昼下がりの食事

「では、あたしたちは一足先に話を始めましょうか」

 リーナはヘンゲリーの方に僅かなから微笑みかけながらそう言った。

「まずもう一度聞くけど、あなたはあたしたちが言う''人探し''をやってくれるってことでいい?」

「ええ、今の私にはそれしか出来ませんから」

 ヘンゲリーは少し複雑な気持ちだった。本来はこのようなことをせずとも編入はできていたはずだった。ただ、今となってはその道は閉ざされ、これが唯一の方法だということには変わりない。

 しかし、ヘンゲリーは既に覚悟を決めていた。そんな表情が少なからず、彼女の顔に出ていた。

「分かったわ、ありがとう。じゃあ、あらためて自己紹介させてね。あたしはリーナLinaシャーロットCharlotteエレーシャEleshaクロイツェKroizeよ。あなたが編入出来れば私はあなたと同学年になるだろうから、宜しくね」

「よろしくお願いしますね、リーナさ──」

「あー、だめだめ」

 ヘンゲリーはリーナに最後まで言葉を話すまでに止められた。

「そんなにかしこまらないで。少なくとも今後同級生になる訳なんだから、見知らぬ他人としてじゃなくて友達として接してよね」

 ヘンゲリーは彼女の言葉に驚いた。彼女はこれまで、身分上常に遠巻きに見られるような接し方をされてきた。

 だから返ってリーナから得るこの感覚はとてつもなく新鮮だ。

「リーナ、そんなこと言ったって急には無理だろ……」

「リーナちゃん、これでいいんだよね?」

 ヘンゲリーはなるべくよそよそしい様にならないよう恐る恐る言葉を口に出した。

「ねえ!平八今の聞いた!?リーナちゃんだって!」

「い、今の呼び方は不味かったですか?」

「ううん!いいの!いいの!」

 するとリーナはまるで極上のスイーツでも食べたかのような喜びの笑みを浮かべながら席を立ちヘンゲリーの傍によった。

「あたしこの子好き!」

「え!?ちょっと、リーナちゃん!?」

 リーナは飛びつくようにヘンゲリーに後ろから抱きついた。

 ヘンゲリーは驚きのあまり目を回しそうになった。

「はしゃぎ過ぎだぞリーナ。ちゃん付けで呼ばれたのがそんなに嬉しかったのかよ」

 平八郎は呆れたようにリーナに目を向けた。

「だって誰もちゃん付けでは呼んでくれないんだもん」

 リーナはヘンゲリーに抱きついたまま、膨れっ面をした。

「それより平八、あんたの番よ」

「何が?」

「自己紹介!」

 リーナは平八郎に一文字一文字を強調して、彼のやるべき事を付き当てた。相変わらずヘンゲリーに抱きついたまま。

「ああ、えっと、俺は西村平八郎にしむらへいはちろうだ。まあもう気づいてはいると思うが、そこのリーナとかいうやつの同期だ。だから、えっと、ヘンゲリー。君の同級生になる」

「よろしくお願いします」

 ヘンゲリーはリーナに抱き揉まれながら答えた。

「私もあなたのこと平八ヘイハチと呼んでもいいかしら?」

「構わないよ。この名前ちょっと長いからな」

「ちなみに、ヘンゲリーは何か愛称とかはないの?」

 リーナはやっとヘンゲリーなら腕を離し、自分の席へ戻った。

「一応知り合いにはヘリーシャなんて呼ばれてるけど」

「じゃあ、あたしもそれで呼ぶわ。いいよね?」

「ええ、もちろん!」

 ヘンゲリーはリーナに微笑み返しながらそう答えた。彼女にとってはこの瞬間が少し幸せに感じた。

「で、リーナちゃん。その''人探し''の話、具体的に聞かせてくれない?」

 ヘンゲリーは自身に課せられた使命とも言えるこの事について詳細を求めた。ただ、彼女の言葉を聞いた瞬間リーナの笑顔は少し悲しげなものとなった。

 すると、後ろから声がした。

「僕にも聞かせてほしいな」

 フベルトはそう言いながらヘンゲリーの真正面にある席に腰を下ろした。そして、それに続きフベルトの左右にルードヴィヒとアリシアが腰を下ろした。

 目の前に重鎮らしき人物が三人。ヘンゲリーにとってはこれはとてつもない圧力である。

「ヘリーシャちゃん、やっぱり先に食べてからでもいい?」

 リーナはヘンゲリーの気持ちを察し、あえて話を遮った。ヘンゲリーにとっては願ってもないタイミングだ。

「そういや、まだ僕たちの方からはちゃんとした自己紹介が出来てなかったね。ただ、一つだけお願いして欲しい」

「なんでしょうか?」

「どうか、僕たちの名前を聞いても構えないで欲しい。別に君に危害を加えるためにここにいるわけじゃないんだ」

 フベルトは真剣な顔でヘンゲリーに話した。

 ただ、ヘンゲリーにとってはむしろそう言われた方が逆に不安になる。

「いいですよ。むしろあなたの正体が分からない方が不安ですから」

「ありがとう。では僕から」

 フベルトは改めて姿勢を正した。

「僕はフベルトHubertoビクターVictorフリーダムFreedomvonフォンvonアルマニーノスAlmaneenos。苗字でも分かると思うが、まあそういうことだ。」

