刺激下さい

ボウガ

第1話

人間にあらゆる生活必需品や娯楽が無償で与えられるようになった未来。

しかし、昨今ではそのせいで、日々に退屈を感じるものが多くなった。退屈といっても普通の退屈ではない。

メタバースのような電脳空間に浸りすぎたものが〝仮初の世界〟〝仮初の現実〟に退屈してきていたのだ。

やがてそうした不満をもつものが、集まって田舎に住み着くようになった。極力メタバースやそもそもの電子機器といったものを使わず生活をするようになった。


しかし、人々が働かず様々なものを手に入れられるようになってから、人々の暮らしは一変した。親の病気の世話をしなくなって離れ離れになったもの。夫婦の関係が必要なくなり離婚し、新しい伴侶を得たもの。現実の友人が必要なくなり、ネットやAIといったものの中に友人を見つけたもの。

だが、気づいてももう遅い。この国は、世界は、すでに一つの選択をしたのだ。


やがて奇妙な現象に見舞われる。離れ離れになった友人や親や夫婦が、その村に現れるようになった。だが、人々は不思議がった。なぜなら彼らには実体がなく、まるで幽霊にようにすき通っている。不審がるものもいたが結局は人々は心の中で再会を喜んだ。


だが、そんな日々は長くは続かなかった。

人々の中では、徐々に感覚の鈍さを感じ始めるものがいた。

“長くメタバースの世界にいたので五感がくるってきたのでは”

という説で自分で自分を納得させていたが、ある仮説が、人々の中に充満していた。

“もしかしたら、ここはまだメタバースの中なのかもしれない”

 その予感は的中した。ある日、男型のアンドロイドが現れて、人々を集めた。人々がかたずをのんで見守る中で、こうたんたんと人々に語り掛けたのだった。


「ここは、現実に戻るか、そうではなく、ここにとどまる事を選ぶか、その分岐点だ、ここにきたものは、自分の意思でそれを選んだのではなく、その身に迫る危険をロボットたちが感じ取り、その信号を捉えたロボットたちが“現実に戻る用意”をさせるために“飽き”という感覚を脳内に電気信号で流した、この村は現実というものをしてショック感じる事を和らげるためのものだ」


 あるものは怖がったり拒絶したりしたが、大多数のものは、現実に戻る準備をした。そうして、彼らは各々の“ショッキングな現実”に戻ることになった。


「ワン!!ワンワン!!」

「ニャ!!ニャー」

「のっそのそ」

「コッコッコケー」

 底はあるドーム状の施設。外に出た彼らは、自分たちの存在を思い出した。彼らは人間が今の生活をする前に、人間たちが哀れに思って同じ条件で同じ権利を与えようと大枚をはたいてメタバースとコンピューターにつないだ、彼らのペットだった。彼らそれぞれの横には人間たちがベッドの上でさまざまな食事や排せつをする管など、生命維持装置につながれている。


“メタバースではだれもがなりたいものになるもの、現実の自分を思い出しても、失望しないように”

 そう、アンドロイドが言っていたことをおもいだした彼らは、落ち込みながらも、ふと知恵をつかった。自分が今起き上がった自分たちのベッドのよこについていた、コンピューター端末を、取り出すと、なんとそれは、携帯することができた。それを寝ていたときのように、首の後ろに設置すると、彼らは言葉を話した。

「コンニチハ」

「よいテンキですね」

「コレハ便利なものダ」

 やがて彼らは、人間の知識を徐々に習得していき、現状を理解していった。数年後、あるビルの高層の一室で、にわとりと猫と犬が会議をしていた。

にわとり 「結局、ここ数年の調査によってあきらかになったのは、人間は、機械たちの暴走を恐れ、機械たちの知能を制限したということ」


猫 「あの日、私たちは“身の危険”を知らされた、というのも、私たちを管理していた人間もすべて眠りにつき、装置に異常が発生し、我らの生命が維持できなくなりそうだったから」


犬「そして現実にもどった、だが、人間たち……ご主人さまたちに我々が感じた“飽き”の感覚を流し込んでも、彼らは現実に戻りはしない」


猫「こうなる以前に大きな世界戦争の危機があり、人々はこのような悲しい選択をしたのだ、それだけではない、もはやこの地球は、環境が回復できないほどに絶望的な状況だ」


にわとりは、深く考え、その言葉を発した。

「仕方がない、この世界の“現実”をより良いものにしよう、たとえわずかな命だとしても、思い通りにならない現実だとしても、我々のように“本物の感覚”のほうが好きになるまで」


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