さまよえるドウェーツェ人

 リーナは必死に当たりを見回し、見覚えのある人影を探した。

 もう一度会いたい。

 その一心でひたすらに当たりを探した。

 するとローブを着た男が奥の方を歩いているのが見えた。


「待って! 」


 リーナは急いでローブの男の後を追いかけた。

 不安と焦りがもの凄い勢いで込み上げてくる。

 しかし、彼女はひたすらに走り続け彼の後を追った。

 途中で彼は細い路地裏に入っていった。リーナも迷わず路地裏に入った。

 路地裏は暗く、雨が降っていたせいかじめじめとしていた。

 路地裏を抜けると少し広めの裏路地に出た。

 明らかに訳ありな人々がチラホラと見られ、こちらを見ていた。

 リーナはそんなことに構わず、を追いかけた。

 彼は別の路地裏に入ってしまった。

 リーナも追おうとして路地裏に入った。この路地裏はさっきのとは比べ物にならないくらいに暗かった。すると、あと少しで追いつけるところで十人の男に道を塞がれた。


「姉ちゃん、こんなところで迷子かい? 」


「いえ、この先に用があるので」


 リーナは彼らの横を通り抜けようとしたが、そこも塞いできた。


「まあまあ、そんなに急がなくてもいいじゃねえか」


「ちょっとぐらい、俺たちの相手ぐらい出来るだろ? 」


「急いでいるんで、通してください! 」


「怒っているとこも可愛いいねえ」


 こんな奴らに構っていたら、本当に追いつけなくなる。

 それはだけはどうしても嫌だった。

 リーナは銃を取り出し脅してどかせようとした。

 しかし、腰に手を回し銃を取り出した瞬間、彼女は窮地に立たされる羽目になった。


「おっと、それはいけないねえ」


「っ……! 」


 彼女が銃を向けるよりも先に、十人全員が銃口をこちらに向けていた。


「さてと、この子はどうしようかな? 」


「兄貴、こいつかなりの上物ですよ」


「売るにはちと勿体ねえなあ」


「先に俺たちで使ってやってからってのも、いいんじゃないですかね? 」


 怖い。

 しかし、今ここで助けを呼んでも誰も来てくれないのは明らかだった。


「とりあえず大人しく着いてくるんだ」


 五人の内の一人が私の腕を掴み無理やり連れていこうとしてくる。


「いや! 触らないで! 」


 必死に抵抗したが、もう片方の腕も別の男に捕まれ、最早無謀と言える状況だった。


「おいこら大人しくしろ! 」


 こんな奴らに好き勝手にされるのは嫌だ!


「離して! 」


 男たちは無理やりリーナの服を脱がせようとし、下着を剥ぎ取ろうとしてきた。

 もうこんなのは嫌!

 誰か助けて!


 すると、路地裏の奥の方から軍用ブーツを履いた時に出る硬い足音が聞こえてきた。

 リーナを捕らえようとしていた連中もこの異様に不気味な音に気づき全員が静まり警戒し始める。

 暫くすると、茶色のフード付きのローブを来た人間が暗闇の中に姿を見せた。

 彼はフードを深く被っており口元あたりしかはっきりと見えない。


「おいお前! それ以上近づくと痛い目を見るぞ! 」


 十人の内のボスらしき男がローブの男に警告した。

 すると彼はピタリと歩みを止めた。


「彼女を渡せ」


 フード中から聞こえてきたのはにわかに信じ難い、聞き覚えのある声だった。


「おいおい、お前正気か? 丸腰で人様の獲物を横取りしようってか? 笑えるぜ」


「彼女は俺のものだ。少なくとも前はそうだった」


「だったらなんなんだ? 今はお前のものじゃないんだろ? 」


「ああ、そうだ。彼女は俺の良き友人に託した。だが今、彼がここにいないのなら、彼女は俺が守るべき存在になる」


「笑えるね、英雄気取りかい? けど丸腰のお前に何が出来る? 」


 ボスらしき男は、余裕の表情で答えた。

 ただこの時、ローブの男は、このボスらしき男の言葉を聞くと、相手を嘲笑うかのように微かに口がニヤリと笑ったのが見えた。


「あんたは──」


 彼のローブが微かに風に煽られ、彼の足元を晒し、濃紺色のズボンの裾をチラつかせた。

 リーナには一目で分かった。彼の服装は帝國海軍陸戦隊の制服だ。


「──いつから俺が丸腰だと、錯覚していた? 」


 フードの暗闇の中で、彼の右目の瞳だけが蒼く不気味に光を放っている。

 ただ、彼女にとってはもはや不気味さよりも美しさを感じさせた。しかし、同時に不安も覚えさせられた。

 彼は無駄のない動きで素早く軽やかに左足を後ろにだし、本来刀帯ソードベルトの左側に吊るされているはずの存在しない鞘の鯉口当たりを左手で握る仕草をした。すると握った途端に瞬く間にその左手に青い光の粒子が一気に集まりその左手の握り口を中心に広がるように刀を型どり、本物の刀と化して行った。