「次は俺だな。俺はルードヴィヒLudwigビクターVictorフリーダムFreedomvonフォンvonアルマニーノスAlmaneenos。階級は少佐。この三人の中ではまだ普通の人間だな」

「次は私ね」

 白髪の彼女は溜息を着くように言った。

「さっきまで黙っていてすまない。私はアリシアAliciaビクトリアVictorフリーダムFreedomvonフォンvonアルマニーノスAlmaneenos。階級は上級大佐。一応親衛隊長だ」

 彼女の言葉を最後に場は静まり返った。

「ねえ、リーナちゃん。私、不敬罪で捕まるのかな?」

 ヘンゲリーが今にも泣きそうな顔でリーナの方を向いた。

「大丈夫よ。ヘリーシャちゃんがそんなので捕まってたら今頃私は国家反逆罪で処刑されてるわよ」

「だから危害を加える気は無いと言ったろうに……」

 フベルトは呆れ返ったように頭を抱えた。

「まあ、とりあえず本題に入る前に腹ごしらえをしよう。どうせこの話題になると誰も食事が喉を通らなくなるだろうからね」

 彼がそう言い終わるタイミングで、ウェイターが人数分のスープを運んできた。

「本日、こちらのテーブルを担当させて頂きます、フリーダFriedaシュミットSchmidtです。本日の前菜は当ホテル自慢のパンとクレーム・シュープです。シェフが新鮮な春のアスパラガスと春の野菜シュプリングリーネを使用し、濃厚なクリームソースで調理しました。アスパラガスの豊かな風味とシュプリングリーネの彩りが、このスープを特別なものにしています。このクレーム・シュープは春の味わいを楽しむ絶好の前菜です。どうぞお楽しみください」

 彼女は説明を終えると軽くお辞儀をして後ろに下がった。

 ヘンゲリンーは暫く自身の目の前にあるスープを見つめていた。

「どうしたの?早く食べないと冷めちゃうわよ?」

 リーナはスープ浸したパンを頬張りながらヘンゲリーに言った。

「あ、うん」

 ヘンゲリーは急リーナに諭され我に返ったかのようにパンを手に取りスープ煮付けて口に入れた。

「美味しい……」

 ヘンゲリーは無意識に言葉を漏らした。

 最後にまともな料理を食べたのはいつ頃だろうか?

 彼女はそう思いながらも手でスープにつけたパンを口に運んだ。

 そして、しばらくヘンゲリー達は他愛もない話で食卓が賑わった。ヘンゲリーにとってはこの光景がただただ懐かしく思えた。

 昼食はとても良いものだった。メインディッシュはハックフレイシュに春のハーブから作られたグリーンソースを添えた料理が出され、デザートにはラズベリームースが出された。そして、今は食後のエスプレッソを堪能している。

「どうしたんだ?まともな食事を食べたような顔をしているがそんなに腹が減ってたのか?」

 ルードヴィヒはヘンゲリーの満足気な表情を見てあっさりと彼女の心の内を言い当てた。

 何とかみすぼらしさを隠そうとしていたヘンゲリーはこの心の内を突いた言葉に動きが止まった。

「え、ええ。暫くこういうのは食べていませんでしたので……」

「でも、ヘリーシャちゃんは如何にもお嬢様みたいな感じだし、家では結構美味しいの食べてたりするんじゃないの?」

「ううん、そんな事ないわ」

「本当に?どんなもの食べてるから気になるから教えてよ」

 リーナはヘンゲリーにニヤニヤとしながら答えを待った。

「聞いてもあまり面白くないわよ?まず、朝はセモリナ粉のお粥か、パンと缶詰めのスープを温めたものね」

「缶詰のスープ?」

「ええ。でも最近は時々厨房で作られたスープが出るわ。そして、お昼も大体似たようなメニューよ」

 リーナはヘンゲリーの説明に唖然とした。

「で、でも夕食ぐらいはもう少しバラエティに富んだものが出るでしょ?」

「夕食のメニューはほとんど昼食のと同じものに加えてサラダがよく出るわね。それに、スープ煮も沢山野菜が入ってることが多いわ」

「嘘でしょ……」

 リーナは酷く落胆した。

「せめてお肉とかは出ないの……?」

 リーナは最後の望みにかけるかのような顔をした。

「出るわよ?」

「本当に?!」

「ええ、週に二回ぐらいは」

「まあ、そうなるよね……」

 結局リーナは落胆することからは免れなかった。

「でも、私の小さかった頃はもっと豪華な料理が出ていた記憶があるわ」

「え?じゃあ……!」

「きっとリーナちゃんが思い描いてるような料理よ」

 リーナは再び目を輝かしたが、ヘンゲリーの方は微小をうかべる程度で目までは微笑んでいなかった。

「やはり、ベルーシェンの食糧不足はそこまで深刻になっているのか……」

 フベルトは少し遠慮がちに言葉を漏らした。

「ええ、大飢餓は起こっていないものの、食料供給量は芳しくない状態ではあります。私の家は父や兄の手回しで何とかそれなりの食事が出来ていますが、一般市民はさらに過酷な状況に置かれているのではないかと思います」

