何だそれ面白い!

 自分で言うのもむなしいが、もしかしてヴィンセントは胸があまりない女性のほうが好みなのだろうか。社交辞令にせよヴィンセントの遊び相手として狙われたら困るし、最終的に社交界引退を決意しているし、噂の上乗せになってもいいから『正気か? この娘』と思わせて手を引いてもらおうと思った。


 歩き出す気配のないヴィンセントを仰いで、心の底から思いきり笑う。


「もう社交界に嫌気がさしましたので、自力で胸を大きくして社交界に見せつけてからシスターになって引退します」


 ヴィンセントからお手本のような笑みが消えて、面食らったような顔になる。これで頭のおかしい娘だと思われて、ヴィンセントの遊び相手候補からは外れただろう。作戦どおりだ。


 けれど。ヴィンセントは瞳を輝かせて、ただでさえ近かった身を乗り出してきた。


「何だそれ面白い! そういう方向に行くのか! 協力するよ!」


「はい?」


 頭のおかしいことをしようとしているわたくしが言うのも何だが、ヴィンセントも頭がおかしいのだろうか?


「ご冗談を。なぐさめてくださるのですか? お優しいのですね。けれど同情は無用ですわ。わたくし、冗談ではなく本気なのです」


「もちろん僕も本気だ。君の体型改造に本気で協力するし、ロード・デイルを悔しがらせてシスターになって、社交界に衝撃的な一石を投じてやろう。安産型とかいう根拠のない外見至上主義に一石を」


 まずい。わたくしを凌駕するほどのおかしい人に話してしまった……。


「ロードにも変な噂が立ってしまいますでしょう? お気持ちだけで」


「社交界なんて噂を立てられた者勝ちだろう? 僕は困っている人と女性は助けたい主義なんだ」


 そりゃあ『赤き浮き名の魔王』とか二つ名が有名でいらっしゃるくらいですからね!


 心の中と表情が正反対すぎて、完璧な笑みを貼りつけた顔が痛い。どうしよう。困った。


 もうここまで言ってしまった身、どうせ社交界からは引退する。外聞などどうでもいい。


 わたくしは令嬢としての微笑みをやめた。


「お断りします。『赤き浮き名の魔王』。シスターになるためには清い身でなければなりませんので」


 さあ、どう来る。逆上されるか。扇子を持った手に力をこめる。


 ヴィンセントは演技くさい笑みから、深く、微笑んだ。顔を近付けられる。思わず飛びのいて後ずさると、廊下の壁に背が当たった。


「君に協力することによって僕に利があるんだ。利害関係の一致というやつ。仕事として協力関係を結びたい」


 まさかの色恋方面ではなく、とっさに反応できない。


「君は体型改造して社交界を見返してシスターになりたい。僕はそれに仕事として協力したい。僕がやっていることに対して利があるから。君に手を出したりは絶対にしない」


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