03
「マリアンヌ、そろそろ行きましょう」
カミーユの言葉に背後を見ると、他の生徒が待っているのが見えた。
「それでは失礼いたします」
受付から離れるとすかさず殿下が私が手にしていた本を片手でかかえ、もう片方の手で私の手を握りしめてきた。
「殿下?」
「そうやって他の男と親しくするな」
「お礼を言っただけですわ」
「それでもだ。特にあの司書とは親しくするな」
「どうしてですの?」
「あの司書は危険な感じがする」
「危険?」
「それは私も思いますね」
殿下とカミーユの言葉に首を傾げる。
「……優しそうな人だったけれど」
人当たりの良さそうな好青年にしか見えなかったわ。
「祖父が言っていたのですが」
カミーユは小さくため息をついた。
「大叔母様は人に対する警戒心が薄すぎて、学園でも社交界でも目が離せなかったと」
「え?」
「僕もお祖母様から聞いた。身分差別をしない分、平民に対しても距離が近すぎると。……それはあの平民の娘への態度を見てつくづく思った」
ええー?
「そうかしら……?」
警戒心が薄すぎ? どういうこと?
「自覚はなかったのでしょうけれど。危ない場面も何度かあったようですよ」
「え……知らないわ」
「祖父や大叔父様が護っていましたからね」
「そうだったの……?」
危ない場面ってどういうことかしら。
心当たりは全くないのだけれど。
「なので学園では私か殿下と必ず一緒にいてくださいね」
何がどう危ないのか正直分かっていないけれど、そういえば昔兄やアルノーに似たようなことを言われたのを思い出した。
意味が分からなくて抗議すると「分かっていないからだ」と反論されて、言い含められて……未だに分からないままなのよね。
そういえば、「リリアンが平和に暮らせるのは周囲の人たちが守ってくれるからよ」とローズモンドにも言われていたような……。
「……分かったわ。でも平民と親しくするのはいいのではなくて?」
親しくしているのはシャルロットだけだし。
「親しくし過ぎるのも問題だ」
「身分で差別をしないことと、身分を弁えて付き合うことはまた別の話ですよ」
「そうなの?」
首を傾げると二人は呆れたように揃ってため息をついた。
――どうして私、孫と同じ歳の子たちに説教されているのかしら。
「また会ったな」
腑に落ちないもやもやを抱えていると、聞こえてきた声に振り返った。
「これはアドリアン殿下」
図書館へ向かうのだろうか、侍従を連れたアドリアン殿下が立っていた。
殿下はカミーユを見てその口元に笑みを浮かべた。
「先日の件では迅速に報告を出してくれて助かった。感謝する」
「いえ、お役に立てず申し訳ございません」
「役には立った」
頭を下げたカミーユにアドリアン殿下はそう答えた。
「この国の者には見えない光ということが分かったからな」
「それは……」
「あとはこちらの領分だ。失礼するよ」
アドリアン殿下は侍従を連れて図書館の方へと去っていった。
「何の話?」
「図書館の方から強い光が見えたという件ですよ」
「……マリアンヌが落ちた日の?」
「ええ。学園の方で調べてもらったのですが、目撃した者は誰もいなかったようです」
「そうなの……」
「この国の者には見えない光と言ったな」
殿下の言葉に、アドリアン殿下の言ったことを思い出す。
「どういう意味なのかしら」
「……おそらくですが、ミジャン王国で使われるという黒魔術に関わりがあるのかもしれません」
カミーユが言った。
「黒魔術?」
「光の件を調べるついでにアドリアン殿下のことも調べたのですが。どうやら殿下の母君というのが王族付きの黒魔術師の一族出身のようですね」
カミーユの説明によると、ミジャン王家付きの黒魔術師の仕事は病気を治したり呪いを解くというものから、火を起こしたり物を転移させたりといったものもあるそうだ。
先日王宮で見た花の改良は科学的なものだったが、ミジャン王国で使われる黒魔術は、前世でいう魔法に近いものなのだろう。
「……その黒魔術と、マリアンヌの事故と……私がマリアンヌの身体に入ったことと、何か関わりがあるのかしら?」
ローズモンドの言葉を思い出す。
「それに関しては、私も少し考えました」
カミーユは言った。
「事故なのか事件なのか、マリアンヌは巻き込まれただけなのか……あるいは意図があるのか。――ですが、アドリアン殿下が関わっているのならばあまり深くは調べられないですね」
「どうして?」
「先日も話したように、いまミジャン王国は政権争いが起きています。アドリアン殿下の留学も関係がありますから、あまり関わって政争の飛び火がこちらにまで来ることは避けたいです」
「そうだな」
カミーユの言葉に殿下も頷いた。
「父上からも、アドリアン殿下のことは気にかけるよう言われているが、同時に深く付き合わないようにとも言われている。とにかく一年間の留学を無事終えさせることが大切だと」
「そう……」
政治のことは私には分からないけれど、あまり交流がない国のいざこざに巻き込まれるのは面倒だということは分かる。
――でも、もしもマリアンヌの事件と関係があるなら……。
階段から落ちるだけならまだしも、二年前に死んだ私の魂がその身体に入るなんて、魔法だもの。
「アン」
ぽん、と殿下の手が私の頭に乗った。
「アンは何も心配しなくていいから」
「ですが……」
「気にしないで」
ぎゅっと抱きしめられる。
「アンはこのまま、ここにいてくれればいいんだから」
殿下はそう言うけれど……この身体はマリアンヌのものなのだから。
もしも黒魔術と関係があるのだとしたら、調べるべきだろう。
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