「なるほど、通りで……」

 フベルトは少し考え込見ながら答えた。

「なにか思いある節があるのですか?」

 ヘンゲリーは彼の些か考え込むような仕草に疑問を持った。

「ベルーシェンにある帝国の大使館にやたらとビザの発行申請が来ていたからね。それに最近では山岳地帯の国境付近で身元不明の遺体が見つかってるんだ。遺体はだいたい集団で固まっていて、その大半が大荷物を持っていた。集団で亡命を試みたんだろうな。まさかとは思っていたけど、君の情報で確信したよ」

「そんな事になっていたなんて……」

 ヘンゲリーは自身が知らないに悲惨な実情に心が痛んだ。

 祖国の民が、人々が苦しんでいるのに、自分だけは安全な他国に逃げてきているのではという罪悪感に苛まれた。

「ところで、不躾な質問になるけど君の正確な身分について教えて貰ってもいいかな?」

「身分ですか?構いませんけど……」

 ヘンゲリーはフベルトの唐突な質問に疑問符を浮かべた。ヘンゲリーからしてみれば、とっくに身分も把握しているものだと思い込んでいたからだ。

「ナスベグラ家長女、ヘンゲリーХенгериボロテノБоротеноナスべグラНасбегра。予備役ですが一応海軍航空隊では少尉です」

「ちなみに、革命前は大公家の長女だったという認識でいいんだよね?」

「ちょっと、フベルト兄さん!」

 ヘンゲリーはフベルトの質問に無意識に身構えた。

 ルードヴィヒはそれに気づいたのかフベルトを止めようとしたが、彼の待ったの合図でそれは拒まれた。

 事実、ヘンゲリーは革命前、大公家の長女であった。それ故に、この微妙な身分の影響で革命後は散々な扱いを幾度となく受けてきた。

「……はい」

 ヘンゲリーは少し言葉を詰まらせながら答えた。

「お嬢様じゃなくてお姫様じゃん!」

 ヘンゲリーとは裏腹に、リーナは目を輝かせてヘンゲリーを見つめた。

 そんなリーナを見つめながら、平八郎は呆れたようにため息をついた。

「お前なあ…」

「なるほど、なら納得がいくな」

 フベルトは相変わらず難しい表情をしている。ただ、彼の中では何らかの謎がとかれたようだった。

「納得……ですか?一体何について納得されたのですか?」

 ヘンゲリーはフベルトが自身に関係することで何かを考えていることは分かるのだが、その何かに対して全く思い当たる事柄がなく、どうも調子が狂いそうだった。

「護衛に着いてきた二人だけど。あの二人、護衛以外の目的で君に付けられたんじゃないかと思って」

「護衛以外の目的ですか?」

「あれ、何も聞かされていないのかい?」

 フベルトはヘンゲリーが何も知らなさそうな返答をしたことを少し驚いていた。

 何も聞かされていないも何も、ヘンゲリーはあの二人がただの護衛のために遣わされたナスベグラ家邸宅に駐在する警備兵だということしか知らない。

「特には……」

 ヘンゲリーはフベルトの話の意図が読めず、首を傾げながら答えた。

 彼女は一旦落ち着こうと、エスプレッソの入った手元のカップを口元に近付ようとした。

「あの二人が元ナスベグラ近衛騎士団の関係者だということも?」

 ヘンゲリーはフベルトの言葉に手を止めた。

「ニコライとイヴァンがナスべグラ近衛騎士団の関係者だと言うのですか?」

「いや、どうやら本当に知らないみたいだからこの話はやめておくよ」

 フベルトは何かを察したようにこの話題をやめようとした。

 ただ、ヘンゲリーとしてはあそこまで言われてはさすがに気になって仕方がない。

「いえ、教えてください」

「しかし、これは事情が事情だし……」

 フベルトはやたらと話すのを躊躇っている。彼なりの二人への配慮なのだろう。

 しかし、ヘンゲリーにとって、場合によっては自分の身の安全に関わることになりかねない情報だ。何としても聞き出したい。

「フベルトさ──」

「フベルトさん、幾らなんでも意地が悪すぎますよ?ヘリーシャちゃん自身に関わることですよ?何で話してあげないんですか?」

 見兼ねた平八郎がフベルトに口出ししようとした時、リーナがそれを遮るように口を開いた。

 彼女は鋭い眼差しをフベルトに向け、その目は決して笑っていなかった。

「ああ、分かったからそんな怖い顔しないでくれよ」

 フベルトはリーナの対応を見て流石にやりすぎたと自覚しているようで、焦りつつも彼女を宥めようとした。

