04
「黒魔術ですか……そういえばアドリアン殿下のルートに出てきましたね」
ドーナツを食べながら私の話を聞いていたシャルロットは、最後の一口を食べ終わるとそう言った。
「かなり好感度が高くなった時に起きるイベントで、殿下の命を狙う刺客が学園に潜入するんですよ」
「まあ、そんな危ないことが起きるの?!」
「その刺客は殿下のお付きの人が捕まえるんですけれど、それが黒魔術師なんです。で、巻き込まれたヒロインと殿下が学園中を逃げ回って、二人で裏庭にある倉庫に潜んでいる時に『こうやって君を危険に巻き込んでしまうけど側にいて欲しい』って告白されるんですよね」
「……それは告白していられるような状況なの?」
「まあゲームですから。あ、これデザートのキャラメルです」
「わあ、ありがとう!」
渡された、小さな包みを開いて出てきたキャラメルを口に放り込む。
ミルクの甘みが口の中に広がって……うーん、幸せだわ。
今日は殿下もカミーユも不在なので、シャルロットと二人、中庭で昼食を食べている。
いつもあの二人が側にいるからシャルロットとゲームの話や情報交換が出来ないのよね。
私を護ってくれようとするのは嬉しいけれども……過保護過ぎて、ずっと一緒にいるのは正直疲れるのだ。
「ちなみに、ゲームに出てくる黒魔術ってどういうものかしら」
「あまり詳しい描写はなかったんですけど、光の玉みたいなので攻撃してきましたね」
「光……」
「最後、画面が真っ白になるくらい大きな光の玉が飛んできて、間一髪で助かるという展開でした」
「――そう」
大きな光の玉ということは、きっと周囲に分かるくらい激しく光るのだろう。
マリアンヌが落ちた日にアドリアン殿下の侍従が見たという光と関係あるように思えてしまう。
「でも……仮にマリアンヌ様の事件が黒魔術と関係あるとして、どうしてマリアンヌ様なんですかね」
「え?」
「マリアンヌ様とアドリアン殿下って接点なさそうじゃないですか」
「たまたま遭遇したとか?」
「あんな場所にいた理由も謎ですし」
「……そうね」
確かに、たまたま行くような場所ではないわね。
「前日の様子もおかしかったですし。マリアンヌ様と黒魔術かミジャン王国との関係が分かればいいんですけれど」
「そうね……帰ったら聞いてみるわ」
息子夫婦だったら何か知っているかもしれない。
「――なんだか、乙女ゲームというより推理ゲームみたいですね」
シャルロットは小さく笑みを浮かべた。
「美少女記憶喪失事件! 事件の背景には黒魔術師の影が!? みたいな」
「そういうゲームもやっていたの?」
「いえ、推理小説は読んでいましたけど、自分で推理するのは苦手です」
「私もどうしても犯人が分からなかったわ……」
「リリアン様って犯人のつく嘘をすぐ信じそうですよね」
「え、どうして分かるの!?」
「何でそれを信じちゃうの?」って前世の友人や、兄たちにもよく言われたのよね。
「単純そ……素直な人柄が滲み出てますから」
「単純……」
「ほ、ほらだって『愛され妹キャラ』ですし!」
――それと単純なこととどんな関係が?
「マリアンヌ・バシュラール嬢」
ちょっとモヤモヤしていると、名前を呼ぶ声が聞こえた。
「アドリアン殿下」
声の聞こえた方を見るとアドリアン殿下が立っていた。
慌ててベンチから立ち上がり礼をとる。
「そう畏まらずとも良い。少しマリアンヌ嬢に確認したいことがあってな」
「確認ですか?」
「セベリノ」
「失礼いたします」
アドリアン殿下の背後に控えていた侍従が私の前へ立った。
大きな手が伸びると私の額に触れた、その瞬間。
バチッと――静電気が起きたような音と衝撃が身体に響いた。
「マリアンヌ様!」
グラリと揺れた耳にシャルロットの叫び声が響く。
「何するんですか!」
よろめいた私の身体を抱き止めて、シャルロットが侍従を睨みつけた。
「申し訳ございません。まさかこういう反応が返ってくるとは思いませんでした」
「セベリノ、今のは何だ」
頭を下げた侍従にアドリアン殿下が声を掛けた。
「はい。マリアンヌ様に術がかけられているのは確かですね。私の術が弾かれました」
「術?」
「黒魔術です」
私をじっと見つめて、セベリノと呼ばれた侍従が言った。
「え……」
黒魔術?
