第4話 押しかけ妻のさりげない優しさ?〜ご主人様に仕掛けられた甘い罠

 いきなり求婚プロポーズされたハマー。27歳独身無職で、ずっと結婚願望のあったハマーにとっては願ってもないことだった。しかも、求婚プロポーズをしてきたのは黒猫亜衣。見た目は17歳。目は透き通るようなアクアブルー、肩より長いセミロングヘアで黄色がかった茶髪、大きく形の整った胸、しかも何故かメイド服を着ている。控えめに言って、後光が刺すようなオーラを感じる。これは、生物良いうより芸術品の粋である。


 今まで、「俺なんかが結婚なんて…」って願ってもないことだ。だからこそ、亜衣を「なんか怪しい!」と疑っていた。しかし、黒猫亜衣は諦めなかった。何度も何度も、女の子の武器もフル活用して。最後に上目遣いで、「うちな、意外と寂しがりややねん。」と言われるとハマーは首を縦に振るしか選択肢がなかった。


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「まあ、よくはないけど俺にはどうしようもないし。まあ、受け入れるしかないか。」と、しばらく放心状態でいると。


「ピピピピ…」

「あっ、もうこんな時間か。」

「こんなことしてる場合じゃない。」

ハマーは思ったより、残された時間がないことに気づく。


「早く準備しなきゃ!」


そこで、すかさず猫耳少女は


「どうしたんや、ご主人様。どっか出かけるんか?」

「ごめん、詳しく話してる暇はないんだ。」

「今日はハローワーク行く日なんだ。」


この数年間。全く就職活動をしてなかったわけではない。短時間でも働ける環境を求めて仕事をしていた。生活費はクラウドサービスを介していわゆる「webライター」で稼いでいた。「リサーチ」したり、人を言葉で誘導したりは忍者の得意技。昔と多少やり方は違うが根本は同じなのである。


このまま、クラウドサービスで仕事をやり続ける選択肢もあった。でも、一度「会社」で雇われて仕事をしたいと思っていた。ウェブライターとして活動するにはウェブ上の情報だけでは限界を感じ始めているからだ。もちろん、一番の目的は「同じ会社に可愛い女の子がいたら口説く」である。もちろん、押しかけ妻とはいえ昨日知り合ったばかりの亜衣にいう義理はない。


「ご主人様、なんかエロい顔してる!」


ハマーは一瞬ドキッとして、本当のことを言いかけた。でも、そんなことを言うと間違いなくめんどくさいことになる。今日は10時にハローワークで面談がある。近くのハローワークまでは電車を使って1時間はかかるので、8時現在の今。ゆったりと行こうと思うと亜衣の相手をしている暇はない。

どう返そうかと迷っていると。目の前にヒントがあった。


「いやいや、亜衣さんや。そんな姿でいつまでもいてたらエロいこと考えるなって言う方が難しいよ!」


そう、亜衣はすごくエロい格好をしていた。というか、生まれたままの姿で部屋の中をうろうろしていた。


「お前は裸族か!」

「あー、ごめんごめん。ご主人様、男やったな」

「なんで忘れる?君は、本当に俺と結婚生活したいと思ってる?」

「そうかそうか。うちの体に欲情してもうてるんやな。別にあなたの妻なんやから好きしてええよ!」

「ちょうど、さっきお風呂入ってきたとこやし。ご主人様も誘おうと思っていたけど、寝てたしなー。」

「えっ、お前あのお風呂使ったのか?」

「せやで!風呂釜直すのには苦労したけどな」


ハマーは1日の大半をトイレで過ごす日々。彼の家は「」だったのだ。自宅のお風呂なんて、この五年使っていない。2年ぐらい前、下痢便で全身が汚れた時、お風呂場を使おうとして蛇口を捻ると水。つまり、給湯器が完全に壊れていた。当時、2月の初旬。1年で最も寒さの厳しい季節。


「そういえば、あれから高熱出て大変だったんだよな。それでもお腹の調子は変わらず。あの時もほとんどトイレの中だったから、横になれなくて苦しかったなー。俺、よく生きてたなー。」


改めて、今、自分が生きていること自体が「奇跡」であることを実感していた。「生きてるって素晴らしい。」


「いやいや、今聞き捨てならないことを聞いてしまった。」

「亜衣!」

「なんや、ご主人様。」

「うちのお風呂は水しか出ないはず。どうやって、お湯を出したんだ?まあ、水しか出ないとしても、今日も暑いから問題ないだろうが。」


「うち、意外と器用なんよ。これぐらい、修理するの朝飯前や!」

「!!!!!!」


なんと、この少女。専門業者を呼ばなくても修理したとのことである。中身はあれだが、メイドとしては最高の働きをしてくれそうである。

「そうだったのか。それはありがとう!助かったよ。」

「今日、久しぶりに湯船に浸かれる。やっぱり、湯船につかれないとお腹の調子がさらに悪くなるんだよね。」

「妻としては、当然のことよ。気にするなご主人様よ!」


ガハハハと、まるで大男が大きな口を開けるように乙女のかけらもない高笑いをしながらドヤ顔でいい気分になっていた。ハマーはバカ笑いしている亜衣を横目にハローワークへ行く準備を整え始めた。

