斎藤一 対 沖田総司 結
新選組最強の剣豪を葬ったのは、病だった。
戊辰戦争の最中、俺や土方さん、斎藤が江戸で戦っていた最中、沖田の訃報が知らされた。死因は、持病の労咳の悪化。痩せこけて、およそ剣士などと名乗れない体となりながら、沖田は病床で息を引き取った。
少なくとも、俺はそう知らされている。
戦争が終結し明治となってから、俺は沖田の墓を参ったこともある。沖田総司は、この世にいない。そんなことは百も承知だ。
「沖田総司は、生きている」
昨晩の言葉は斎藤一の妄執である方が、幾らか救いがある。
沖田が、死んでいない。あの剣豪が、明治の世に生き残っている……?
「永倉さん」
和装の斎藤が前を歩く。奴はそのまま視線を寄越さずに、俺に声を投げてきた。
斎藤には、えも言えぬ緊迫感があった。一歩、足を踏み出すだけでも気を張り詰めており隙がない。俺は意図して、三歩離れてついていく。
「永倉さん。あなたは、沖田さんをどう思っていた?」
ひらひらと手を振って、俺は斎藤を追い越した。
「沖田総司は友で、仲間だ。それ以外にあるか」
「聞き方が悪かった。あなたは、沖田ソウをどう思っていた?」
俺の背中に語りかけてくる、斎藤。わざわざ言い直す意味は、察しがつく。
「あのじゃじゃ馬を、どう思っていたか……?」
振り向いて、斎藤に言ってやった。
「俺は、沖田ソウが大嫌いだった」
試衛館道場で出会った最初の立ち合いから、江戸の病室で別れるまで、俺の沖田への気持ちは変わることがなかった。
俺は、沖田が嫌いだ。あの顔と剣を思い出すと、胸の内に泥が溜まっていく心地がする。
なぜ、いつも沖田が俺の先を行く? 近藤さんも土方さんも、俺より沖田を重宝する?
近藤さんのお気に入りだから。
土方さんの妹弟子だから。
試衛館道場全員の子分で、依怙贔屓をされていたから。
奴が、女だから。
俺が沖田の前で這いつくばるたびに、そんな下卑た言葉が頭の中を塗りつぶす。それはただ、俺と沖田の間に存在する決定的な差を認めることが、怖かったからだ。
「俺が人生を幾周しようと手に入らない才能が、奴にはあった。……殺して奪えるのなら、きっと俺は躊躇しなかったさ」
剣士として、俺は沖田の足元にも及ばなかった。
誰よりソウを尊敬していたから。奴に嫉妬しない日はなかったから。
永倉新八は、沖田ソウが大嫌いだった。
いつの間にか隣を歩く斎藤は、ひとつ溜め息を吐いた。
「歪な敬意だな、永倉さん」
熱を持つ耳を掻いて、俺は早口で締める。
「とは言え、それは道場の敷居を跨いだ後の、剣を握ったあいつへの嫉妬だ。道場の外の沖田ソウは、俺にとって共に馬鹿をやる妹分。それ以上でも、以下でもない」
もう横は見ずに、俺は返す刀で斎藤に切り込む。
「斎藤。お前のような恋慕なんて、俺は持ち合わせていない」
「……信じるよ、永倉さん」
奴にしては、上ずった声に聞こえた。
以降、俺と斎藤の間に会話はなく、目的の場所まで随分と長く感じられた。
そびえ立つのは、瓦ばりの家々を不遜に見下ろすような、洋風の豪邸。甘ったるい洋菓子の匂いが漂ってきそうで、俺は袖で鼻を擦る。
「ここに、あいつがいるってのか?」
「確かな筋からの情報だ。近くの道場で童を相手に剣術を教えているのが、この屋敷で暮らす華奢な婦人である、と」
はぁ、と、屋根を見上げる姿勢でぽかんと口が開いてしまう。
洋式の豪邸も、幼子相手の剣術指南も、俺の中の沖田総司からかけ離れている。
「どうにも想像できねぇな。あの沖田と、西洋風の馬鹿でかい豪邸とは」
俺の言葉にはまるで反応せず、斎藤が例の道場へと足を向ける。