「君は知らないようだけど、君に着いている護衛のニコライって人は元ナスベグラ家近衛騎士団РыцариКоролевскойгвардииизрода団長、ニコライНиколайアレクサンドロヴィチАлександровичイヴァノヴォИвановичセルゲーイСергеевичヴォロシンВорошинナスベグロフНасбегровだよ。彼はかつてベリア正教モスカトРыцариМоскатоクリステンブルク騎士団КристенбургправославнойцерквиБの団長も歴任している。それと、イヴァンって人はイヴァンИванアレクサンドロヴィッチАлександровичロマノフРомановичミハイロヴィッチМихайловичセルゲーイСергеевичナスベグロフНасбегров。ナスベグラ家近衛騎士団副団長の息子で、彼の母に当たるこの副団長はニコライの妹さんだよ」

 ヘンゲリーは突然の情報に困惑し、暫くその場で固まっていた。

「えっと、何かの冗談ですよね?」

 ヘンゲリーはフベルトの言葉が信じきれず彼を疑った。

「いや、こんなに焚き付けといて嘘は言わないよ」

「でもやはり信じられません」

「なぜだい?」

「だって、その騎士団は解散させられた上に、メンバーは全員が行方を眩ませているんですよ?」

 ヘンゲリーは少し興奮気味にフベルトに突っかかった。

「やっぱりそうなんだね。僕もずっと疑問に思っていたんだよ」

 もう気にしても仕方がない。ヘンゲリーはそう思い呆れたように溜息をつきながら力を抜いた。

 この情報収集能力が異質とも言える思考回路を持った人間が三人もいるのだ。驚いていてはキリがない。

 ただ、ヘンゲリーは兄を思い返し、彼よりはまだマシだと思いある意味落ち着きを取り戻した。

「世間話……と言うには些か言葉が当てはまりませんが、そろそろ本題に入りませんかね?」

 平八郎は苛立ちと呆れの入り交じった感情を顕にした。

 だがヘンゲリー以外の全員はこの話題を避けるために他愛もない話で尺を伸ばしているだけである。彼らにとってこの話はあまり良いものでは無いのだ。

 すると、ルードヴィヒが溜息をつきながら口を開いた。

「そうだね、この話題については誰も話し出しはしたくないだろうから俺が話すよ。まず──」

「人探しは引き受けますよ。その点については話を省いて貰っても大丈夫です」

 ヘンゲリーはルードヴィヒが何を言うとするか察して先手を打った。

 彼らに頭を下げられるのはたちばがたちばなので正直気が引ける。ただ、その考えは直ぐに吹き飛んだ。ルードヴィヒはヘンゲリーの返答内容をあたかも予想していたかのような表情を浮かべた。

「なら話が早い」

「その方はどのような方なのですか?容姿を簡単に確認できる写真などがあれば良いのですが」

 すると全員が何やらしり込みする様な反応を見せた。

「何か問題でも……?」

「それが……」

 すると平八郎が口を開いた。

「俺たちはそれぞれあいつを最後に見た時期が違うんだよ。だから、容姿の特徴が全員一致しない。だから誰もまともに説明できないんだ。特に逃げ隠れしてる奴の容姿の説明はな」

 ヘンゲリーは疑問に思った。見る時期によってそんなにも容姿の特徴が変わるものなのだろうか?

「そんなに容姿が変わっているのですか?」

 ヘンゲリーの疑問にフベルトが溜息をつきながら答えた。

「俺が最後に見たのはあいつの幼少期の頃だ」

「私も最後に見たのはそのくらいの時だな」

 アリシアもフベルトに合わせてそう説明した。

「俺はあいつが兵学校に居た時に会ったことがあるな」

 ルードヴィヒはカップに角砂糖を入れながらそう言った。

「その方は幼少期から寄宿学校にでも通っていたのですか?」

 ヘンゲリーは彼らが幼少期の姿しか見た事がないこと理由について推測した。

 ただ、この問いにフベルト、ルードヴィヒ、アリシアは苦い表情をした。

「それ、俺も気になってたんですよ。本当に寄宿学校に通ってたんですか?」

 平八郎の質問がさらに彼らに追い打ちを掛けた。

「すまない、その件については答えることが出来ない。国家機密に触れるのでね。ただ、言えることはあいつは別に爵位を持っている訳では無いし、貴族の身分でもない」

 フベルトは言葉をつまらせながら答えた。

 彼の話しからするに、少なくとも寄宿学校に通っていたということでは無さそうだ。

「ますますあいつの過去についての謎が深まるな……」

 平八郎は頭を抱えた。

「彼の写真などは無いのですか?」

 ヘンゲリーはフベルトに尋ねた。

「あったら良かったんだんだけどなあ」

「それってもしかして……」

「ないんだよ」

 ヘンゲリーは彼の最初の返答で嫌な予感がしていたのだが、それが的中した。

 一番求めてていた手掛かりではあったが、これが無いとなるとかなり厳しい。

「正確にはあいつと顔見知りのメイドがあいつから手紙を受け取った時にそれらと重要書類を全てまとめてある箱の中に入れて鍵を掛けたんだ。どうやらそういう指示を示した内容の手紙だったみたいだ。まあ、その箱は戒律者の箱ってやつなんだけどね」

 フベルトは呆れ返った様子で話した。

「それって歴史的遺物でもある開かずの箱のことですよね?」

 ヘンゲリーは一瞬自身の耳を疑った。

「そうだよ、あれに入れて蓋を閉めたんだ。ちなみに、詳しい構造の仮説は知ってるかい?」

 ヘンゲリーは当然その事について知るよしもなかったので首を横に振った。

「戒律者の箱とは、魔神戦争時代に作られたものと推測されていて、その構造はかなり複雑なもので未だに製法と内部構造が解明されていないんだ。今のところ閉じられ鍵のかかった蓋を開けるにはそれぞれに合う特殊な鍵を使う他開ける方法がない」

 フベルトはウェイトレスにコーヒーの追加を頼みながらそう言った。

「ちなみに、鍵はあったのですか?」

「そのメイドが持っていたんだが、閉めたら鍵の形状が変わっていて開けられなくなっていたんだよ」

 ヘンゲリーは少し考えてから尋ねた。

「もしかして、その目的の人は見つけられるのを恐れている。そのために手掛かりを消しているのでしょうか?」

 皆が、なにかに気づいたような仕草をしたが、フベルトは少し考えた。

「人目につかないように隠れているのは確かだろう。ただ、逃げるために手掛かりを消すという意味にしては些か説得力が無さすぎる。もしそれなら、あいつはメイドにそれらを焼却処分するようにと命じるはずだ。あえて残しているということは何か別の意図がある筈だ」

 ますます彼についての謎が深まるばかりだ。

 ヘンゲリーにとっては最早人探しの相手が常人ではないように思えてきた。

「ちなみに、その方と会ってから最も日が浅いのは誰なんですか?」

 すると全員がリーナの方へ視線をやった。

「あたしよ、ヘリーシャちゃん。正直、彼のことを話すのが怖いの」

 リーナは少し俯きながら話した。

「彼、白銀病を患っていたの」

 この言葉にフベルト、ルードヴィヒは何も言わなかったが驚きと不安の表情が一瞬見え隠れしていた。アリシアに至ってはカップを持つ手が微かに震えている。平八郎はその事柄を既に知っていたのか、やるせない表情をしている。

「言いたいことは分かってる。でも、私が最後に会ってから一年近く経ってる。だから、この事を言ったら探すのを諦めるんじゃないかって」

 リーナは今にも消えそうか声でそう呟いた。

「それはない」

 リーナはフベルトの言葉にハッとさせられた。

「あいつが白銀病にかかっていたとは思いもよらなかったが、だからと言って探すのを諦める理由にはならない。あいつがたとえ死んでいようとも見つける気だ」

 フベルトはっきりと答えた。彼の目は先程にも増して真剣だ。

「あのー……」

 ヘンゲリーは恐る恐る声を上げた?

「白銀病の名は聞いた事があるのですが、具体的にはどのような病なのですか?」

 ヘンゲリーは申し訳なさそうに聞いたが、彼女の無知ぶりが返って場を和ませた。

「白銀病は医学的にまだ解明されていない難病でね。症状としては最初は吐き気や目眩、過度の倦怠感と脱力感ぐらいなんだが、ある程度すると胸、主に心臓部分から血管が青白く光って見えるよあになりそれが徐々に全身に広がって、髪色が銀色になってくる。そして絶命するそうだ。ちなみに、治療方法は確立されていない。そんな病気さ」

「かなり恐ろしい病なんですね……」

 ヘンゲリーは思わず固唾を飲んだ。

「まあ、知らないのも仕方ないよ。戦争が始まってから帝國で確認されるようになったからね。とは言っても、それがリーナちゃんが言うにはならないよ。それに、僕ら兄弟は白銀病で既に奇跡を見ているからね」

