先輩ちょっと聞いて欲しいことがあるんですけど

kou

第1話 捨てるんですよ。こんなもの。

[効果音:玄関の呼び鈴が鳴る音]


山田晴也せいや: えっ、誰だろう? はーい。


[効果音:ドアを開ける音]



 玄関を開けると、小柄な少女が立っていた。

 端正な容姿をし、少女の美しい顔立ちは、規則正しい輪郭と整った特徴のあるパーツで構成されていた。

 少女は前髪ありのショートボブであり、その髪は綺麗な黒色をしていた。

 そして、何よりも印象的なのは、彼女の双眸だ。黄色みがかったブラウンの瞳には強い意志が宿っているように思えた。

 肌の色は白く透き通っており、きめ細やかな質感を感じさせられる。全体的に清潔感のある印象を受ける少女であった。

 服装は、白のブラウスの上にグレーのカーディガンを羽織り、下は紺色のフレアスカートという清楚な雰囲気を漂わせている。靴は黒のローファーを履いており、足元を飾ることで全体のバランスを整えている印象を受けた。

 名前を大塚おおつか友里ゆりと言い、晴也の大学の新入生にして、アウトドアサークルに入ってきた後輩に当たる少女だ。

 晴也は感情表現の起伏が少ない友里が、見た目も喋りも人形のようで少し苦手だ。


晴也: ん。友里? どうしたんだ、休みの日に?


友里: こんにちは。先輩ちょっと聞いて欲しいことがあるんですけど。


晴也: 相談? ごめん昨日、友達飲みすぎて疲れているんだ。また、今度でいいかな。じゃあ。


[効果音:ドアを閉める音。何かにぶつかる音]


晴矢:おい。ドアに足を挟み込むなよ。ドアが閉まんないだろ。お前は、セールスマンか!


友里:先輩、フット・イン・ザ・ドア・テクニックって知っていますか? セールスマンが訪問先のドアに足を挟む様子からそう呼ばれているんですけどね。


晴也:知っているけれど……。それは、顧客にいきなり商品やサービスの購入や契約を迫るのではなく、無料サンプルや試用期間を設けて、まず商品・サービスを試してもらう人間心理を利用した交渉テクニックの1つだろ。お前のやっていることは、物理的過ぎるだろ。


友里:話を聞いてもらえないなら、こういう物理的強硬策も必要だと思います。


晴也:う……。聞く耳を持たない俺に対する当てつけかよ。そもそも何だよその顔は……。俺、睨まれるようなことしたか?


友里:睨む? 私、睨んでなんかいません。私は、ただ先輩に相談に乗ってもらいたいだけなのにどうしてそんな態度をとるんですか?


晴也:いや、それは……。寝てたし。


友里:寝てた? こんないい天気なのにですか?


晴也:別に良いだろ。俺は、俺の休日を楽しんでいるんだ。人から見れば自堕落な生活に見えるかも知れないが。


友里:でも、今日みたいな天気の良い日には布団干して、洗濯物を干したら気持ちが良いですよ。


晴也:うぐっ……まぁそうかも知れないしけど今日は疲れているんだよ。


友里:疲れているんですか。なら先輩は座って、私の話を聞いて下さい。それだけで良いですから。


晴也:座って話を聞くのか……。それで良いなら、分かったよ。


[効果音:ドアを開ける音]


友里:やっと開けてくれましたね。じゃあ、お邪魔します。


[効果音:友里が歩く音]


友里:先輩、何ですかこの部屋は? 足の踏み場もないじゃないですか。こんな所で寝起きしているんですか。信じられません。


晴也:うるさいな。散らかっている方が落ち着くんだよ。


友里:これだから先輩は駄目なんです。仕方がありませんね。私が掃除してあげましょう。


晴也:え!? マジでやるのかよ?


友里:はい。やりますよ。だって私が来たおかげで、これから快適な暮らしが出来るようになるわけですから。感謝して欲しいくらいです。


晴也:なんかムカつく言い方だな。


友里:気のせいです。さて、まずはゴミを集めないといけませんね。先輩ごみ袋は、どこにあるんですか?


晴也:台所の流しの下に入っていると思うけれど。


友里:ありがとうございます。それでは始めますね。先輩も手伝って下さいよ。


晴也:ああ。ほどほどにな。


友里:はい。ごみ袋です。


[効果音:ゴミを片付ける音が延々とする]


晴也:あっ! こら! それを勝手に見るんじゃねえ。


友里:何ですか。この本は? 裸の女の人が写っていますよ。


晴也:そっ、それは……。いわゆるエロ本ってやつだ。


[効果音:パラパラと雑誌をめくる音]


友里:ふーん。先輩ってこういう趣味があるんですね。OLとかが好きなんですか?


