わたくしと結婚できないなんてお気の毒さま
歌の息継ぎのような、一拍の
「どう?」
わたくしは子山羊の手袋の下で汗をかいているのを感じた。
本当にまずい人に目をつけられてしまったかもしれない。けれど貴族で複数の顔を持っているなどよく聞く話だし、自分が突拍子もないことをやろうとしているのだから、怪しい話に乗るくらいの度胸が必要なのかもしれない。
わたくしはヴィンセントを飲みこみ返す気持ちで、本心から微笑んだ。
「分かりました。協力関係を結びましょう。ただし、わたくしの家族を害することだけは絶対にしないでください。破られた場合はダンス室の真ん中で叫びます。『今、ロード・ブラッドローの手がわたくしの胸に触れました! 赤き浮き名の魔王は小さな胸のほうがお好きでいらっしゃるのね!』と」
ヴィンセントは間近にあった目をまたたかせて、思いきり吹き出した。
「ああ。構わないよ。約束しよう。やっぱり僕の目に狂いはなかったな」
吹き出したのは演技ではなかったのか、おかしそうに口元を押さえる。近かった顔がようやく離れていって、正味三歩ほどあいた適切な距離に戻った。
「けど困っている人と女性を助けたいというのはふだんから本当に僕の主義なんだ。心の片隅にでもいいからとどめておいてくれると嬉しいな」
「頭の片隅にでしたら善処します」
「つれないね」
ヴィンセントの表情は、もう今まで見てきた『赤き浮き名の魔王』にふさわしい軽薄な笑いに戻っていた。
変な人を引っかけてしまったが、わたくしのやることは変わらない。絶対に胸を大きくして社交界に見せつけてからシスターになって引退してやるのだ。わたくしと結婚できないなんてお気の毒さま。悔しがれ! 悔しがれ! と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます