井上源三郎 対 藤堂平助 始

「第一仕合の出場者、前へ!」


 佐川氏の呼び込みに引っ張り出される、二人。


「両者、名を申せ!」


 整った所作で腰からの礼をするのは、源さん。最年長者の落ち着きはここでも遺憾無く発揮される。


「井上源三郎と申します」


 源さんに倣い、相手となる平助はギシギシと礼をする。葬式で探りながら焼香をするかのようなぎこちなさに……頰の内側を噛む。


「藤堂平助。……ッす」


 御前仕合の幕開けとなる第一戦は、最年長の達人と最年少の麒麟児が務めることとなった。


「新八ィ。どっちが勝つか、賭けようぜ?」


 座を正す俺に、左之助が耳打ちをしてくる。


「馬ァ鹿。そんな罰当たりなことできるかよ」

「耳すませてみろよ。罰当たり共に囲まれてんだぜ、俺たちは?」


 会津候から向かって右が源さん、左が平助。右か左かに、小銭を預けている群衆のざわめきは、内側からだとよく聞こえる。


「立ち居振る舞いで、源さんが平助を一歩抜いているな」


「始まりゃ、わからねぇよ」


「よし。俺は逆張りで平助だ! 今日の酒盛り、肴を一つ賭けてやるよ」


「そんなもんでいいのかよ……」


「新八。おまえは源さんだな? じゃなきゃ、成立しねぇだろう?」


 はぁ、とため息を吐く。


「条件付きで、俺も平助だ」

「条件?」

「開始から、五撃。そこまでに限れば平助。……それ以降は、源さんだ」


 言い終えると同時に、佐川氏は咆哮のような掛け声を響かせる。


「始めッ!」


 ヂッ。と、平助の爪先と砂の摩擦音が鳴る。


 平助自身は音を置き去りにして、源さんとの間合いを詰めた。左肩を狙って、袈裟斬りの軌道を正確になぞる。


 ……ガリッ!


 平助の木刀が地面に突き刺さる。源さんは左足を残して半身の姿勢をとって、高速の初撃を横へいなした。


「!」


 体勢を崩した平助の顎をめがけて、源さんは下段から切っ先をカチあげる。


 平助はのけ反るように後退した。二の太刀、三の太刀を警戒して、基本姿勢へと慌てて戻す……。


 しかし、源さんは開始位置から動かない。左足を半歩前にしたまま、平助をじっと待ち構える。


「おいおい、源さんは寝てんのか? 踏み込めば、勝負を決められただろ」


 俺にだけ聞こえる左之助の野次は、正確だ。


 第一仕合の二人の剣士としての性質は、対極にある。平助は初撃からの連続した太刀捌きで、相手に姿勢を整える隙も与えない。反対に源さんは、まず相手の攻撃を受けるところから始める。躱し、受け流し、耐え忍んだ先で攻撃に転ずる。


 平助が速さの剣を振るのであれば、源さんは堅さの剣を振る。……が、甲羅に篭る亀よろしく、相手の崩れたところを見逃して防御に徹するなど、不自然だ。


 道場でも古参である源さんにしては、消極的過ぎる……。


「来い。平助」


 源さんが誘うように呟き、だらりと木刀を地面に向けた。攻める気のない構えに、平助は舌打ちをする。


「なんなンすか……!」


 苛立ちを推力に変換して、平助は体ごと突進した。


 二撃目となる突きから、手首を返して薙ぎ払い、そして面へと振り下ろす。なめらかな蓮撃は、周囲から感嘆の声を引き出す。


 が、源さんは動じない。脱力していた腕は、平助の太刀筋へ流れるように反応する。方向を定め、衝突の瞬間だけカチリと固めた剣を打ち崩すことは、土台無理な話だ。


 跳ね返された平助が、三度特攻する。初撃と同じく、左肩めがけて腕を振り上げる……


「だけじゃ、ねぇッすよ!」


 源さんが反応した瞬間に、平助はピタリと自分の腕を止めた。


 勢いを殺さないよう源さんの右に回り込み、ぽっかりと空いた胴へと打ち込む。


「……ふッ!」


 鈍い衝突音は……振り抜いた木刀同士が一点で当たったものだった。源さんは、平助の五撃目を弾き飛ばした。


 よろける平助。対する源さんは……やはり、攻めない。


「なに考えてんだ。源さん……?」

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