「ゲホッ、ゲホッ…」

どうやら、バカ笑いのしすぎで猫耳少女はむせ込んでしまったらしい。


「高齢者なんだから、無理したらダメだよ!」

「高齢者いうな!」

「自分で言ってたじゃない!」

「自分で言う分にはいいの!」


どうやら、この実年齢がかけ離れている少女。自分以外の物から扱いされるとマジギレするらしい。普段は「100超えのババアやけどな。」って自分で気持ちの折り合いをつけてるらしい。しかし、彼女が封印されたのは約100年前。その間、肉体年齢は当時の年齢で固定されたままなので本当に17歳ぐらいの見た目なのも納得できる。


「筆記用具持った。一応、スーツに着替えてる。ハンカチ、ポケットティッシュと…」

「忘れ物あるで。」

「あ、ありがとう。」

「・・・・」

「・・・・?」

「・・・・」

「・・・・!?」


「忘れ物ってなんだよ?」

「えっ、分からん?」

「うん、全部持ってるような気がするけど。」

「一番大事なんあるやんか。」

「ああ、そうか!あれだな!」

「そうや、そうや。お出かけ前やねんから、コレがないと始まらんでしょ!」

「もうちょっとで折り畳み傘忘れるところだった。今日、雨降るみたい。ありがとう愛衣♡」

「そうそう、折りたたみ傘♡ってちっがーう。」

猫耳少女の気持ちの寄り添えなかった模様。思わず、ノリツッコミをしてしまった。

「それも、必要だけれども。」

「もっと必要な行動があるやろ!」

「?????」


皆目見当つかない、幼女パンツを履いた変態男。


「あー、そうだった!俺ってば、すぐ忘れてしまうから嫌だわ」

「そうそう、それや!それ!」

「一応、整腸剤飲んでおこう!』

「なんだと!!」


亜衣が伝えたいことはコレでもなかったようだ。


「ほら、大ヒント。コレやこれ!うー」

亜衣は口をすぼめた。やっとこれで、新妻となった(正確には書類出していないので内縁関係)初仕事。お出かけ前の接吻キスをしてもらえると思った。


「ご主人様のキスはどんな味なんやろ?どさくさに紛れて舌入れたろ!童⚪︎やから、めっちゃ顔が赤くなるやろな。そんな顔を見るのが楽しみや。へへへへへ。」


「じゃあ、行ってきます!」


この家の主人は出ていってしまった。


「あー、ご主人様。ウチにキス。キスしてー。ほっぺたでいいから。」

時すでに遅し。3畳一間のちゃぶ台に置かれた時計だけが「カッチカッチ」と寂しく答えるだけであった。


「信じられへん。こんなスタイル良くて、別嬪さんのしかも、少しHな美少女がキスしてって言ってるんやで。」

「普通、男なら答えるやろ…」

と約半時間ほどブツブツ言い始めた後、


「はっ、あかんあかん。ご主人様が、出かけて行ったんや。帰ってきたら、めっちゃ美味しいご飯作って食べさせてあげよう。」

気持ちを切り替えて、主人となったハマー妻らしくご飯の仕込みに入った。その合間、溜まった洗濯物を洗ったり、あまり綺麗とはいけない部屋の掃除を始めた。


「帰ってきたら、ご主人様を驚かせてやるんや!」


新妻っぽく、ハマーの喜ぶ顔を見たいが為、家事をこなす亜衣。27歳独身の変態男に無償で尽くすのであった。


「へへへ、こっそり媚薬入れたろ!昨日の夜、ご主人寝っぱなしやったからなー。今日は昼には帰ってくるって言ってたからそのまま襲ってもらおう。」


ゴホンゴホン、亜衣は自分の「変態的な欲望」を満たすために家事をし始めたのだった。しかも、さりげなく。


本気になった女性は怖い。男性からすると、その行動は「なんの脈絡もない」出来事だからだ。


幕末の時代の「黒船」のようなものである。まだ、刀で戦っていた時代。アメリカから大きな軍艦が日本の海に現れて強大な武力を背景に開国させたときのように。でも、アメリカ側からしたら計画通りのこと。全く不自然なことではない。


女性も同じである。急に始める行動は、それ以前から気持ちの動きがある。だから、女性の関心に関心を向けないとそのうち痛い目を見る。奥さんが見ている番組、趣味、習い事。議論できるレベルに関心を持たないと。


定年を前に「書類(離婚届)置いておきます。私は出ていきますので。」という熟年離婚を迫られてしまうのだ。


一人になった後の男性は悲惨なもの。お茶碗を置いている場所すらわからず、ご飯は外食かコンビニ飯。一人寂しくご飯を食べるだけの日々に。いたたまれない現実である。


童⚪︎とはいえ、ハマーは亜衣の関心ごとに関心を持てているのだろうか?少なくとも、今は就職先を探すのでいっぱいいっぱいである。


「しまった。思ったより愛衣とのやりとりに時間取られた。明日から30分早起きだな。」


なんとか、8:37発の急行にギリギリ間に合うことになる。


(続く)





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