私……マリアンヌに?
「ですが、どうも奇妙ですね」
「奇妙とは」
「マリアンヌ様にかけられた術に弾かれたのとはまた別の、遮る感覚がありました」
尋ねた殿下にセベリノさんが答えた。
「どういうことだ」
「そうですね……失礼、もう一度よろしいですか」
再び手を伸ばしてきたセベリノさんから庇うように、シャルロットが私の身体を引き寄せた。
「いきなり何なんですか! 危ないし失礼です!」
――怒ってくれるのは嬉しいけれど、おそらく貴族であろう、他国の王子の侍従に向かって怒るのも失礼になるのでは。
ハラハラしてしまう私をよそに、シャルロットは相手を強く睨みつけた。
「すまぬな、だがこちらにも事情があってな」
けれどシャルロットの態度に怒ることもなく、アドリアン殿下は謝罪の言葉を口にした。
「事情ってなんですか」
「黒魔術師を探していてな、その手がかりになるかと思ったのだ」
「黒魔術師?」
「私の伯母だ」
「殿下の伯母様、ですか」
「優秀な黒魔術師だったが、故あって今はこの国に暮らしているらしいのだ」
らしい……ということは居場所が分からないのかしら。
「その人とマリアンヌ様と、どう関係があるのですか」
「それは分からぬが、この国に黒魔術師はいないと聞く。マリアンヌ嬢に黒魔術をかけた者が本人なのか縁がある者なのか知りたいのだ」
「私の術を弾くということは相当な力の持ち主ですね」
セベリノさんが言葉を続けた。
「関わりがあるのは間違いないでしょう」
「どうして……私に黒魔術が」
「それも調べたいのだが」
アドリアン殿下の、琥珀色の鋭い眼差しが私を射抜くように見つめる。
「マリアンヌ嬢はまだ記憶は戻らぬのか」
「……はい……」
「記憶――そうか」
セベリノさんが呟くと私へと向いた。
「あの遮るような感覚は、記憶……いや、魂の違和感か」
「え?」
「マリアンヌ様の魂と身体が……いや、貴女はマリアンヌ様ではありませんね」
黒い瞳がじっと私を見つめた。
「……黒魔術ってそんなことも分かるの?」
「え、ちょっとマリアンヌ様」
そう口にすると、シャルロットが私の服の裾を慌てて引いた。
「なに認めてるんですか!」
「え……だって別人だって分かってしまったのでしょう」
「そうですけど! そこは一度否定するなりして駆け引きしないと」
「駆け引き?」
何のために? どうやって?
「別人とはどういうことだ」
アドリアン殿下が眉をひそめて私を見た。
「え、あの、ええと……」
「魂の違和感って、どういうことですか」
私が言い淀んでいると、シャルロットがセベリノさんを見て尋ねた。
「肉体と魂の結びつき方で、その者が病にかかっていたり呪われているのを知ることができます。ですがマリアンヌ様の魂はそれらの状態と異なり、身体に馴染んでいないというか異質な魂が入っているように感じます」
セベリノさんが答えた。
そんなことが分かるの!?
「ですが、全く別人というわけでもなさそうですし……」
「――それは血は繋がっているからかしら?」
「だから黙りましょうかマリアンヌ様」
思わず口にするとシャルロットに睨まれた。
ひどい……だって本当のことじゃない。
「つまり、貴女は何者だ?」
アドリアン殿下が私を見た。
「……ええと、私は……」
ちらとシャルロットを見ると、呆れたような顔をしていた。
――これはあれね、仕方ないということよね。
「マリアンヌの祖母の、リリアンです」
二人に向かって私は名乗った。
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