03
「……ああでも。私、前作の王太子だったら六十過ぎててもいけるかもしれません」
「え」
思いがけない言葉に私は目を見開いた。
「アンドリュー様が一推しだったんですよね。あのイラストに惚れてゲーム始めたので」
うっとりとした表情でシャルロットは言った。
「あれだけカッコいいなら、歳をとってもカッコいいままですよね」
「そうね……確かに素敵な方だったわ」
前作のメインヒーローである前王アンドリューと最後に会ったのは……五年前くらいだったろうか。
六十近い年齢だったが、確かに若い頃の面影をよく残して格好良いままだった。
「殿下とお近づきになって王宮に招かれたら会えると思ったんですけど、亡くなってしまったんですよね……」
はあ、とシャルロットはため息をついた。
「フレデリク殿下はアンドリュー様にあまり似ていないですし……」
確かに殿下はどちらかというとローズモンド似だ。
「そうね、お兄様のアラステア殿下の方が似ているかしら」
先日王宮へ上がった時にお会いしたけれど、若い頃の前王を思い出させる容姿だった。
「王太子なんて攻略対象ではないし雲の上すぎるじゃないですか」
シャルロットはため息をついた。
「あーあ。今更他の人攻略するのもなんだし。どうしようかな」
「――フレデリク殿下は諦めるの?」
「いや無理ですよね、だって初恋相手のリリアン様はあんなに溺愛されてるじゃないですか!」
それこそざまぁされますから、とシャルロットは大きく首を振ると再びため息をついた。
「――マリアンヌ様が言っていたのって、リリアン様だったんですね」
「え?」
「あの人の心には既にいるから、いくら近づこうとしても無駄だし虚しいわよって」
「……もしかしてマリアンヌとあなたが揉めていたのって」
「揉めていたというか、忠告を受けていましたね。殿下を取られたくなくて言ってるんだと思ってましたけど、まさかこういう事だったとは」
やはり、マリアンヌは知っていたのか。
殿下の初恋相手と……どうして自分が婚約者になったのか。
「でも同じ顔なのに中身が変わると顔つきも変わるんですね」
私の顔をしげしげと眺めてシャルロットは言った。
「柔らかくなったというか……確かに、前作のリリアン様に見えますもの」
「――マリアンヌはどんな顔つきだったの?」
「ゲームと同じですよ、目つきがキツくて意地悪そうな顔で」
私が知っているマリアンヌはそんな子ではなかった。
そんな風になってしまったのは、やはり――。
「……私のせいだわ……」
両手で顔を覆うと私は深く息を吐いた。
「はい?」
「殿下が私に似ているからってマリアンヌを婚約者に選んで……それを知ってしまったあの子に辛い思いをさせてしまったの……」
可哀想なマリアンヌ……どうすれば良かったのだろう。
「えー、それってリリアン様じゃなくて殿下のせいじゃないですか」
シャルロットの言葉に顔を上げて彼女を見た。
「初恋相手に似てるから婚約するって、女性に対して失礼ですよね?!」
「……そう、ね」
「それに選んだのは殿下で、リリアン様は何もしてないんですよね」
「……生前殿下に会ったことはなかったわ」
「じゃあ全くリリアン様は悪くないじゃないですか」
そう……なのだろうか。
言われれば確かにそうかもしれない。
殿下の初恋が私だなんて、誰も知らなかったのだ。
そしてマリアンヌを選んだ理由も。
「殿下ってそういう人だったんですね。私は無理だわー」
不敬罪にも当たるような言葉をあっけらかんと言い放つシャルロットにヒヤヒヤしながらも。
その言葉で、心の奥でもやもやしていたものが少し晴れたような気がした。
「それにしても『愛され妹キャラのリリアン』ですか……」
しみじみとした口調でシャルロットは言った。
「愛され……? 何それ?」
「知りません? お助けキャラの兄妹って人気だったんですよ」
「……兄を攻略したいって声が多かったのは知っているけれど」
「妹のリリアンも人気でしたよ、あんな可愛い妹が欲しいって」
「そうだったの?」
それは知らなかったわ。