 そう言って、友里は開いたエロ本の向こうから瞳だけを覗かせて、晴也を見る。その鋭い目つきに晴也は、視線を逸らすしかなかった。


晴也:普通、男の部屋のどこかには、そういう物があるもんなんだよ。恥ずかしいだろ。理解してくれ。


友里:別に恥ずかしがってなんかいません。ただ、先輩の趣味にちょっとびっくりしただけです。


晴也:そうなんだ。


[効果音:ビニール紐を引っ張り出し、本と縛る音]


晴也:おい。何で俺のエロ本を括っているんだ。


友里:捨てるんですよ。こんなもの。


晴也:何言ってんだよ。返せよ!


友里:こんな犯罪予備軍な雑誌を持ってて恥ずかしくないんですか。SNS投稿の仕方に投稿をするとき、その文章を実際に自宅玄関へ貼り出している状態を想像しましょう。ってのを知っていますか? それと同じです。先輩は、こんな本を自分の表ドアに置いておけますか? 私は嫌です。


晴也:た、確かにそうかもしれないけれど……。


友里:そういうことです。全部捨てます。


晴也:待ってくれ。頼む。それだけは勘弁してくれないか。


友里:ダメです。ほら早く渡してください。


晴也:いやだ。絶対に渡さないぞ。


友里:先輩、往生際が悪いですよ。大人しく渡しなさい。


晴也:断る。


友里:……なら私、大声出しますよ。


晴也:へ?


友里:私は今から大きな声で叫びます。部屋の隅に座り込んで両肩を抱いて、顔を伏せて乙女の涙を流します。


晴也:お前何言ってるんだ。そんなことしたら世間は……。


友里:そうです。こんな本を持っている一浪した大学生の証言と、今年まで女子高生をしていた女の子の証言。世間は、どっちを信じるでしょうか?


晴也:お前、浪人生を犯罪予備軍的なことを言うなよ。


友里:ごめんなさい。つい口が滑りました。でも、どちらにしても先輩の人生は終わりですね。


晴也:……。


友里:さぁ、どうしますか? 先輩。


晴也:分かったよ。渡すよ。


友里:最初から素直になれば良いのに。


晴也:卑怯じゃないか……。


友里:そうでもしないと、こんな本が捨てられないじゃないですか。


[効果音:晴也すすり泣く音]


晴也:分かったよ。俺が悪かったよ。この雑誌を捨てればいいんだろ。(友里が帰ったら後で拾いに行こ)


友里:分かればいいんです。じゃあこれは私が処分しておきますね。


晴也:え?


友里:捨ててあげると言ってるんです。


晴也:いや、それは自分で……。


友里:何か言いましたか? 捨てるフリをしてどこかに仕舞っておこうとか考えていませんか? それか後で拾いに行こうとか?


 晴也は、自分の行動が、どストレートに見透かされたことに汗を流す。


晴也:(視線をそらせて)……考えてねぇよ。


友里:図星ですね。


晴也:……。


友里:やっぱり。そんなことをすると思ったんです。


晴也:ばれたか。


友里:いい年した大人が、ゴミステーションにエロ本を漁り行くになんて恥ずかしく無いんですか。


晴也:ああ。分かりました。


[効果音:紐で荷をくくる音]


友里:ゴミはまだまだあるんですからね。どんどん捨てて行きますよ。


晴也:分かったよ。もう好きにしてください。


友里:はい。言われなくてもそうします。


晴也:何で休みの日に、こんなに疲れなきゃいけないんだよ。


友里:文句ばっかり言わないで下さい。


晴也:はいはい。


友里:ふう。これで部屋はきれいになりましたね。


晴也:ああ俺の小汚い部屋がきれいになったよ。何もかもな……。


友里:何泣いてるんですか。じゃあ私は帰りますのでゴミは捨てておいて下さい。この本は私のアパートのゴミステーションに捨てておきますね。


晴也:あ、ああ。ありがとうな。


友里:いえ、お礼なんていいです。先輩のためですから。


晴也:クソ。部屋に女っ気が無くなっちまったよ。


友里:少々疲れてしまいましたね。それでは、また明日学校で会いましょう。


[効果音:ドアが閉まる音]


晴也:あいつ結局、何して来たんだ?

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