ、と校舎の方へと顔を向ける。
何事?
私はシャルロットと顔を見合わせた。
「あの……」
「――嫌な視線を感じました」
いつもより低い声でカインは言った。
「嫌な視線?」
「おそらく……マリアンヌ様を見ていましたね」
「私?」
どうして?
「マリアンヌ様は色々な意味で注目を集めていますからね……変な視線も集めますよね」
シャルロットが口を開いた。
「え? どういうこと?」
「自覚はないのでしょうが、マリアンヌ様はモテるってことです」
少し呆れたようにシャルロットは答えた。
「そうなの? でも……誰かに告白されたとか、ほとんどないわよ?」
フレデリク殿下から熱烈に愛を伝えられているのと、セベリノさんに求婚されたくらいだし。
「過保護なのも問題ですよね、当人が自覚持てないんですから」
「え、どういうこと?」
「ニャーア」
セレストが何か訴えるようにカインへ向かって鳴いた。
「……マリアンヌ様、少しよろしいでしょうか」
「はい?」
カインの手が伸びてくると額に触れた。
――身体に何か、温かなものが流れてくる。
これは……。
「あの……」
「おまじないです」
「おまじない?」
「母から教わったお守りです。おまじないですが、効果はありますから」
「え、あの」
その時、午後の授業の予鈴の鐘が鳴り響いた。
「ああ、時間ですね。セレストおいで」
カインの声に、セレストが私の腕の中から飛び出した。
「マリアンヌ様、どうかお気をつけて下さい」
セレストを抱きかかえると、カインは私達に背を向けて中庭から立ち去っていった。
「今の……黒魔術?」
カインに触れられた額を触る。
あの感覚は、前にセベリノさんに触れられたのと同じだ。
「――セベリノ様に相談しましょう」
「そうね……」
顔を見合わせたシャルロットに私は頷いた。
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