 彼は柄が出現するや否や、さやが出現しりきるのを待たずに鯉口を切った。刀は少し眩いぐらい蒼白く光を発していて、高温の焼けた棒を水につけたような音に似たような、電流が弾けるような音に似ても似つかない、エネルギー波の擦れるような反発するような音をたてながら鞘から引き抜かれていく。彼は鋒三寸が鞘に残っている状態で鞘を引き、鈍い風切り音のような低い音を立て、空で袈裟切りを行い鞘から手を離した。すると、鞘は瞬く間に光の粒子と化し消えていった。

 蒼白く発光する刀は路地の暗闇を微かに照らしている。


「では、交渉再開と行こうか」


「お前たち! 撃ち殺せ! 」


 ボスらしき男のその一言に、ローブの彼は口元に微笑を浮かべたのが見えた。

 しかし、リーナにはこの人数を相手する彼の実力を信用しきれていなかった。


「避けて……! 」


 彼女が止めに入ろうとする間もなく、男たちは彼に向かって一斉に打ち始めた。

 しかし、彼は彼に当たるであろうと思われる弾丸を無駄のない動きで様々なフォームを駆使し、一発ずつ弾をはじいている。その動きはまさに弾がどこに飛んでくるかを予知しているかのような動きだ。


 蒼白く光る刀は弾を弾くたびに焼けた鉄に別の鉄を叩きつけ擦るような独特な音を発している。そして、彼は弾をはじきながらこちらの方へ徐々に近づいてきて、間合いに入った敵から次々に切り倒し、時には弾を相手にはじき返して相手の数を減らしている。


 時に彼は左手を相手の方へかざし、目に見えない謎の力で相手を吹き飛ばし、その後ろにいる奴らにぶつけドミノ倒しのようにして動きを封じ、抵抗しようものならその横を通る合間に、彼らに視線も向けず斬りつけた。


 斬られた断面は皆血が出ているのではなく、完全に焼き斬られていた。その具合から見るに、その刀はとてつもなく高温だということが一目で分かる。

 しかし、刀からは熱気を一切感じない。むしろ、その蒼白い光はある種の冷たさを感じさせる。


 男たちの顔には恐怖が溢れていた。そして、ついに残ったのはあのボスらしき男だけとなった。彼はせめてリーナという獲物だけは持ち帰ろうと躍起になっていたが、ローブの男がすぐ近くまで迫ってきているのを見た途端、彼は左腕を彼女の首にまわして捕らえた。


「離して! 」


 リーナは抵抗したがこの男の方の腕力には無力だった。

 そしてこの男は彼女の頭に銃口を突きつけた。


「く、来るな! こいつがどうなってもいいのか! 」


 この男が典型的な台詞を口にした途端、彼は左手で何かを掴みこちらに引き寄せる動きをした。すると、銃は男の手を離れ彼の方へ飛んでいき彼はそれを刀で真っ二つにした。

 ローブの彼は男に刀を突きつけた。


「お、俺が悪かった! た、頼む! 命だけは! 」


 男はリーナを離し、後退りをし始めた。

 しかし、ローブの彼は刀を下ろそうとしない。


「脱走兵、いや、連邦に加担した反逆者が何を言っている? 」


 リーナはその言葉の意味が理解出来なかった。そのような話は今まで一度も聞いたことがない。

 実際、彼女は戦後処理の一環で、帝國軍の資料に目を通す機会があった。しかし、そのような記録は目にしていない。


「戦争は終わった! 皇帝陛下は、平和を約束された! 」


 男は怯えきった顔で彼に訴えかけるように叫んだ。すると、彼は刀を下ろした。この時、刀は下ろされると同時に蒼白い光が切っ先から鉄を石で擦りあげるような音を立てながらはばきに吸い込まれるように消えていった。


 そして彼は男に背を向け、空を見上げた。

 日が落ちた空には雲の抜け目から星がちらほらと顔を覗かせている。

 すると急に彼はリーナの方に向かって刀を引き抜いたかと思うと、瞬時に鞘を握っていた左手で鞘を後ろに引くと同時に腰を捻り、胸の下あたりで刀身を滑らせるようにして左後ろにいる男を突き刺した。


「ちょっと! いくらなんでも丸腰の相手を……」


 彼は彼女の視線が通るように前を退いてくれた。

 そこには拳銃を片手に握った男が倒れていた。ローブの彼はこの男の殺意を完全に読んでいたことを伺わせる。彼がとどめを入れなければしていればリーナは撃たれていた。


「こっちだ」


「え? ちょっと!? 」


 彼はリーナの手を引き、暗い路地裏の奥へと歩き始めた。

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