異国の少女

 晴れた空の下、一人の金髪の少女がは大アルマニーノス帝國(Großes Almaneenos Reich)という異国の地にいる。

 彼女の祖国、ベルーシェン帝国(Империя Белушен-Стабини)は、彼女が幼い頃に革命により帝政から共和制という名の一党独裁制の社会主義国家へと変貌し、ベルーシェン・ベリア連邦共和国(Союзная Республика Белушен-Берия)となった。その為、皇族だった者たちは迫害対象となった。例えそれが革命運動を主導したかつての英雄たちであっても。

 財産を奪われ、土地を奪われ、名誉を奪われ、愛する者を奪われ、生きる意味を奪われた。中には処女や命を奪われた者もいた。

 革命時、彼女はまだ幼かっが、兄が命懸けで彼女を助けてくれたのを今でもはっきり覚えている。

 彼女はただ守られるだけの存在から脱しようと兄を追って士官学校に入ったものの、その環境は過酷なもので、彼女のような皇族は風当たりが強かった。別に成績が悪かった訳では無い。むしろ成績は良かった方だ。空戦技能ではそれなりの成績を収めている。何が辛かったかというと、女である彼女は男たちによく目をつけられた。最初の頃は近づいてくる彼らの思惑はただ単に親しくしたいという意識からだと思っていた。でも実際は違った。彼らは当然ながら彼女の体が目当てだった。

 結局いつも兄に助けて貰ってばかりだった。

 そのせいか彼女は邸宅では結局彼女を彼女自身として認めてくれる者など誰一人いないのだという孤独感を誤魔化す為に、よく兄の布団の中に勝手に入りこみ、添い寝してもらっていた。今考えると、とてつもなく恥ずかしい。


「ヘンゲリー様、どうされました?急に顔を赤くして。気分でも悪いのですか?」


「い、いえ、別に大丈夫よ」


 彼女の身を案じてか、兄の計らいでヘンゲリーはこの国の帝國魔導学院に留学することになった。尤も、兄はこのことを否定しているが、父は立場上このようなことを出来るはずがない。例え父でなくとも、兄以外の人がこのようなことをできるはずがないのは彼女には分かる。兄の頭脳と才能は底知れないものなのだから。

 汽車はヘンゲリー達の目的地である第二帝國の帝都であるヴェルラン(Värlan)のノルトシュタット(Nordstadt)駅に到着した。

 ヘンゲリーは列車を降りて、辺り一面を見渡した。

 辺りに四十八のプラットホームがあり、その全てを覆う形で美しい装飾の施された鉄の骨組みとガラスで出来たトレイン・シェッドが建てられており、トレイン・シェッドの両サイドには立派な石造りの駅舎が建てられている。

 ヘンゲリーは二人の護衛を引き連れて列車の先頭の方へ行った。そこには彼女達を運んできた黒ベースで車輪などのある下部が赤色で染められ、前方の両側面には大きな除煙板、下部に小さなスノープラウが取り付けられた長距離標準型蒸気機関車が止まっていた。


「おや、そこのお嬢さん。こいつに興味があるのかい?」


 車軸の調子を見ていた中年ぐらいの機関士の一人が声をかけてきた。


「ええ、少し。この様なものは今まであまり間近では見た事がないので」


「こいつは最初、俺の母国、デイツェンで作られたのさ。デイツェン国鉄〇二形蒸気機関車(DR-Baureihe 02)ってので十両製造されたんだがね、こいつは〇一形(DR-Baureihe 01)と見た目こそ変わらないが、〇一形と同じ二シリンダーの単式機関ではなく四シリンダーの複式機関なんだよ。性能はこっちの方がいいんだが、俺の国じゃあ整備が面倒だってのでそれ以降製造せずに、既にある十両も〇一形への改造を予定されてたんだが、アルマニーノス帝國がその十両をライセンスごと買取ったんだよ。その後、あいつら〇二形の問題点を全部洗い出して来やがって、大陸横断にも耐えれるように改造して、オマケに生産まで始めちまったんだ」