近隣の住人に道を尋ねて、ようやくたどり着ける場所にポツンと所在する道場は、俺たちに馴染みの深い佇まいをしていた。
ボロがたたっている門も、手入れが行き届かない庭の雑草も、まだ新撰組になることすら知らなかった俺たちが転がり込んだ、いつかの試衛館道場のようだった。
「人のいる気配は、ない」
「しかし、門は開いている」
周りを見回す斎藤。その目が、俺の背後で止まった。
「先生、ずるい!」
「大人のくせに、飴を独り占めなんて!」
見ると、俺たちの立つ門に向かって、竹刀を振り回す童たちが駆けてくる。
背丈の低い童の中に一人、女性がいる。
ぱりっと小綺麗な道着に身を包んで、右手に竹刀を、左手にはべっこう飴の絡めた棒を握っている。
そして、彼女は俺たちの記憶の中にある笑顔をしていた。
「だめですよ。稽古終わりの飴は、勝者のもの。悔しかったら、先生から一本取ってみなさいな」
「そんなの何年かかるんだよー」
「ね、ね! じゃあ、道場に戻ったらもう一本やってよ、お松先生!」
「はいはい。もちろん、いいですよ……」
そこで、彼女は道場の前に立つ俺たちを見つけた。笑顔は飴と共に落っことして、目を見開く。奴の方が、まるで幽霊でも見た顔をしていた。
「永倉さんと、斎藤さん、ですか……?」
「お二人とも、久方ぶりです」
童を家に帰した沖田は、俺たちの前に座を正す。道着の沖田を前にすると、どうしても緊張の糸が張り詰める。
隣の斎藤は、沖田をまっすぐ見るだけで息を継ごうともしない。仕方がなく、俺が口火を切る。
「総司。本当におまえは……」
「その名はやめてください」
ぴしゃりと、沖田は俺の言葉を遮った。
「今は、松子と名乗っております。子どもたちには、道場のお松先生、です」
やわらかい口調が、むず痒い。かッ、と喉を鳴らしてから、茶化してみる。
「試衛館の鬼の師範代が丸くなったもんだな、おい」
「やめてください、永倉さん……あぁ、いえ。杉村様」
「永倉で構わねぇよ」
「そうはいきません。杉村様に、藤田様。本日は、ご足労いただきありがとうございます」
目の前の女性は、恭しく頭を下げる。無邪気で無鉄砲な沖田の影など、彼女のどこにも感じ取られない。
「他人行儀な呼び方は、よしてくれ。沖田さん」
と、斎藤は静かに投げかける。
「ですから、松子とお呼びください」
「沖田さん。なぜ、君は生きている?」
呼び名を変えることなど取り合わない斎藤は、沖田から目を離さない。
斎藤の追求からは逃げられないと悟った沖田は、肩で息を吐いてから唇を舐めた。
「沖田総司は、確かに死にました。あの剣豪は、戦争の折に葬られたのです」
「だが、君はここにいる。俺たちを騙したのか? いったい、何が……」
「沖田総司は死なねばいけなかったのです」
斎藤の言を遮って、沖田は目を伏せて道着の皺を指で撫でる。
「私が世話になっていた療治場で一人の男が死んだのは事実です。墓にも記されています。彼が沖田総司である、と」
「……なに?」
骨が軋むような寒気がする。
俺は沖田の言葉を噛み砕いて、恐々とした心地で尋ねる。
「まさか、お前の墓に名だけを刻んで、他人の骸を墓に……?」
沖田は顎から顔を上げる。
それから奴は、さっぱりとした顔で頷いた。
「えぇ。その通りです」
一瞬、呼吸の方法を忘れ、喉が詰まった。へらへらと笑う口元に見えた歯茎の赤が、俺にはたまらなく気色悪かった。
「私は、労咳に冒され斃れた男に、沖田総司の名を貼り付けました。……は、は。名誉なものではありませんか?」
