第2話 はい。召し上がれ。
晴也:んー。今日は午後一からの講義が休講になっちまって暇だな。それはともかく昼飯は、醤油ラーメンと豚骨ラーメンのどっちにしようかな。
[効果音:呼び鈴が鳴る音]
晴也:ん? 誰か来たみたいだな。はーい、どちら様?
[効果音:ドアを開ける音]
友里:こんにちは。先輩ちょっと聞いて欲しいことがあるんですけど。
晴也:またかよ。今度は何だよ?
友里:立ち話もなんですから。部屋でしましょう。
晴也:いや。そのセリフは家主が言うべき台詞だろ。
友里:細かいことは気にしない。さぁ入って下さい。
晴也:お前、国語の成績大丈夫か? 通信簿に人の話をもっとよく聞きましょう。って書かれなかったか?
友里:何言っているですか。私は国語の成績は良くて、褒められていたんですよ。バッグに小中高の時の通信簿持っているんで見ます?
晴也:いいよ、そんなの。というか、どうしてそんな物を持っているんだ。
友里:先輩が見たいかなと思って。
晴也:遠慮するよ。
友里:そうですか。残念ですね。それはともかく、お邪魔します。って、何なんですかこの部屋は。カップラーメンの容器とペットボトルばかりじゃないですか。せっかく片付けた部屋が、また散らかり始めていますよ。
晴也:一人暮らしなんだからしょうがないだろ。
友里:これだから先輩は……。ん? 先輩今からまたカップラーメンを食べるつもりですか?
晴也:ああそうだけれど?
友里:先輩、ちゃんとした食事は取っているんですか?
晴也:ラーメン以外なら、コンビニ弁当を買って食べているけれど?
友里:ダメです。コンビニ弁当は、おいしいでしょう。でも栄養素が脂質と糖質の摂り過ぎに大きく偏ってしまいます。 糖尿病や高血圧、脂質異常症や痛風を引き起こす可能性が高まります。つまり、栄養バランス悪いんです。それでは健康に良くありませんよ。
晴也:そうかも知れないけれど、腹一杯になるし。
友里:ダメです。だからアウトドアサークルでも先輩の食事は貧しいんですね。せっかく開放感のある外での食事なだけに、みんな工夫を凝らしたアウトドアクッキングを楽しんでいるのに。
晴也:別に良いだろう。外で食べるカップラーメンもまた格別なんだ。
友里:先輩、本当にこのままでいいと思ってるんですか?
晴也:どういう意味だよ?
友里:先輩は大学生なんですよ。就職したら、こんな風に貧しい食事をしていたら企業戦士として、やっていけませんよ。
晴也:分かってるよ。
友里:なら今日は、私が先輩に料理を作ってあげます。
晴也:は!? マジかよ。
友里:はい。キッチン借りますね。
晴也:おい! ちょっと待て! 俺はそんなこと頼んでないぞ!
友里:うるさいですね。黙っていて下さい。
晴也:いや、そうじゃなくて、お前、勝手に人んちの台所を使うんじゃねえよ。
友里:まあまあ、固い事は言わずに。
[効果音:冷蔵庫を開ける音]
友里:何ですかこの冷蔵庫の中身は、ほとんど調味料ばかりで食材らしいものが入っていないじゃないですか。
晴也:そりゃそうだろう。ろくに自炊をしていないんだから。
友里:これでは何を作ればいいのか分からないです。とりあえず卵にチーズに、ベーコン。お米は一応あるんですね。それと前のアウトドアサークルで持ち寄ったジャガイモとタマネギの余りですか。
晴也:何一人でブツクサ言ってるんだよ。
友里:選択肢なんてほぼ無いじゃないですか。有り合わせで作りますから、ちょっと待っていて下さい。
[効果音:お米を研ぐ音]
友里:ご飯は1合だし早炊きモードなら10分から15分で炊けるでしょ。その間に、ベーコンとジャガイモ、タマネギを炒めます。
[効果音:フライパンで野菜とベーコンを炒める音]
晴也:お前、器用だな。
友里:これくらい普通です。刻んで炒めてるだけですよ、緑黄色野菜がないのが残念ですが致し方ありません。野菜の甘味が出るようにしっかり炒めて、ベーコンの味を考慮して塩コショウは控えめで味を整えます。
友里は炒めた野菜を試食し、味を確かめた。
友里:ん。私ながら、良い味加減。あっ、そろそろお米が炊けたころかな?
