第3話 私に恥をかかせないようにして下さい。

 ある日の午後。晴也は部屋でくつろいでいた。


[効果音:呼び鈴が鳴る音]


晴也:ん? 誰か来たみたいだな。はーい。


[効果音:ドアを開ける音]


晴也:また、お前か。


友里:こんにちは。先輩ちょっと聞いて欲しいことがあるんですけど。


晴也:またかよ。今度は何だよ?


友里:立ち話もなんですから。部屋でしましょう。


晴也:だから勝手に上がるなよ。


友里:勝手に上がられたらマズイことでもあるんですか?


晴也:いや、別にそういう訳じゃないけれど……。


友里:だったらいいじゃないですか。


晴也:はあ。もう、勝手にしろよ。


友里:じゃあ、お邪魔します。って、何ですか先輩この洗濯物の山は。こんなにもいい天気なのに洗濯物をしないで、何やってたんですか!


晴也:一人暮らしなんだからしょうがないだろ。


友里:まったく。これでは先輩の生活能力が疑われてしまいますよ。


晴也:そんなこと気にする奴はいないよ。


友里:私が気になるんです!


晴也:はいはいっと。


友里:だいたい先輩は昔からそうです。髪はボサボサで、ヒゲの剃り残しはある。襟のホックは外していては教師に注意をされる。


晴也:おい。お前が入学して、アウトドアサークルに入ってまだ一ヶ月も経ってないぞ。なんで、そんなことが分かるんだ。


友里:……予測です。そんなことは関係ないんです!


晴也:関係なくはないだろ。


友里:うるさいですね。とにかく今すぐ片付けますよ。


晴也:え!? ちょっと待て。俺はそんなことしてなんて頼んでいないだろう。


友里:ええ。頼まれていませんが、それがどうかしましたか?


晴也:は? お前、何を言ってるんだよ。


友里:言葉の通りですよ。先輩の部屋をきれいにしてあげようと思っただけです。


晴也:またまた、余計なお世話だ。それに男一人が暮らす部屋の中なんて汚くて当たり前なんだよ。


友里:それでは、ますます駄目ですよ。私は相談ごとがあって来ているのに、こんな自堕落な生活をしていたら相談することもできないじゃないですか。先輩が友達の部屋に遊びに行って、死体が転がっていたらどうします。相談できます?


晴也:お前、話が極端過ぎだろ。そんな恐ろしいシュチュエーションに遭遇したら、警察と救急車を呼ぶわ。


友里:そういうことです。相談どころではなくなってしまいます。死体を隠蔽できたらスッキリして落ち着いて相談しますよ。そうしないと落ち着いて話も出来ませんからね。


晴也:不安材料を消去しないと、思考が落ち着かないのは分かる気がするが。だけど、お前は極論過ぎるって。


友里:まあまあ、細かい事は言わずに。


晴也:細かくない。


友里:先輩は、私にお掃除されるのが嫌なんですか? この前みたいにエロ本を隠していないでしょうね?


晴也:また捨てられるのが落ちだからな。


友里:大変よろしい。ムダなことにお金もエネルギーを使うのは、時間の浪費ですから。


晴也:ムダって。お前、サラッと凄いことを言ったな。


友里:そうですか? どの変がです?


晴也:いや、もういい。


友里:そうですか。


晴也:……。


友里:さて、そろそろ始めましょうか。まずは、このうず高く積まれた洗濯物ですね。まったく、こんなにも洗濯物を溜めて。溜めないでさっさと洗濯し……。って、何ですかこのズボンのシミは。思い出しました、これはこの前、サークルでキャンプした時のズボンじゃないですか。この匂いは、醤油ですね。


晴也:いや、だって面倒くさいし。


友里:言い訳は聞きたくありません。漂白剤はありますか?


晴也:……ない。


友里:今度から買っておいて下さい。なら別の方法を使います。時間がたって取れなくなった醤油のシミはですね、食器用洗剤を使うんです。いいですか、まずはシミの裏にタオルをあてて食器用洗剤をかける。指の腹で軽くつまんでなじませてシミで汚れた場所を裏から叩き、タオルに汚れを移していきます。ゴシゴシと強くシミの部分をもむと服の繊維が傷むので、力を加えすぎずやさしく洗うのがポイントですよ。


晴也:なるほど。そうやってやるのか。


友里:最後に、ぬるま湯ですすぐ。これでOKです。


晴也:へぇ~。知らなかったなぁ。


友里:しっかりして下さい。シミができた服で出歩いたら、目立って恥ずかしいでしょう。


晴也:そうだな。これから気を付けるよ。


友里:そうしてください。後は洗濯機に入れて洗います。


晴也:これで一段落だな。


友里:一段落じゃありません。どう考えても、この一回の洗濯で物干しは一杯じゃないですか。


晴也:まあ。アパートだから狭いしな。


友里:仕方ありませんね。残りの洗濯物は、私のアパートでしてあげますから。


 友里は、残りの洗濯物をバッグに詰め込む。


晴也:ええ!? ちょっと待て、その中には俺のトランクスとかもあるんだぞ。


友里:それが何か問題でも?


晴也:大有りだろ! 女の部屋の軒先に男の下着を干していたら、お前が変態扱いされるだろうが!


友里:私は別に構いませんけど?


晴也:俺は困るんだよ!


友里:なら、私に恥をかかせないようにして下さい。


晴也:うっ。


友里:次回からは洗濯物を溜めないようにすると約束できますか。


晴也:分かったよ。


友里:そうだ。私の写真。ちゃんと飾ってくれているんですね。


晴也:まあ、捨てる訳にはいかねえだろ。お陰で四六時中、友里に見られているような気がするよ。


友里:それは嬉しいですね。ところで欲情とかしませんか?


晴也:はあ? するかアホ。きれいなお姉さんなら、ヤング漫画のグラビアアイドルで見慣れとるわ!


友里:確かに、あの人たちに比べたら私の容姿はちょっと微妙ですね。胸だって小さいし。もっとこうグラマーな体型になればよかったんですけどねえ……。そうしたら先輩もメロメロになったんでしょうか?


晴也:そういう訳じゃないけれど……。友里は、そのままで十分可愛いと思うよ。


友里:……。ありがとうございます。そう言ってもらえて嬉しいです。


晴也:そ、そうか……。ちょっと照れるな……。


 友里は嬉しそうに微笑む。


晴也:はあ。もう、いいようにあしらわれているな、俺。


友里:それじゃあ、今回は残りの洗濯物は私がしておきますから。じゃあ、先輩。また明日学校で会いましょうね。


[効果音:ドアが閉まる音]


晴也:あいつ結局、何して来たんだ?

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