05

「んー、幸せ……!」


 上の甘いビスケット生地はサクッとして、そして表面にまぶされた大きめのザラメのザクザクとした食感もいい。

 下の部分は、外はもっちり、中はふわふわで絶妙なバランスが最高!

 このメロンパンはこれまで食べた中でもかなりの上位に入るわ!


 午前の授業は集中できなかった。

 カミーユにメロンパンの入った袋を持っていてもらって良かった。

 自分で持っていたら――きっと、もっと集中できなかったと思う。


 昼休みになると私は飛び出すように教室を出て中庭へとやってきた。

 そうして早速、後からついてきたカミーユからメロンパンを一個受け取るとかぶりついたのだ。

 お行儀? そんなものメロンパンには必要ないわ!


「これは確かに美味しいですね」

 私と違い、食べやすい大きさに手でちぎったパンを口へ運んでいたカミーユが言った。


「……甘すぎないか」

 隣に座り、私同様パンにかぶりつき一口食べると眉根を寄せてそう言ったのは殿下だ。

 なるほど殿下は甘いものは苦手なのか。

 しかめ面をしながら、それでも二口目を食べようとしている姿はとても辛そうだ。


「殿下、苦手でしたら無理に食べなくても……」

「でもアンは好きなんだろう」

 殿下は私を見た。

「とても幸せそうに食べている。……きっと、本当はとても美味しいものなのだろう」

「食の好みは人それぞれですから。殿下のお口に合わなくても仕方ありませんわ」

「――アンが好きなものは僕も好きになりたいのに」

 ため息をついてメロンパンから口を離すと、殿下は黙々と食べ続けているカミーユを恨めしげに見た。


「アシャール家は皆甘いものが好きですからね」

 殿下の視線を受けて、食べるのを止めてそう答えるとカミーユは私を見た。

「マリアンヌ、そんなに急いで食べなくともパンは逃げませんよ」

 だって朝からずっと我慢していたんだもの!

 構わず再びかぶりついた私にくすりと笑みをもらすと、カミーユは長い指をこちらへ伸ばしてきた。

「ほら、ついています」

 口元についていたらしいパンくずをつまみ取ると、カミーユはそれを自分の口へと放り込んだ。


「カミーユ!」

 声を荒らげて殿下が立ち上がった。

「お前、何をした……!」

「口についたのを取っただけですよ」

「あんな……所についたのを食べるなんて!」


「――カミーユ様って、お母さんみたい」

 私が内心思った事をシャルロットがぽつりと呟いた。



「シャルロット!」

 ぱたぱたと足音と声が聞こえた。


「買ってきた……よ……」

 紙袋を抱えて走ってきた、シャルロットの幼馴染で攻略対象の一人でもあるディオンが私たちを見て固まった。

「ありがと、ディオン」

 シャルロットは立ち上がると固まったままのディオンの手から紙袋を取り、私たちへと振り返った。


「メロンパンだけだと物足りないですよね。サンドウィッチも食べます?」

「え……ちょ、ちょっとシャルロット!」

 ディオンが慌ててシャルロットの肩を掴んだ。

「王子様たち相手に何してるの!」

「何って。お昼食べてるのよ」

「いや何で君が一緒に?!」


「何でって……」

 シャルロットは私を見た。

「お友達だから、よね」

「ですね」

 私がそう答えるとシャルロットも頷いた。


「友達!?」

 ディランは悲鳴のような声を上げた。


「え、だって侯爵家の……いやそもそも、マリアンヌ様とシャルロットは揉めてて……」

「あれは揉めていたのではないし、それに今のマリアンヌ様とは何の遺恨もないもの」

「そうね。私は……何も覚えていないから、『以前のマリアンヌ』がシャルロットの事をどう思っていたかは分からないけれど。今の私は、シャルロットのことは好ましく思っているわ」

 同じ元日本人というだけでなく、彼女のサバサバとした性格は好感が持てるのだ。


「私もマリアンヌ様のこと、好きです!」

 笑顔でシャルロットもそう言った。



「昨日帰り際に話しただけで、ずいぶんと打ち解けたようですね」

 カミーユが口を開いた。

 こちらを見るその目は――どこか、疑っているような眼差しだ。


「そうね……」

 シャルロットと顔を見合わせる。

 この世界が乙女ゲームの世界であるということを知っているという、そして前の世界の記憶を持つという共通点ですぐに打ち解けられたけれど、普通ならば侯爵令嬢と平民が親しくなることは……ないのか。


「そうですね。前のマリアンヌ様は壁があるというか、他を寄せつけない雰囲気がありましたけれど」

 シャルロットはカミーユに向かってそう答えると、再び私を見た。

「今のマリアンヌ様は親しみがありますよね。それに何より可愛いし!」

「……そう?」

 可愛い……? 中身は六十過ぎてるのに?


「可愛いといったら……シャルロットの方が可愛いのではないかしら」

 何せ王子や高位貴族子息といった攻略対象達を落とすほどなのだ。

 髪色は平凡な茶色だけれど、大きな青い瞳といい、ふっくらとした赤い唇といい……まさにヒロインという、人目を惹きつける容姿を持ったシャルロットの愛らしさは貴族令嬢に劣ることはない。


「えー、私は見た目だけなんで。マリアンヌ様は中身も可愛いんです!」

「そ……そう?」

 だからその中身はおばあちゃんなんだけれど。


「――確かにアンとずいぶん打ち解けたようだな」

 殿下は私の腰に手を回した。

「だがアンは僕のものだ。あまり気安く接しないでもらおう」

「……殿下、シャルロットは友達ですわ」

「友達でもだ」


「殿下。嫉妬深い男は嫌われますよ」

「シャルロット! 王子様に向かってなんてこと言うんだよ!」

 低い声でそう言ったシャルロットにディオンが慌てる。

 ふふ、この二人はゲームにあったみたいにいいコンビなのね。


「ああでも、今のマリアンヌ様は囲っておかないと誰かに狙われそうですよね」

「そうですね、色々と自覚が足りないようですから」

 シャルロットの言葉に同意するようにカミーユが頷く。


「自覚?」

「記憶をなくす前と後とで、男子生徒たちのあなたへの視線が明らかに変わっているんですよ」

「――そう言われても、前のことなんて分からないわ」

「前を抜きにしても、自身がどう見られているか分かっていないでしょう」

 どう見られているか?

「……記憶を無くして可哀想とか?」

 確かに視線は感じるけれど、あれは記憶喪失になったことへの同情や好奇心だと思っていたのだけれど。


「やはり分かっていませんね」

 カミーユはため息をついた。

「そう言う者もいますけれど。多くはあなたに好意があるんですよ」

「……そうなの?」

「マリアンヌ様モテモテですね! 私も男だったらマリアンヌ様みたいな女の子と付き合いたいです、ねえディオン?」

「え!? え……と、確かに……」

 シャルロットに聞かれ、私をチラと見たディオンがその顔を赤らめた。



「――アン。今すぐ結婚しよう」

 殿下がぎゅっと抱きしめてきた。

「今すぐ!?」

「アンは僕のものだ――誰にも渡さない」

 耳元で硬い声が響いた。

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