酒盛り
日が隠れ、八木邸に戻ってきた俺たちは……襖の奥から、女性の嬌声を耳にする。
「おいおい……」
近藤さんは頭を抱える。間に挟まって聞こえるしゃがれ声に、沖田は唇をへの字に曲げて、嫌悪感を隠さない。
「ったく、お盛んなことだな……」
「土方?」
「オレは山南か源さんにでも、今日のことを伝えてくる。あの酒乱どもには……新八、おまえから通しておけよ」
舌打ちを置いて、土方はとっとと行ってしまった。厄介ごとを押し付けられる身にも、なれってんだよ。
俺が前に出て、部屋の中へ声を放る。
「芹沢さん! ……入りますよ?」
「新坊かぁ! 入れ、入れ!」
木枠に指を掛ける。が……別の女声がきゃあきゃあと高くなった。
「いやや、芹沢はん!」「まだ開けたらいけんよぉ」などと、甘ったるい京言葉に手が止まる。
「……ふん」
鼻を鳴らした沖田は、たしん! と、音が鳴るほど強く襖を開ける。
遊女を招いた芹沢一派の酒盛りに遭遇することは、これでもう五度目になる。両肩から落としそうなほどに着付けを崩した女性を控えさせる男衆の……奥。
芹沢さんが、二人の遊女の腰に手を回している。大胆にはだけた胸を枕に、にたりと笑いかけてくる。
「よォ、総司ィ。お前も混ざるか?」
「結構です。あいも変わらず……品がないですね、芹沢さん」
「乳臭ぇおまえにゃ、お似合いだと思ったがなぁ」
と、芹沢さんは舌を垂らして肌に滑らせる。
「もう、芹沢はん! こしょばいわぁ……」
「女同士で、減るもんもねぇだろう? おれぁここの男どもより、ずっと心得ているんだぜ。試してみるか?」
芹沢さんは酒に浮かれた冗句を言っているようだが……相手は、とろっと瞳に高揚を滲ませる。芹沢さんの妖しさに、俺は目を逸らす。
「……で? おれに用だよな? 新坊」
「…………」
芹沢さんは試衛館一門をからかう以外で相手にしないのだが、俺からの言葉だけは耳に入れる。煙に巻かれる他の連中は既に諦めており、何かにつけて俺を仲介役にする。
膳を崩さないよう、部屋を進む。残していたはずの資金が、この料理になっている……と考えないよう、顔を上げる。
がつ。
意図せず足が突っかかり、俺はつんのめって畳に倒れこんだ。
器の擦れる嫌な音が鳴り、かろうじて手をついたが、その下で吸い物の豆腐が潰れている。
「あ、いや……失礼、失礼」
吹いて飛びそうな謝罪は、真横から。
猫のような両目と尖った鼻の、見るからに軽薄そうな男が座っている。俺の進路に脚を伸ばして引っ掛けたようで、無様な四つん這いになった俺をジロジロと観察していやがる。
「誰だ、おまえ……?」
「
芹沢さんが言うと、佐伯とやらはすばやく脚をたたんだ。
「粗相をお許しください。新参者ですが、どうぞよしなに……」
取り繕った言葉に、鳥肌が立つ。下手に関わるよりも先に、俺は芹沢さんに向かって座を正した。
「芹沢さん。新見さんは、何処に?」
「あいつは、今日も今日とて飼い主探しだ。よくやるぜ……」
答えて、芹沢さんは遊女から体を離して胡坐をかく。
「錦より先におれへ言えってんだよ、新坊。何か、めでたいことでもあったか?」
「…………」
見透かされながらも、俺は芹沢さんに会津から登用の話をかいつまんで伝える。その間も、芹沢さんは酒を煽ることをやめなかった。
「そうかよ。尽忠報国の名門様への土産には、人斬り以蔵が必要ねぇ……」
猪口のふちに残った一滴を舌で拭って、芹沢さんは立ち上がる。
「瓢箪から駒、棚から牡丹餅、か? なはは……神の御加護でもあるみてぇだ」
俺の横を通るとき、芹沢さんは頭にぽんっと手を置いた。するりと逃げていく酒気に、振り返る。
「勇ィ。おまえの働きのおかげだな?」
「俺だけの力ではありません。皆の助力があって、初めて見えてきた光明です」
「なはは! おれの前で謙遜はいらねぇよ。っと、くりゃあ……まずは祝いの酒だな!」
「は……?」
ぽかんとする近藤さん。沖田も、同じ顔で呆れている。
「ま、まだ登用いただけると決まったわけではありません。これより岡田以蔵捕縛の為にどう動くか、皆で合議を……」
「日が出ているうちにできるだろうが、そんなこと! 月の下で膝を突き合わせていると、兎に笑われるんだぜ?」
などと笑い飛ばして、芹沢さんはひらひらと手を振った。
「こっから路を三つ過ぎて右に、馴染みの店がある。そこに明日、戌の刻。主催はおれだぁ。壬生浪士組発足の祝宴を設けようじゃあねぇか!」
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