夜道

「はぁ……」


 夜はまだまだ冬を残しており、ひゅうひゅうと鳴る風が体の芯を冷やす。


 沖田が、身震いしながら風に白い息を混ぜた。


「しけた顔するなよ、総司」


 俺の言葉に、沖田は鋭い目をこちらに向ける。


「新八さんも、あの人たちと同種ですか」


「なんだよ、その言い方」


「『人斬り』探しを始める気配もなく、連日連夜酒盛りばかり……。昨晩、左之助さんと平助も肉体労働終わりに繰り出した、とか言って、今朝は青い顔をしていましたよ?」

「俺は行ってねぇ」

「本当ですかぁ……?」


 怪訝そうな沖田の背に、並んできた近藤さんが手を添える。


「まぁ、今日だけは芹沢さんらに乗らせてもらおうじゃないか。前祝いだと思えば、縁起が良いだろう?」


「……近藤先生が言うなら、いいですけど」


 そう言いつつも、心底は納得していない沖田。俺と近藤さんは奴の背後で視線を交わし、肩をすくめた。


「まぁ、羽目を外さない程度に抑えればよい。『人斬り以蔵』捜索のため、京を回る英気を養おうじゃないか」


「ですね。気兼ねなく呑むことができるのは、今日くらいか……」


「やっぱり呑みたいだけじゃないですか。正当な理由を持ち出して」


 近藤さんに同調した俺にだけ、沖田は軽やかに毒を吐く。沖田の頰を軽くつねってやった。


 碁盤状の道を行き、3つ目の小路に差し掛かる。


「ここを過ぎて、右、だよな」


 覗いた路地は、昼間に茶屋が構えている。沖田に引っ張られて、俺や山南さんはもうここを訪れたことがあった。


 店先に広げている傘は畳まれ、数脚の長椅子とともに壁に立てかけられており……


 その隙間から、刀が伸びた。


「ッ!」


 飛び退いたのは、俺が最後だった。


 俺が態勢を立て直している内に、近藤さんは柄に手をかけて、沖田はキンと刀を抜いていた。


「三、だけかァ。で、とらにゃいかんが……えィと、コンドウ、じゃったか」


 陰から、ぬるり、と男が現れた。


 虫食った着物に身を包み、毛先があちこち飛び跳ねる頭も相まって、まるで鼠のような印象をこちらに与える。


 口元から鼻にかけて布で覆っているせいで、表情を読めるのは月光を弾く三白眼のみ。


 腰に残す小刀と左手に収まっている大刀が、同じ柄と鍔をしていることが見て取れた。


「…………」


 俺は、さらに一歩たじろぐ。無意識に、無自覚に。

 純然な殺意が、男の双眸に乗っていた。俺はその凄みにあてられて……腹から震えが起こる。


「何者、だ。おまえ……」


 恐怖を逃がすため、俺は言葉を発していた。固まったままでは、ダメだ。迫力に気圧されて、まともじゃなくなっちまう。


 答えがあるとは思わなかったが……男は、あっさりと名を告げる。


岡田以蔵おかだいぞう、じゃァ」

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