原田左之助 対 山南敬助 始

「第二仕合の出場者、前へ!」


 佐川氏が声を轟かせると、二名が同時に進み出る。一人は粛々と、一人は軽々と。


「名乗りを上げよ!」


 木刀を握る山南さんが眼鏡の位置を直し、先んじて腰から礼をする。


「山南敬助と申します」


 木槍を担ぐ左之助は、礼をしてから頭を上げ……がぱっと大口を開ける。


「原田左之助で、ございます!」


 第二仕合は、試衛館一の傑物と試衛館一の暴馬による異種戦となった。


 会津候から見て右に山南さん、左に左之助が立つ。山南さんが腰に木刀を添えているのに対して、左之助は木製の槍を肩に乗せている。


 剣と槍、一対一の仕合でどちらが有利か……など、わざわざ人に尋ねるまでもない。


「貧乏くじ引いたよな、サンナンさん……」


 俺の言葉を聞き逃さなかったのは、右隣に来ていた土方だった。


「違ぇぞ、新八。あいつは、自らこの組み合わせを志願した」

「え?」


 俺が目を向けると、土方は山南さんをじぃっと見据えていた。


「昨日だったか。会津候が目見えするってことを事前に聞いた近藤さんから、仕合の組決めを任されたのは、オレと山南だ。……っつっても、山南は段取りを整えるばっかりで、組み合わせにはほとんど口を出さなかった」


「ほとんど、ってことは、多少は口を出したのか」


「あぁ。あいつが近藤さんに進言したのは、一つ。左之助を選ぶのならば、立ち合う相手を自分にしてほしい。それだけだ」


 土方の舌打ちを聞いてから、俺は仕合に向きなおる。


「山南センセイ。悪いけど、加減はできねぇぞ」


 左之助は不敵に笑った。丸太のように太い首を、ごきりと大きく鳴らす。


「……はい、原田君。助かります」


「あ?」


 山南さんは、書物の一文をそらんじるかのような口調で言った。


「僕は、この仕合に勝つ。加減をしない君こそが、その相手に相応しい」


 挑発……と言うには、いくらか清廉だ。山南さんの言に左之助は片眉を上げたが、邪気のなさを感じたのか、快活に笑い飛ばす。


「いいじゃねぇか。燃えてんな……山南ィ!」


 佐川氏の「始めッ!」の声と同時に、地面にヒビでも入れそうな勢いで、左之助が踏み込む。


 一瞬ののち、槍先は山南さんの右肩を掠めた。


 俺たちが息を吐く間に、追撃は二、三と放たれる。左之助は胴の急所に照準を合わせると、槍に螺旋状の回転を与え、突く。


 踏み出すこともできずに防戦を強いられる山南さんだが、その表情に焦りはない。左之助の強襲に対しても腕、腹、足の位置を乱すことなく、切っ先を横から槍に当てることで攻撃をいなしている。


 空気を穿つばかりの左之助は、突っ込むことをやめた。すると山南さんは二歩分後ずさって距離を取る。


「山南さんは、かかっているってわけじゃぁねぇな……」

「あぁ。憎たらしいくらいに、定石通りの立ち回りだ」


 土方が吐き捨てるように言う。


 いまの山南さんの戦い方を、俺は紙にでも写し取りたい。周囲で剣をかじっている者たちが揃って呼吸を忘れるほどに、完成度の高い立ち回りだ。


 土方や沖田、そして左之助と、試衛館には感覚と反射で相手をねじ伏せる輩が多く集まっている。しかし、山南さんは反復によって染み付いた基礎動作と、最適解をはじき出す応用力を掛け合わせて、天才たちに食らいつく。


 流派こそ違えど、俺が描く剣士の一つの到達点として、山南さんの研鑽された剣は目標であった。


「まさに、山南流。剣を握り始めてからいままで、道場で培った腕をお披露目してんだな、あいつは」


 土方が呟いた。言葉の外に棘がある。


「お披露目ってのは、どう言う意味だ?」

「どうもこうも、山南が左之助との仕合を望んだ理由は、そこだってんだよ」


 摺り足で左之助との距離を測る山南さんを、土方は鋭く睨んでいる。


「山南は仙台藩に生まれた剣道師範のせがれだ。北で剣を振っていたあいつにとって、列藩の中の会津が放つ輝かしい武功は、目が眩むもの。崇めるような尊さが身近だった……」


 敬虔な物言いが珍しく、俺は眉根を寄せる。目敏い土方は俺の表情に「あいつの受け売りだ」なんて、聞いてもいない言い訳をする。


「山南にとっちゃあ、今は神やら仏やらの前で剣を振っているようだろうな。……だからこそ、山南は左之助を相手に選んだ」


 土方の言に、ようやく合点がいった。

 槍の優勢をひっくり返すだけでなく……左之助という純然な武人に勝利してこそ、山南さんは会津候の前で力を示すことができるのだ。。


 ちょうど、大きく間合いの空いた山南さんと左之助が睨み合っている。目を逸らさぬまま、山南さんは右足を前に構え、対する左之助は……


「あら、よッと!」


 頭上に槍を掲げ、右腕だけでぐわんぐわんと回してみせる。演舞にしては不細工極まるが、周囲の男衆の目を奪うには充分だ。佐川氏まで、顎に手を当てて目を細めている。


 力を求め己を鍛える全ての者は、原田左之助に嫉妬し、同時に感嘆する。


 伊予松前藩の奉公人であった左之助は、恵まれた体躯を師に見初められ、種田宝蔵院流を修めるに至る。その後、ちゃらけた態度やムラっ気によって問題を引き起こし、江戸まで流れ着いた左之助は来る者を拒まぬ試衛館の前で行き倒れていた。


 みすぼらしい大男でしかなかった左之助だが、ぼろ布から垣間見える厚い筋肉を見て、近藤さんは半ば強引に左之助を門人として迎え入れた。


 単純な力を測り、試衛館一の武人は誰かと聞かれたら、俺たちは満場一致で左之助と答える。天から授かった体格と射程は、左之助の確かな才能だった。


 バチン! と、左之助は回転する槍を両手にめる。


「相変わらず、惚れ惚れするよ。原田君」

「おいおい、くすぐってぇなぁ山南。褒めて殺すつもりかよ?」


 両名は互いに、高揚感に駆られて軽口をぶつける。それぞれの武器の先端はピタリと静止し、山南さんと左之助の間で緊迫感が見えない渦を巻く。


 不可視の激流に一歩踏み出したのは……左之助。


 山南さんの腹に、槍が突き出される。木刀で受けた瞬間、根元から砕けて体に到達してしまう位置……完璧だ。


 受けることも躱すこともできない必殺の穿ちを前に、山南さんも動く。


 瞬時に左手だけで柄を握り、右手を峯に当てる。その姿勢で肩を固定した山南さんは、鎬に沿わせるように槍先を滑らせ、自分の左側へ左之助の突きを受け流す。


 山南さんは左之助の前へ踏み込まず、逆に奴を引き込んだ。


「うぉ……っ!」


 左之助がつんのめって、体勢を崩した。

 満を辞して、山南さんが一歩前へ出る。


 ぽっかり空いた左之助の左の胴に、山南さんの木刀が差し込まれる……。

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