「それを本気で吐いているなら、舌を刻むぞ。馬鹿野郎」
俺はほとんど反射的に、沖田を罵っていた。
萎縮もせず、奴はただ頭を下げる。
「はい。申し訳ありませんでした」
沖田は涼しい顔を崩さない。俺には、その静けさすら恐ろしい。
「お前自身の病はどうした? あれは、簡単に治るものじゃねぇだろう?」
問いただすと、沖田は自分の眉間を指でこすり、左の口角をぐにゃっと曲げた。昔、俺の道着に蟷螂を忍ばせた悪戯を咎めた時と、同じ仕草だ。
「嘘、です。あれ」
軽々しく、沖田は舌を回す。
「新撰組にいた頃から、時折体調を崩していたのは事実です。しかし、そんなのは病ではなく、私だけのものでもありません」
「どういう意味だ?」
「お二人にはわからずとも良いものですから」
「なんだよ、それ……」
口をつぐむ沖田に、斎藤は切り込む。
「では、ただ体が優れぬだけで、剣を置いたと? そんな言葉を、俺たちが信じると思うか?」
「それが、命令でしたので」
「いったい誰が……!」
「近藤先生です」
沖田はその名を呼んで、目を伏せる。
「江戸に残り生き延びよ、と、近藤先生は言を置き、敵に首を差し出した。最後の局長命令を無下にすることは、できません」
言葉を失う俺の横で、斎藤は沖田に向かってにじり寄る。
「それこそ、嘘だろう。近藤さんが、仲間を欺けなどと言うわけがない!」
「あなたが、まさかそんなことをおっしゃるとは。人は、変わるものですね」
沖田は笑った。へらへらと、軽薄に。
「斉藤一が、近藤先生の何を知っているのです?」
沖田のそれは、わざとらしく斎藤を突っぱねる言葉だった。固まる斎藤から俺へと膝を向け、沖田は結びにかかる。
「全ては偶然が重なったのです。信じてもらおうとは思いません。ただ、事実は一つ。沖田総司は死んだ。新撰組の沖田など、もう、この世に存在しないのですよ」
飄々とした居住まいの女は、つんと澄ました顔をしている。俺の知っている沖田は、こんな表情の似合う奴じゃない。
道着を着た目の前の淡白な淑女は、憎たらしくも美しかった。
「…………」
斎藤が、音を鳴らさず立ち上がる。すり足で歩き、道場の壁に立てかけている木刀をふた振りひったくる。
振り返って、斎藤は沖田に言った。
「手合わせ、願いたい」
正座のまま、沖田は斎藤を見上げると、は、と大袈裟に息を吐いた。
「お断りします。これから、屋敷で家事をしなければいけませんので。無理を言ってこの道場に立たせてもらっている身として、約束を反故にする訳にはいきません」
「知らん」
斎藤は片方の木刀を乱暴に放って、沖田の膝にぶつける。
「構えろ」
「おい、斎藤……」
たしなめる俺を、斎藤は睨みつけるだけで退ける。ここから何も言ってくれるな、と、瞳は雄弁に語っていた。
俺は立ち上がり、入り口横の壁に張り付く。仕合の土俵に二人を残しても、問答は続いている。
「昔は、君の方からねだってきたじゃないか。受けてたってやると、俺が言っているんだ」
「現役の警官相手に剣を振ることなど、恐れ多いです」
「新撰組一番組の組長が、剣も握らず逃げるのか?」
「挑発なんて、あなたらしくもありません。男が下がりますよ」
「そんなものに興味はない。俺はここに、君と手合わせをしにきた」
斎藤は、のらりくらりとかわす沖田の前に、木刀を突き立てる。
「生きてここにいる癖に、剣を合わせることもできないのか?」
斎藤の言に、高圧的な重さはない。まるで泣きすがるような必死さが、側からはひどく痛ましい。
「剣を……譲れぬものを押し殺してまで生き永らえたいのが、あんたかよ? なぁ、沖田総司。そんなの、あんたが生きているって言えるのか?」