――実際にも、ローズモンド曰くモテていたらしいが……全然そんな実感なかったのだけれど。
「そういう自覚がない所が『らしい』ですよね。――そうか、リリアン様は前作のゲームの世界を体験したんですよね」
「ええ、そうよ」
「生アンドリュー様も堪能したんですよね?!」
「堪能……そうね」
「いいなあ。どうせなら一作目のヒロインに転生したかった……あ、でも王妃になるのはやだなあ」
シャルロットははっとしたように顔を上げた。
「ちなみに一作目のヒロインは転生者だったんですか?」
「いいえ、ローズモンドは違うわ」
私も出会った当初それを疑ったけれど、彼女が転生者だという様子は全くうかがえなかった。
「他に転生者は?」
「いなかったと思うわ」
「そうですか……あーもう、ホントに私、これからどうしようかな」
「――誰も攻略しないの?」
せっかくヒロインに生まれたのに。
「私、前作はアンドリュー様推しでしたけど。続編は特定のキャラが好きというのはなかったんですよね。だから一応メインヒーローのフレデリク殿下を攻略しようと思ったんですけど」
「カミーユはどう? とてもいい子よ」
「自分より美人はちょっと……」
「じゃあモーリスだったかしら、騎士団長の子の」
「ああいう脳筋タイプは好みではないです」
「隣国のアドリアン殿下は?」
「将来国王になるんですよね。平民には王妃なんて荷が重すぎですよ」
「……幼馴染の子は?」
「ディオンは――わざわざ攻略するのもなあ、って感じですね」
「そうなの?」
「側にいるのが当たり前で。結婚相手として考えてもいいですけど、わざわざ恋の駆け引きとかする気にならないですよ」
なかなか現実的な子なのね。
でも確かに――アルノーの事は愛しているけれど、側にいるのが当たり前だったから恋焦がれるような感情はなかった。
「じゃあ……私は未プレイだけど、隠れキャラの司書の先生は?」
「あー、カイン先生は……何か苦手ですね」
「苦手?」
「お助けキャラでもあるから会いに行ったんですけど。何か雰囲気というか……どうも近寄りがたい感じで」
「そうなの? お助けキャラなのに?」
ゲーム内での先生は優しい感じだったけれど。
「まあゲームではいいんでしょうけど、現実的に考えて貴族と結婚したら色々と大変ですし。とりあえず攻略はいいです。ざまぁされないことの方が大事ですし」
そう言うとシャルロットは私を見て首をかしげた。
「ところでリリアン様はどうして一人でこんな所に? いつも殿下かカミーユ様と一緒ですよね」
「今日はあの二人はいないわ。せっかく一人で動けるからマリアンヌのことを調べたいと思ったの」
「マリアンヌ様のこと?」
「どうして階段から落ちたのか……知りたくて」
「――あの日は私、家の手伝いで休んでいたんですよね。パンの大量注文が入って」
思い出すようにシャルロットは宙を見上げた。
シャルロットの家は王都にあるパン屋で評判も良く、騎士団にも納品している。
大口の注文が入った時はシャルロットも手伝いに駆り出され、ゲームでは納品しに騎士団や王宮に行った時にイベントが起きるのだ。
「その前にマリアンヌ様に会ったのは……前の日? あ、そういえば」
シャルロットは言葉を区切ると私へ向いた。
「あの日、マリアンヌ様に言われたんですよね。『私はもう殿下とは別れるから、あなたの好きにすればいいわ』って」
「え……?」
「階段から落ちたことと関係あるんでしょうか」
首を傾げながらシャルロットは呟いた。
「もう別れる……?」
婚約を解消するということ?
マリアンヌが婚約を解消したがっていたというのは聞いていたが、実際それは難しい話だ。
王族の婚約は一度決まるとそう簡単には解消できない。
殿下は解消したいとは思っていなかっただろうし、マリアンヌ本人だけの意向では無理だ。
それとも……マリアンヌは婚約を解消する方法を得ていたのだろうか。
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