 フベルトは得意げにそう言った。

「奇跡ですか?まさか克服した方を見たことがあるのですか?」

「まさにその通り」

 ルードヴィヒはクイズの主題者の様なノリヘンゲリーに指をさした。

「私の姉であるレーナは後天性の白銀病を患っていたが克服したんだ。ただ、後遺症として銀髪で瞳が綺麗な青色になっているんだ」

 アリシアは自身の姉の例を話した。口ぶりからして、かなり尊敬しているらしい。

「それと、先天性と言えばアナスタシアだな。兄弟の中で一番想いのやつだな」

 ルードヴィヒは背もたれに靠れながらそう言った。

「けど、あいつは後遺症の髪色の銀髪ではあるが、奇跡かは分からないけど琥珀色なんだよな」

 そういうと、ルードヴィヒは背もたれから体を起こし、カップを手に残りを全て飲み干した。

「という訳で、望みはまだあるってことだよ」

 フベルトは話を区切りそう語った。

「そうなのですね。ちなみに、今のお話からするにその探して欲しい相手の方は銀髪で目が綺麗な青色といことですか?」

 ヘンゲリーは要点から推測し、大凡の容姿を答えた。

「正確には青いのは右眼だけね。もう片方は琥珀色に近い茶色の筈よ」

 リーナはヘンゲリーに彼の特徴についての補足をしたが、彼女の言葉には信が欠けている。

「そういえば、まだ相手のお名前を伺ってないのですが」

「ポンと呼ばれる男だよ。正式な名では無いがそれで通るはずだよ」

「こんな事言うのも失礼かとしれませんが、なんだか変わった名前ですね」

「僕いや、ここにいる全員がそう思ったことがあるんじゃないかな。何故彼がシーナ系又はコレリア系の呼び名を使っているかは分からない。でも間違いなく言えることは、彼はそれを意図して使っていたということだね」

 フベルト言葉からはこの点についての質問を一切受け付けないというような圧が感じ取られた。彼は一体何を隠しているのだろうか?

 ヘンゲリーは暫し気掛かりだった。

「お話中失礼します」

 ウェイトレスのフリーダが突如尋ねてきた。

「フベルト様、お手紙とお荷物が届いております」

 フベルトは彼女が差し出したサービングトレイの上にある手紙を受け取った。差出人は不明でやたら封筒が分厚い。

 フベルトは封を開けて困惑した表情を見せた。それもそのはず。封筒の中には短文の手紙と白紙が入っていたからだ。

 フベルトは短文の手紙を読み上げた。

「不躾で申し訳ないが、多分この時間帯に貴殿と一緒に居るであろうヘンゲリーという人物にこの白紙の手紙と鍵、荷物を渡して欲しい……」

 ヘンゲリーはこの文の内容を耳にして苦笑した。

「多分、その白紙と荷物は私宛だと思います」

「どうやら君は大凡の検討が着いているみたいだね」

 フベルトはそう言いながら中身をヘンゲリーに渡した。ヘンゲリーはそれを受け取り、白紙の表裏を確認した。手紙の片面には上下の縁を飾るような形で薄らと模様が描かれている。

 間違いない。これはナスベグラ家を象徴する模様だ。

 ヘンゲリーはそう確信すると、フリーダを呼んだ。

「ちょっと、そのトレーを貸してくれないかしら」

「かしこまりました」

 フリーダは少し困惑しつつもヘンゲリーに手渡した。彼女はそれを受け取ると、目の前にあるティーカップを退けて、その空いたスペースにサービングトレーを置き、その上に白紙の手紙を模様がある方を上にして置いた。

 そして、ヘンゲリーはシグネットリングを指から外し、顔の近くまで持ってきてそれに集中した。

ヒタズHitaðu

 彼女はそう詠唱すると、シグネットリングの紋章が描かれている印台の面を紙に押付けて、上からゆっくりとジグザグを描く様に滑らした。すると、僅かな焦げ臭い匂いと共に、焦げ目が姿を現してきた。

「ちょっとヘリーシャちゃん、それ焦げて……!」

 リーナが慌てて席を立ち彼女を止めに入ろうとしたが、彼女は手紙の焦げ目を見て動きを止めた。

「うそ……」

 彼女が目にした焦げ目は全て文字となって現れていたのだ。

 ヘンゲリーはそのまま下の方まで指輪を滑らした。

 最後の行を滑らした時、白紙は列記とした手紙となっていた。ヘンゲリーは指輪に「コールナズKólnaðu」と唱えるとその指輪の印台を指で少し続いて冷えたことを確認すると指輪を嵌め直した。