斎藤の懇願に、沖田はやはり応えない。じっと俯いて、転がる木刀を見ていた。
「……そうか」
その言葉の次には、風切る轟音。
斎藤が突き立てていた木刀を最小の動きで回転させ、左手に収める。そして地蔵のように動かない沖田めがけて、振り下ろす。
「斎藤、よせ!」
俺の叫びは鈍い激突音に掻き消され、道場が揺れる。
斎藤の木刀は、道場の床に傷を刻んでいた。そこに鎮座していたはずの沖田は、正座の姿勢から飛び退き、立ち膝で斎藤と対峙して……切っ先を向けていた。
木刀をしかと握り込み、沖田は一つ零す。
「この道場では明朗快活な、お松先生で通っているんです」
片膝立ちの姿勢で、床を舐めるまで剣を下げる独創的な下段の構え。天然理心流を基盤に土方さんが築き上げた、喧嘩剣法のそれだった。
「こんな姿を見せたら、門下生が泣き出してしまいますから」
ふ。沖田が唇の間から息を吐く。絞られる雑巾のように筋肉が縮小し、小柄な体をより圧縮させている。沖田は、爆発するだけの力をふつふつとためる。
間違いない。
俺が追い続けた剣豪・沖田総司の怖さが目の前にあった。
斎藤ほどの腕の剣士がそれを感じぬはずがなく、抜刀術の待ちの姿勢を作り、木刀を腰に構える。右足のつま先を沖田に向けて、重心は高く保つ。
斎藤一対沖田総司。
試衛館道場の手合わせでも、新撰組の稽古でも、出会いから二度と実現しなかった人斬り同士の仕合だ。
俺は、既に敷居の外に出ている。言外の圧に胸を押された俺は、とうとう奴等の域に達することはできないのだと悟った。
「……っ!」
張り詰める空気の中、突っ切るのは沖田。下段から隆起するような木刀が、斎藤を穿たんと襲いかかる。
胴、胸、そして首へ、沖田総司にのみ実現できた、三段構えの突き。無駄のない動きに、俺は見とれてしまう。
それを迎える斎藤は、一閃。無造作に、木刀を腰から肩の高さまで薙ぐ。
がらん、がらん。
沖田の手から、木刀が飛ばされた。遅れて沖田自身も体勢を崩して、情けなく尻餅をつく。
沖田総司は、容易く斎藤一に破れた。
俯く沖田は、括った髪をぐしゃぐしゃに掻きおろす。
「……もう、あなたと互角にやり合える体ではありません」
俺が見とれていたということが、そもそも道理の通らない話だ。
全盛期の沖田の三段突きは、目にも留まらぬ必殺剣。誰にも見切らせることのなかった技が、俺ごときの目で追えてしまった。その事実が、沖田の剣豪としての没落を物語っている。
「腕も細くなりました。肉もつきました。こんな無様な在り方で剣士など、名乗れるはずもありません。だから、見せたくなかった」
か弱く震える自らの腕を見つめてから……沖田は、両手で目を覆う。
「こんな私を、新撰組に見られたくなかった……」
目を逸らす。弱々しく、痛々しい沖田の姿を、俺は見ていられなかった。
「永倉さん、出て行ってくれ」
斎藤が、俺に言い放った。奴は今、目の前に倒れている沖田のことしか頭にない。
斎藤は沖田の肩を押す。抵抗なく道場に背をつけた沖田の腹にまたがると、斎藤が彼女の道着の胸ぐらを掴む。
「いいですよ、もう。どうだっていい」
襦袢を晒されても、沖田は力なく顎を右肩に流す。
「は、はぁ、っ……」
斎藤は、沖田の首に歯を立てた。まるで野犬が肉を噛みちぎるように、獰猛な渇きに駆られて、斎藤一は沖田総司を喰らう。
舌のざらつきに、沖田の喉が鳴った。熱を帯びた喘ぎが、歯の間から漏れている。
斎藤の指が沖田の鎖骨にかかった時だった。
