何というか、本当に、この男は

 社交界は見られることが責務で、やれドレスの色が似合っていないだとか、髪型が流行遅れだとか、ささいな隙を見せただけであっという間に叩かれる。けれどドレスの色に気を付けようが陰口を言う者は言うし、そもそも社交界を引退すると決めているのに、わたくしは自分で思っているよりもまわりの目を意識しすぎているのかもしれない。


「そうね。いいことを言うわね。そのとおりだわ……悔しいけど」


 本当に悔しかったので最後に小さく付け加えておいた。「それはよかったよ」とヴィンセントは気にする様子もない。


「買うわ。リングにすることはできるのかしら」


 男性にラズライトのケースを渡す。


 実は自分でお金を払うのは初めてだ。いつも兄やメイドがいて、わたくしがお金に触れる機会がないのだ。チップはいるのかしら?


 ポケットの小物入れを出そうとしたとき、ヴィンセントが紙幣を男性に差し出していた。いつものわたくしなら疑問にも思わなかっただろう。令嬢はお金に触れることはない。そういうものだからだ。


 でも待って。今のわたくしは庶民よ。よくメイドたちが休日に街に買い物に行ってきたと話しているから、自分がほしいものは自分でお金を払うものではないの? こういうところでボロが出てしまうのではないの? 危険だわ!


「ちょっと待って。と、友達? なのに困るわ。わたくしが! 自分で! 買うわ!」


 うっかり『友達』の部分を疑問形にしてしまったが、ヴィンセントに目で訴える。『男性が払うのはアッパークラス上流階級だけではないの? 合ってるでしょう?』という心の声が目から通じたかは分からないが、ヴィンセントはまたたいて、口元に手を当てた。


「ううん、そうか……じゃあ君が納得いかないのなら僕もほしいものを選ぶから、お互いにプレゼントする形ならいいだろう?」


 想定外の提案が来たわ! ううん、プレゼントならいいのかしら? プレゼントはクラス階級関係なくする? わよね?


「贈り合うなんてすてきですね」


「分かったわ! それで!」


 女性が手を合わせて嬉しそうに言ったので、すかさず乗った。不審がられていないなら万事よしだ。


 さてヴィンセントは何を選ぶのか。予想するより速く、ヴィンセントは迷いもせずケースをつかんだ。丸いラウンド、オレンジとピンクを混ぜたような色合いのルース。


「これかな。君の髪と同じ色。好きなんだ。この色」


 わたくしは目を丸くした。


「お兄……兄も同じ色ですけれどね!」


「ああ、たしかにそうだね」


 ヴィンセントが吹き出す。


 何というか、本当に、この男は。


 別にわたくしだってオレンジピンクの色が嫌いなわけではない。ただ似合わない色が多いかなと思うだけで。好きと言われるのは嫌な気分ではないが、言い方がむずむずする。これが天然か合成か知らないが女たらしの力か。

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