近藤問答録 ⑧
道着に袖を通す。
近藤が、骨まで痺れるような強さで俺の背中を叩く。
「新八。もう剣が握れるのか?」
布を巻いて固めた左手首を、数回捻る。
「……固めておけば、問題ない」
「本当に回復の早いやつだな、新八! じゃあ、今日もウチの道場を破るのか?」
「そんなことを聞いてくる道場主が、どこにいる」
それもそうか! とガハガハ笑う近藤を余所に、俺は庭に降りる。
「新八?」
水を並々入れた桶の前にしゃがんで道着を擦る女の肩に、俺は手を置いた。
「おい」
「……なんですかぁ?」
怪訝そうに見上げてくる沖田から、濡れた道着と洗濯板を奪う。
「よこせ。そんな腰の入っていない洗い方じゃ、日が暮れる」
汚れに指を当て、力を込めて擦る。桶の中の水がぱしゃぱしゃと顔にはねる。
「道場破りが洗濯だなんて、何を企んでいるんです?」
沖田は俺の顔を覗き込む。
俺は、手を止めることなく答えた。
「割り当てられた家事を終わらせれば、女将さんもとやかく言わねぇだろう。さっさと片付けて、俺の相手をしろ」
剣の話題になった途端、沖田の雰囲気が鋭利になる。目を細めて、口角を上げる勝気な表情は猫が毛を逆立てているようで、どこか気が抜ける。
「あんなに転げて、負けたのに?」
「骨が砕けるまで、負けはない。それがここのやり方だろう?」
土方の言を借りる俺に、沖田は目を瞬かせて……くしゃっと破顔した。
「えぇ、えぇ! そうですよ、新八さん! 今日もねじ伏せてあげます!」
細い指でぱしゃぱしゃと水面を弾くと、細かい飛沫が俺にも飛んでくる。
「馬鹿ソウジ。水、飛ばすなよ」
と、俺の隣にしゃがむのは土方。
「おまえの次に、オレがこいつと仕合う予定だ。ちんたらやってると、間に合わねぇんだよ」
「歳さん! 私はソウですって、何度言わせるんですかっ!」
言って、沖田は桶の水を手で掬って土方の顔にぶちまけた。
「て、め……」
青筋を立てる土方の背後から、近藤が負ぶさる姿勢で首を突っ込んでくる。
「新八! 俺の分はどれだ?」
「あんたまで洗濯に回ったら、誰が稽古を見るんだ?」
「ならば、全員で済ませてしまえばいい! であれば、ソウの稽古の時間もさらに長くなるだろう?」
「本末転倒だな。……近藤さん」
口の中に押しとどめるように、奴の名を呼ぶ。
それを聞き逃さなかったのは、にまっと笑っている沖田だ。
「なんだよ……」
「いいえ。新八さんは、かわいらしい人ですね!」
「誰が、誰に言ってんだよ」
照れ臭さを隠すため、桶の水を沖田の鼻にひっかけてやった。
眉根をぎゅうと寄せながら笑う沖田は、同じ顔で人を斬る。
幕末に揺れた浅葱色の徒花は、ここで確かに咲いていた。
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