「嘆かわしい。いやなに、なんてぇ有様だよ」
俺の対面に、ぬるりと洋装の男が現れた。
「大日本帝国の誇る警視庁の警部補が、人様の女を相手に乱暴狼藉とは。明治維新が泣いているぜ?」
男の声は軽薄で、しかし滑らかに耳に入ってくる。気づけば俺も、そして斎藤も奴を見ていた。
「元は会津の首輪付き、鈴を鳴らして唸る狂犬ってのは噂通りだな。だんだら羽織を替えたくらいじゃ本性は隠せねぇってか? えぇ? 斎藤一」
男の言葉を聞いて、斎藤は沖田から飛び退く。傍に放っていた木刀を、ぎしぎしと握り直す。
俺も同時に、腰を落とす。
目の前の男は、斎藤の名を選んで呼んでいる。
斎藤を一人の警官ではなく、新撰組の残党と認識していた。
「新選組の三番組長のお相手とは、畏れ多くてな。まともに戦っちゃあ命がいくらあっても足りねぇや」
俺たちはなにも言えず、対照的に男は講談でもしているかのようにつらつらと言葉を垂れ流す。沖田が落とした木刀を拾って、男は斎藤に向かい合う。
「それでも、引けねぇ。命より大事な松子に手ェ上げられているのに、尻尾を巻いて泣き寝入るってのは、なんとも義のねぇことだ」
男は左足を前に出し、左手一本で木刀を構えた。切っ先を斎藤に向け、距離を測っているのか、左目だけ閉じている。
斎藤が爪先からにじり寄る。居合の射程を捉え、腰から首に刀を薙ぐ……。
「やめてくださいっ!」
洋装の男の前に、沖田が立つ。
沖田の鼻先で、斎藤の木刀は止まった。
「やめて。斎藤さんも、あなたも」
あなた。沖田の言葉に、斎藤の持つ木刀の切っ先が揺れた。
「止めてくれるなよ。オイラぁお前さんを守って、華々しく散ってやろうと……」
笑みを保つ男に、沖田が首から振り返る。
「懐に拳銃を携えて、ですか?」
「……かはッ!」
男は、木刀を捨てると右手を懐に突っ込み、リボルバーを引っ張り出す。同時に左腕で沖田を抱き寄せると、自分の首に沖田の顔を押し付けた。
「流石オイラの惚れた女だな。よくもまぁ気付けるもんだよ、松子」
「…………」
沖田は俺と斎藤に背を向けて、洋装の男に寄りかかる。
「斎藤一。いくらあんたでも、弾丸より早く居合はできねぇ。だろう? ついでに、オイラは松子を抱いたままでもあんたを仕留められるぜ?」
引き金に指がかかる。斎藤も俺も動けない。
「試してみるか? 人斬り斎藤」
きり、と撃鉄の音が鳴った瞬間。
沖田が、洋装の男の口を吸った。
両手を彼の頰に添え、自分の顎を持ち上げる。唇と舌の湿った摩擦の水音が断続的に響く間、沖田は男の首に手を回し、男は沖田を腰から抱くためにリボルバーを放った。
「帰ってください。杉村様、藤田様」
沖田は、俺たちを拒絶する。
顔を見せる気すら奴にはなくて、俺も、今の沖田の顔を見ていられる気がしなかった。
そして、斎藤は膝から崩れ落ちた。木刀も床に打ち捨てて、呆然と沖田の背中を見上げている。
「斎藤。行くぞ」
俺は斎藤の懐に潜り、無理やり立ち上がらせる。俺の力のまま動く斎藤を、引きずっていく。
「沖田さん」
斎藤が俺の手を解くと、おぼつかない足取りで数歩進み、その場に倒れる。依然振り向くことのない沖田に、斎藤は言った。
「俺は、沖田さんを愛している」
「……ありがとうございます」
沖田は、洋装の男から離れる。唇を拭い、道着を整えて……それでも、奴が俺と斎藤に向き直ることは、とうとうなかった。
「私ではない人にこそ、その心をあげてください。……さよなら。斎藤さん」
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