「ヘリーシャちゃんって魔術が使えるんだ!」

「えっと、驚くのそこ?」

 ヘンゲリーは少し呆れ半分に困惑したよう素を見せた。

「だって私はそんなすんなりとは詠唱できないし……」

「それはお前がちゃんと覚えてないからだろ」

 平八郎はリーナの痛いところを突いた。

「ちゃんと覚えてても上手くいかない時だってあるし!」

「はいはい」

 平八郎はリーナの言い訳を適当に流した。

「だいたい、詠唱ミスって黒焦げになってる人には言われたくない!」

「なっ、お前!──」

「まあまあ、二人とも落ち着いて。帰ってきたら私が知ってる範囲で教えてあげるから」

 ヘンゲリーは二人を仲裁した。

「ほんと!?」

「もちろん」

「約束だからね!これでやっとあと授業の点数が貰える目処がたった!」

「リーナ、お前ってとことん図々しい奴だな」

 西村はあきらた目つきでリーナを見た。

「うるさい!あんただってギリギリなくせに」

「それは……」

「あんたも道ずれだからね」

 リーナは意地の悪い表情で平八郎を見つめたた。

 ヘンゲリーはそんな二人を横目に手紙を読み上げた。

「''ヘリーシャへ。多分この手紙を読んでいる時には私の読み通りの人物と接触して、紅茶でも楽しんでいるのだろう。この手紙と一緒に届いた荷物についてだが、これは君への贈り物だ。というのも、本来はヘリーシャが出る前に渡しておきたかったのだが、近頃は検閲が厳しいのでこのような旅先で渡す形となった。''これって……。すみません、フリーダさん。その荷物をこちらに持ってきてくれないかしら?」

「かしこまりました」

 フリーダはヘンゲリーの要求に応え、黒い刀ケースを持ってきた。ヘンゲリーは席を立ち、彼女を通してそれを机に置かせた。

 ケースには鍵が掛かっており、ヘンゲリーは同封されていた鍵を使い、その蓋を開けた。中に艶のある黒い木製の鞘に収まったレイピアが入っていた。ヘンゲリーはその件を手にさやから抜き出した。周りの者もその剣に注目した。

 刃渡りは七十三センチといったところだろうか?

 ただ、この剣はレイピアにしては少し変わっていた。というのも、少し長めの柄にナックルガードを取り付けたような見た目だからだ。それにこのナックルガードはレイピア特有の手を包み込むよう鍔とナックルガードという構成ではなく、ロングソードやバスタードソードのような類の剣やセレモニー用の剣で見る棒状のつばに湾曲した棒状のナックルガードといった具合だ。とは言っても、例えナックルガードが後から取り付けられたとしても柄の方は元からそれを取り付けれるようになっていたのかと思うほど違和感がない。

「別に違和感がある訳では無いが、随分と変わったレイピアだな」

 アリシアはヘンゲリーの手にある剣をまじまじと眺めて考え込んだ。

「私もこのような剣は見るのが初めてです」

 ヘンゲリーは試しに両手で柄を握ってみたが、難なく握ることが出来た。

 ただ、両手で握った場合は柄はさほど余らず、ちょうど良い大きさだ。

 剣身は平らなものに刃がつけられている形でフラーが施されておらず、面には古代ベリア語が刻まれている。

 柄やナックルガードには装飾がしっかりと施されているもののその装飾自体は至ってシンプルで、強いて言うなら柄頭とガード端に深紅の宝石がはめ込まれている事だろう。この宝石はアルマンディンガーネットだろうか?この宝石はとても魅力的だがどこか奇妙な感覚を呼び起こす。グリップに至っては装飾と言うより滑り止めを考慮した加工に近く、この剣が実際のところ実用的なものであることを伺わせる。

「手紙にはほかになんて書いてあるんだ?」

 平八郎が剣に見とれているヘンゲリーを我に返した。

「え?あ、えっと」

 ヘンゲリーは再び手紙を手に取り読み始めた。

「''この剣は先日父から管理を任された屋敷の地下聖堂で埃を被っていた物の一つだ。他にも良さそうなものが幾つがあったが、如何せんやけにこれに惹かれてね。まるでこの剣に呼ばれているような感覚を覚えたよ。正直この剣については不気味とも言えるくらいに奇妙な点が幾つか存在する。まず一つ目だが、剣の形状についてだ。これは鞘から抜いた時に気付くだろうが、この剣はレイピアにしては剣身の造りが少し違う。本来大抵のレイピアにはフラーが施されているものが多いが、これにはない。柄の部分を見る限り、明らかに後からナックルガードを付けた形跡が見受けられる。つまり、元々この剣はロングソードやバスタードソードの類だったと推測される。ちなみに、そのナックルガードは取り外しが可能だ。気が向いたら試してみるといい。──''」

 ヘンゲリーは剣の昼と部分に目をやった。

 よく見るとたしかに取り外せそうな構造になっているようだが、専用の工具が必要そうだ。

「''──それから、剣の素材は極めて純度の高い白銀で作られている他、鞘や装飾の木製の部分は全てヤランドラの木が使用されている。ここまで来ると儀式用の剣かと思ってしまうほどだが、それにしてはやはり装飾がシンプル過ぎる。少なくとも私はベリアでこのようなシンプルな儀式用の剣は見た事がない。あと、柄の装飾にある赤い宝石だが、これはアルマンディンガーネット等ではなく魔石の類の可能性がある。そして二つ目だが、この剣は汚れが全くない上に腐食がない事だ。よく手入れされていと言うなら分かる。だが、この剣は少なくとも五百年以上前から放置されている。それはこの件については鞘ごと包んでいたベルトと布がそれをよく物語っている。それらは私が触れた瞬間にボロボロに砕け散ったのでね。それに後で調べてわかった事だが、そのベルトには擦り切れた跡に加え、血痕が残っていた。これについては紀元前に着いたものだ。知人の学者に調べさせたので間違いない。それに比べ、この剣は新品同様で錆びることもなくまるで朽ちることを知らないようだ。そして三つ目だが、これについては伝えるか迷った。だが、後で伝えなかったことをヘリーシャの怒りを前にして後悔したくは無いので伝えることにする。剣身に施されている古代ベリア語についてだが、あそこに書かれているのは君の名前だ。だが、これは私が施したものでも指示したものでもない。発見当時には既に施されていた。''」

