突然だった
「僕も身につけられるようにしたいな。これだとそうだな……花のブローチとか」
ジュエリーにするということで、そのまま提携している隣のテーブルへ持ちこみ、どの枠にするかを吟味した。ヴィンセントはルースを花弁とつる草で囲んだ金のブローチ、わたくしはルースの左右にダイヤモンドを数粒置いた、本当にシンプルな金のリングにした。でき上がりは一、二か月後とのことだ。そうして、無事お互いの代金を払い合った。
もう少し会場を見て回ろうと、ヴィンセントに手をつながれた。ちょうど人混みで手が離れてしまった瞬間。
突然だった。
後ろへ腕を強く引っ張られてよろける。振り返ると、顔色の悪い男性がいて、手に、細いナイフを持って。
「声を出すな」
人混みの中でも聞こえるくらい、顔を近付けられた。思考が止まっているうちに、つかまれた腕を引っ張られて連れていかれる。
叫ぶ? でもそうしたら。
ようやく恐怖が汗とともに体の中から吹き出してきた。人混みをかき分けて、大通りを曲がって路地へ駆け入る。
誰もいない白茶けたレンガの壁に挟まれた景色で、男が振り返った。
「
腕をつかまれたまま、顔にナイフの切先を突きつけられる。喉が渇いて声が出てこない。
「貴族様なんだから持ってるだろ、おい」
「き、貴族ならもっと派手派手しい格好をしているでしょう?」
必死で言葉をしぼり出すと、男は鼻で笑う。
「ここらの奴はそんな綺麗な靴履いてねえよ。しらばっくれんな」
靴だけはどうしてもメイドのものが合わなかったので、自分の靴を履いてきたのだ。それでも一番装飾の少ない黒のブーツにしたのに。そんなところで見抜かれてしまうものなのか。
「金じゃなくてもいい。アヘンでもいい。貴族は持ってるんだろ」
男が語勢を強めたのに合わせてナイフの切先が揺れる。
「持ってないわ、アヘンは薬でしょう?」
「いいかげんにしろ! 金か、アヘンか!」
大声に体が勝手にすくむ。自分でも震えているのが分かる。怖い。お金を渡せば本当に助かるの?
スカートのポケットの小物入れに手を伸ばすと、扇子の先に指が当たった。
要求をのんでも助かるか分からない。こんな外道に屈するくらいなら貴族の誇りをもって、勇敢に反撃を——。
ポケットから扇子を突き出す。男の喉を狙ったのと、駆ける靴音が聞こえてきたのは同時だった。
扇子の先が男の喉に達する前に、男の体が吹き飛んでレンガの壁に激突する。何が起こったのか分からずよく見ると、黒い外套の立ち姿が、帽子が脱げて白い金の髪を乱したヴィンセントが、いた。男はうずくまって声をあげながら顔を押さえていて、ヴィンセントが殴ったのだと分かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます