非常識

イチゴとクリームの小さなケーキ

 あくびが出そうな柔らかい薄日が窓から注ぐ。昼下がり、わたくしは自宅で親しい客人をもてなすための部屋に座っていた。


 壁には金の額縁に飾られた花の絵画、小さなウォルナットのテーブルの上に、イチゴが乗せられたクリームの小さなケーキや、レース編みのような模様のクッキーがたくさん。そうして、金や赤や緑で織られたつた花の布が張られた二脚の椅子に、それぞれ令嬢がふたり、座っている。


「平気よ。変な気を遣わないで」


 メイドたちは下がらせたので、わたくしは自分の白磁のカップに紅茶を注いだ。


 テーブルを囲むふたりの令嬢が緊張を解くように息をついたのが伝わる。


「思ったより顔色もよくて、お元気そうでよかったわ」


 胸元に手を当てて、泣き出しそうな瞳で微笑むのはマーガレットだ。


 マーガレット・バターフィールド侯爵令嬢。わたくしと同じ十七歳。薄茶の巻き毛を編んでふんわりと結い上げ、淡い緑のドレスを着ている。


「本当に……けど、失礼かもしれないけど、結婚する前に分かってよかった、とも捉えられない? あんな見せしめのようなやり方をするなんて、紳士とは思えないわ」


 苦々しい顔をしたのはローザだ。


 ローザ・スウィートマン伯爵令嬢。ローザも十七歳の令嬢だ。赤がかったつややかな髪をきっちりとまとめ上げていて、深い青のドレスを着ている。


 ふたりとも、わたくしの大切な幼なじみで、親友だ。


「ありがとう、ふたりとも。家のための婚約だったし、逆にすがすがしくてたっぷり眠れているからわたくしは元気よ」


『胸が小さいから婚約破棄』の舞踏会から数日がたっていた。


 あれからサイラスは言葉どおり使者に書面を持ってこさせやがり、対面では訪問してこず、大変無礼ながら婚約破棄は成立した。


 当然、すぐに社交界に知れ渡り、お見舞いと見せかけた嫌みの手紙を送ってくる者もいた。ただ、ロビンソン伯爵家の日頃の行いがよかったのか、サイラスの人望がなさすぎるのか、わたくしに同情的な意見が多かったのは意外だった。けれど表向きなど綺麗に取り繕えるし、腹の内ではどう思われているのかは分からない。


 わたくしは大口をあけなくても食べられるイチゴとクリームの小さなケーキをつまんで口に入れた。しっとりしていて、甘酸っぱくていくらでも食べられてしまいそうだ。さすがうちの料理長だ。


「わが家の自信作なの。ぜひ味わって」


 ふたりに勧めると、クッキーとケーキをそれぞれ口に運んで笑顔になってくれた。ささやかな幸福の時間が流れる。生花の香りを含んだ紅茶を飲めば、相性は完璧だ。


「とてもおいしいわ」


 マーガレットが息をついた。けれどすぐに表情を曇らせる。

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