05

「なるほど。気がついたらマリアンヌ様の身体に入っていたと」

 私の話を聞いてセベリノさんは頷いた。


「感じた魂の違和感はそういうことなのですね、なるほど」

「楽しそうだなセベリノ」

 先程シャルロットが私に向けたような、呆れた視線をうんうんと頷くセベリノさんに向けながらアドリアン殿下が言った。


「こういう事例は初めてですからね、興味深いです」

「過去に一度もないのですか?」

「魂に関わる黒魔術はいくつかありますが、別人の魂が入るなどというのは聞いたことがありませんね。しかも二年前に亡くなられた方の魂とは」


「じゃあ、魂に関わる黒魔術にはどんなものがあるんですか」

 シャルロットが尋ねた。

「先程言ったような、病や呪いの治療が主です。魂がそれらで汚されると心が病んでしまいますから」

「それって、逆に病気にしたり呪いをかけたりすることもできるんですよね」

「やろうと思えばできますが、私のような王家に仕える黒魔術師がそれを行うことは厳しく禁じられています。我々の仕事は王族を護ることですから」

 やろうと思えばできるということは、それをできる人が他にもいるということよね。それはつまり……。

「……マリアンヌは呪われたということなのかしら」

「呪いではありませんね」

 観察するように私を見つめてセベリノさんは答えた。


「確かに術はかけられていますが、呪いをかけられた時のような黒い影は見えません」

「じゃあどんな術なのかしら」

「それは、私には分かりかねます」

「セベリノに分からないとなると……伯母上が関わっている可能性が高いか」

「そうですね」

 アドリアン殿下の言葉にセベリノさんは頷いた。


「あの方は歴代の中でも一、二を争うほどの力を持っていたと聞いています。我々が知らない術を身につけていてもおかしくはありません」

「それほどの方が、どうしてマリアンヌと関わりがあったのかしら」


「伯母上が国を出たのは私が生まれるよりずっと前、二十五年ほど前の話だ。その後この国でどう過ごしているかは誰も分からぬ」

「今おいくつなのですか」

「確か五十前くらいだったか」

「はい」

「そうですか。もしかしたら私も会ったことがあるかもしれませんね」

 二十五年もこの国で暮らしているのだ。

 社交界や貴族社会に近い場所にいるならば、どこかで会っていてもおかしくはないだろう。

 私の言葉に、アドリアン殿下とセベリノさんは顔を見合わせた。


「その可能性はあるな」

「そうですね。ですがあの方は外見や色彩を変える術も得ていたと聞いています。名前も変えているでしょうから会ったことがあったとしても当人だとは分からないでしょうね」

「それじゃあ、どうやって探すんですか?」

 シャルロットが尋ねた。


「黒魔術が使われた痕跡を探して、その周辺に黒魔術師がいないか探る。今の所それしか調べようがありません」

「それでマリアンヌが階段から落ちた日のことを調べていたのですか」

「ええ。あの光はおそらく黒魔術によるものであろうと」


「それで、マリアンヌ様が黒魔術をかけられたらしいと。でも誰がかけたかは分からないんですよね」

 そう言って、シャルロットは首を傾げた。

「ちなみに、どんな術がかけられたかは分かるんですか?」


「そうですね、先刻の感触からするとやはり魂に関わることでしょうね。どんなものかはもっと調べてみないと分かりませんが」

 そう答えてセベリノさんは私へ向いた。

「マリアンヌ様。失礼ですがもう一度触れさせていただいてもよろしいですか」

「ええ……」

 頷いたけれど、あの静電気のような衝撃を思い出して身構えてしまう。


「今度は痛みは感じないようにしますから」

 再び額に手が触れると、今度は温かな風のようなものが身体の中を通り抜けたように感じた。

 とても心地よくて……眠くなるような……。


「リリアン様!」

 くらりと目が回る。

 身体が何か……温かなものに包まれた。


「大丈夫ですか?」

 閉じかけた目を開くと、目の前に私を見つめる黒い瞳があった。

「あ……はい……」

 目覚めた直後のような、酔った時のような頭がふわふわした感覚。

 気持ちいいような……。


ゆっくりと、私の意識は途切れていった。



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