 機関士は油で汚れた手をボロ切れで拭きながら説明してくれた。

 車体正面の機関車番号板に''02 003''と銘記されていた。


「優秀というかなんというか……、この国って少し変わってますね。さっき、デイツェン出身と仰いましたが、今はこちらに住んでいるのですか?」


「いや、今もデイツェンに家内と一緒に住んでるよ。こいつを向こうからこっちまで交代無しで走らせてきたのさ。ちなみに、ベルーシェンから来たのかい?」


「ええ、よく分かりましたね」


「そりゃあ、分かるさ。そこの護衛の兄ちゃんの服装を見れば一目瞭然だよ。ここにはどういうご要件で?」


「留学です。こちらの国で祖国には無いものを学び少し力をつけようと」


「なるほど、それは結構な事だ」


「ちなみに、あの……」


 ヘンゲリーは恥ずかしながらも恐る恐る一番聞きたかったことを質問しようとした。


「なんだい?」


「この辺りで何か美味しい物とか売ってるお店ってあります?」


 機関士はヘンゲリーの質問を聞いてキョトンとした顔をしていた。

 ヘンゲリーがふと振り返ると、そこでは機関士とは対照的に護衛二人が呆れた顔をしていた。


「うーん、美味いものを食えるところかあ……。俺自身もあんまり詳しい訳ではねえからなあ……。あ、あそこだったらありそうだな」


「あるんですか!」


 やった〜!

 やはり聞いてみる価値はあった!

 アルマニーノス帝國は食べ物がとても美味だということでそれなりに有名だった。この国に来たからには食べていかない訳にはいかない!


「確かノルトシュタットにはかなり大きな商店街がアーケードと併設であったずだ。そのに行けば多分美味いもんぐらい売ってるんじゃないかね?」


「ありがとうございます!」


「なに、早速食べに行くのかい?」


「はい!善は急げと言いますので!」


「ならホームの外側にある路面列車に乗っていくといいよ。気をつけてな」


「おじさんもお元気で!」


 ヘンゲリーは機関士のおじさんに手を振り、護衛二人を連れてその場を後にした。

 路面列車の停車しているホームに辿り着くと、車体全体が客車のように腰板と屋根で覆われた形状の路面機関車が止まっており、今にも発車しそうだった。ヘンゲリーは連結された3両の客車の内、最後尾の客車に護衛と共に飛び乗った。

 ヘンゲリーたちが乗るや否や列車がベルと汽笛を鳴らし、ゆっくりと動き始めた。

 列車がトレイン・シェッドを抜けると彼女は或とんでもない事に気づいた。

 路面列車の路線が道路に敷設されている。これはまだ分かる。ただ、駅舎からは伸びている路線はそれだけでは無い。ベリア鉄道の本線も道路に伸びている。歩道の赤茶色のレンガを除く、ほぼ全ての地面が線路と鉛色の石畳が広がっている。

 駅舎から伸びた線路は幾つもの分岐器で互いに交差しあっている。ただ、線路が路面に敷設されている癖に、分岐器はみな発条転轍器で操作する仕組みになっているようだった。しかし、時折転轍器のレバーが独りでに動いたりしているので、もしかすると何処かに連動装置があるのかもしれない。

 すると駅舎に向かって二十両の客車を牽いた〇二形蒸気機関車が有り余った速度をブレーキで無理やり速度を落としながら分岐群を抜けてホームに入っていった。あの速度からして明らかに路面だからといって速度を落とすような配慮はしていなさそうだ。