 ヘンゲリーは剣身の鍔に近い部分から彫り込まれている古代ベリア文字に目を通し、そこにある単語と自身の名前の文字数を比較した。

 文字数は完全に一致する。

 ヘンゲリーは少し気味が悪くなり、その剣をケースの上に置いた。周りの者も、この偶然にしては出来過ぎている事柄を目の前に沈黙せざるを得なかった。

 ヘンゲリーは少し心を落ち着かさて手紙に目を通した。

 ''見ての通り、正直気味が悪い程に奇妙な点が多すぎる。当然この様なレイピアは文献を漁る限りでは心当たりのあるものがない

 たが、これは間違いなく歴史的遺物だ。国宝級の可能性もある。なので慎重に扱ってくれたまえ。''

 兄はとんでもない物を送ってくれたようだ。

 ヘンゲリーは少し溜息をつき剣をそっと鞘に戻してケースにしまい込んだ。

「そういえば、君はなにか護身用の武器は持っているのかい?」

 フベルトは思い出したような口振りでヘンゲリーに問いかけた。

「はい、一応私にはこれがあります」

 ヘンゲリーは右側のスカートを太ももあたりまでたくし上げ、右足の太ももにガーターベルトのような形で取り付けられているホルスターから、一丁のリボルバー自慢気にを取り出した。平八郎はその突拍子も無い動作を凝視したがすぐに我に返ったかのように目を逸らした。なんとも初々しい反応だ。

「ナガンM1895か」

 フベルトはそのリボルバーを人目見るや言葉をこぼした、

「よくご存知ですね」

「職業柄ね。ちょっと貸してもらってもいいかな?」

「構いませんよ?」

 ヘンゲリーはフベルトにリボルバーを手渡した。フベルトはそれを受け取るとローディングゲートを開き、弾を抜き始めた。そしてそれらを机の上に綺麗に並べた後、引き金を引いてリボルバーの動作を確認した。リボルバーはパチンという音を立てて撃鉄が振り下ろされた。次に彼は撃鉄を先に起こした。そしてまた同じ動作を繰り返す。

「珍しいな、初期型か」

 すると彼はフレームに目をとめた。

「アリシア、これは僕の見間違いじゃないよね?」

 アリシアはフベルトの言うフレーム部分を確認した。

「この紋章……。君はこれをどこで手に入れたんだ?」

 彼女は少し困惑した表情でヘンゲリーに問いかけた。

「昔、私と家族が乗っていた列車が雪で立ち往生した時に、私は外に出てしまい遭難したんです。その時に助けてくれた人が護身用にとくれたものなんです」

 フベルトは慣れた手つきで弾を装填し、ヘンゲリーに返した。彼女はフベルトに返してもらったピストルを受け取り、フレームにある紋章を親指で撫でた。

「私と年が近かったそうなのですが、とても逞しい人でした。また会えたらいいのですが……」

 ヘンゲリーはそう言いながらリボルバーを太もものホルスターに収めた。

「その願い、もしかしたら叶うかもしれないな」

「え?」

 ヘンゲリーはアリシアの思いもよらぬ言葉に、気な抜けたような声を出してしまった。

「その銃の紋章は帝國の紋章だ。そうなんでしょフベルトお兄ちゃ……兄さん?」

 フベルトはアリシアの言葉に少し微笑んだ。アリシアの方は暫し頬が紅いが。

「そうだね、それは確かに我が帝國の紋章だ。だから彼はきっとこの国の人物だろうね。それも紋章付きのものは大抵の場合特注品か、貴族や皇族に贈られるものだ。探せば見つかるかもね」

 ヘンゲリーは少し期待に満ちた眼差しを向けた。

「名前は聞いているのかい?」

 その言葉を耳にした瞬間、ヘンゲリーの目から期待の光が失われた。

「確かに聞いたような気がします。でも、はっきりと思い出せないんです」

「まあ、それはゆっくりと思い出せばいいさ」

 結局その後、引き続探して欲しい人物の特徴についてお攫いした。

 しかし、得られる情報は皆無に等しく、人探しが困難を極めるものとなるのは確実だろう。聞く限りでは相手はまるで見つけて欲しくないような行動を取っている。それらの行動は彼の過去に関係しているのだろう。戦争が彼に何をもたらしたかは誰も教えてくれなかった。

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