[効果音:ご飯が炊けたアラーム音]
晴也:お。炊けたみたいだな。
友里:ダメです。ご飯は蒸らしておかないと美味しくないんです。少し時間をおきましょう。
晴也:そうなのか? 知らなかったよ。
友里:先輩はアウトドアサークルの一員でしょ。飯ごう炊きでも、火から離してもすぐに蓋は取らず、10〜15分ほど蒸らすじゃないですか。
晴也:手間なんで、お湯で食べられるアルファ化米ばかり食ってたよ。
友里:そればっかりじゃ、キャンプの醍醐味が台無しです。というか後輩が先輩に言うものじゃないでしょ。
晴也:そうか? 便利で良いと思うんだけどな。
友里:そう言えば、先輩はインスタントラーメンしか食べたことがないって言っていたといいましたけれど、入学してから今までどうやって生きて来たんですか?
晴也:どうって、コンビニとかスーパーで売っている弁当を買っていたけれど?
友里:まさかと思いますけど、先輩、コンビニ弁当やスーパーのお惣菜を、毎日食べていたわけではありませんよね?
晴也:うん。大体、その通りだけど?
友里:……先輩、健康のことをしっかり考えて下さい。倒れたらどうするんです。
友里は怒ったように詰め寄る。
晴也:ああ、そうだな。悪かったよ。
友里:そうです。気をつけて下さい。……まあ、こうしてる間にご飯が蒸れていい感じになったでしょう。
[効果音:炊飯器を開ける音]
晴也:お。いい匂いだ。
友里:ええ、お米の甘さがある、いい匂です。じゃあ、これをよそって、真ん中にくぼみを作って、そこに卵を割り入れます。ごま油と醤油を回しかけて、おつまみのチーズを刻んで乗せて特製卵かけご飯。それとベーコンの野菜炒めです。
晴也:おお。なんかうまそうだな。
友里:はい。召し上がれ。
晴也:おお。ありがとう。いただきます。(小声で)ん~、おいしい。味付けは少し薄い気がするが、家庭料理って気がする。やっぱり、ちゃんとした料理は違うなぁ。
友里:どうです。インスタントラーメンとは全然違いますよ。卵は「完全栄養食品」と呼ばれ、ビタミンCと食物繊維以外の栄養成分はすべて含みます。そこに野菜炒めを作って、バランスをとってみました。
晴也:そうか。これがバランスの良い食事か。確かに、良いもんだな。
友里:良かったです。
晴也:けど、何か俺の生活が別の意味で乱れてるだよな。女っ気も無くなるし。俺のエロ本……。
友里:え? 何か言いましたか?
晴也:いや、何でもないよ。
友里:仕方ないですね。代わりにこれを置いておきますから、これで我慢して下さい。
晴也:何だこの写真は? ……って、これはお前じゃないか。
友里:そうです私ですけど、それがどうかしましたか?
晴也:いや、何って、何だよこの格好は? 何でセーラー服なんか着ているんだ?
友里:だって、それ私が高校生の時のですから。
晴也:……なんで俺が、後輩の写真を貰わなきゃならないんだよ。
友里:女っ気が無くなったんでしょ? だからです。エロ本よりずっと健全だと思いますよ。
晴也:だからって、何でこんな物を……。
友里:何ですかその言い方は。先輩は文句が多いですね。じゃあ、こうしてあげます。
友里は自分のバッグから写真立てを取り出すと、先程の写真を入れてカラーボックスの上に置いた。
友里:はい。これで写真が飾れるようになりましたよ。男やもめの部屋に咲く一輪の花。綺麗だと思いませんか?
晴也:まぁ、確かにそうかもしれないけれど……。
友里:良かったですね。
晴也:うん……。
友里:じゃあ、先輩。私は、失礼しますね。
晴也:ああ。ありがとうな。
友里:いえ、お礼なんていいです。先輩のためですから。
友里:じゃあ。先輩、また明日学校で会いましょうね。
[効果音:ドアが閉まる音]
晴也:あいつ結局、何して来たんだ?
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