 暫くすると分岐群を抜け、道の中央にベリア鉄道本線が四本、その両側に線路一本分の間を開けて路面列車の路線が二本、計四本あり、それらを挟み込むように車道と徒歩道があるりる。また、それぞれ敷石の多きやさ色が異なり、ベリア鉄道本線の石畳が鉛色で大きめの敷石で、路面列車の路線と車道の石畳は薄鈍色で平均的な大きさの敷石、歩道が赤茶色の少し小さめの煉瓦が敷き詰められている。ベリア鉄道本線の石畳の一番外側に他の敷石とは異なる長めの敷石が一直線に並べられ、境界線の役目をしている。

 列車が通っていない時は時折馬車や自動車や人等が線路を渡ったりしている。

 そんな時、路面列車が大通りを走行している馬車や車と併走している中、後ろから汽笛が聞こえた。ヘンゲリーはそれにつられ列車の広報を見た。すると本線の奥からとてつもない速度で一両の標準型の蒸気機関車が追い上げて来た。汽車がヘンゲリーたちを追い越していく時に運転台の側面にある機関車番号板に''02 003''と銘記されていた。

 ヘンゲリーたちは商店街前にある停留所で降りた。

 ちょうどその時、片側二シリンダーの巨大な蒸気機関車が控えめな速度でベリア本線をノルトシュタット駅の方へと走って来た。汽車の後ろには八十両近くの装甲列車が繋がれていた。装甲列車はどれもこれも汚れており、中には大破したものもあった。そして、時折装甲列車の合間に機関車が連結されており、その殆どが大破して自力では動けない状態にあることは疑いようがなかった。

 この国は三年前に大きな戦争があった。ヘンゲリーはそれをついさっきまで忘れていた。

 日常と相容れないはずのものが、生活に影を落としつつも溶け込んでいる。

 ヘンゲリーはただぼーっとその列車を眺めていた。


「ヘンゲリー様?行かないのですか?」


「あ、ええ。行くわよ」


 商店街に入るとヘンゲリーの中にあった負の感情はどこかへ消えてしまった。

 彼女は護衛の二人をそっちのけにしてあちこちを歩き回り、街を見物した。ベルーシェンとは違いこの国の街は活気が溢れ色鮮やかな雰囲気だった。革命後のベルーシェンの街並みは活気はあってもどこか控えめで、色が全て抜けてしまいモノクロの世界のようになってしまっている。それ故に、ヘンゲリーにとってはこの街はとても新鮮だった。


「ヘンゲリー様、あまりあちこち歩き回られては困ります。我々の目の届かないところで何かあっては護衛出来る保証はありませんので」


 ヘンゲリーは護衛の一人であるイヴァン・ロマノフ(Иван Романов)に声をかけられ、我に返りついはしゃいでしまった事に少し恥ずかしくなってしまった。


「ごめんなさい、楽しくてつい……」


「いえ、ヘンゲリー様のお気持ちは分かります。祖国ではこのような事は口には出来ませんが、革命後の祖国は……何と言うか……」


 彼は何とか規定に触れなさそうな言い回しを探しているかのように吃った。


「自由が無くなった?」


 ヘンゲリーは両手を後ろに回しながら、イヴァンの顔を覗き込むように少し屈んだ。


「へ、ヘンゲリー様、そのような事を口にしては……!」


「ここはベルーシェンじゃないでしょ?」


「ですが……!」


「いいのよ、別に」


「良くないですよ……!ちょっと、ヴォロシン曹長も何とか言って下さいよ!」


 ロマノフはもう一人の護衛であるニコライ・ヴォロシン(Николай Ворошин)に話を振った。


「別にいいんしゃないか?」


「ヴォロシン曹長まで……!」


「ほらね?ヴォロシンも分かってる!」


 ヘンゲリーはロマノフを少しからかい、ふと腕時計を見た。

 時間が経つのは早い。

 時計は面会の時間まであと三十分程度だということを示していた。


「そろそろ時間だわ。今回は美味しものは食べれなさそうね。行きましょ」


 ヘンゲリーは踵を返し、護衛二人を連れ停留所の方へ向かった。

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